008.錬金術師ギルド②@テトラ
恥ずかしくて、今すぐこの場から逃げ出したい。
私は案内された質素な――テーブルと椅子が四脚以外に家具のない――部屋で、勧められた椅子に座りながら、私は、ただただ考えていた。
私の錬金術師としての第一歩だったのに、リンタローのせいで台無しになった。
師匠から錬金術師として、ギルドに登録してこい、といきなり言われて心の準備が出来るわけない。
師匠のお使いで、何度か入ったことあるはずの錬金術師ギルドの建物のはずなのに、緊張で足がすくんでしまった。
時間はかかったかもしれないが、私は私の足でギルドの受付にたどり着きたかった、たどり着くべきだった。
なのに、リンタローが、わ、私を抱き上げ――
「……リリーシェルさん、リリーシェルさん」
「は、はい! なんでしょうか!」
「錬金術師として、ギルドに登録するにあたって必要な手続きを始めても大丈夫ですか? 体調がよろしくないのであれば、日を改めても問題ありませんよ」
「大丈夫ですから! 全然、問題ありません」
「本当かよ。ずっと変な感じじゃねーか」
「リンタローは黙ってて!」
横から茶々を入れてきたリンタローを睨み付ける。リンタローは、頬に氷嚢を押さえつけながら、明後日の方に視線をそらす。
リンタローの動きに何故かいらだってしまう。
そんな風に誤魔化すのなら、初めから人を強引に抱き上げたりするんじゃないわよ。
眉間に縦ジワが出来る気配。私はあくまでも瀟洒な動きで、眉間を指で伸ばす。
「本当に始めても大丈夫ですか?」
「大丈夫です。大丈夫ですから、ギルドに所属するために必要な手続きを教えてください」
心を静め、私は受付にいた女性職員――師匠のお遣いで顔を合わせたことがあるミリーさんに返事をする。彼女は、くりくりと動く大きな瞳と大きなメガネが特徴で、小柄なこともあって、気が弱そうに見えるけど、芯の強いしっかりとした女性で、私も見習うべきところが多い。
ミリーさんは、テーブルに蝋封された封筒を置く。印璽されているのは、当然、師匠の紋章――二匹の蛇が自分の尾を喰らい円を作り、鎖のようになっている――だった。
「そこの彼、ソーマさんだっけ、が持っていた封書は、中を確認しても大丈夫かしら?」
「はい。大丈夫です。師匠が準備してくれた推薦状なので」
握りつぶしそうだったので、リンタローに預けていたことは伏せておく。
ミリーさんは、ペーパーナイフを手にすると、慣れた手つきで封蝋を剥がす。そして、中から両手を並べたくらいの便せんを取り出す。
ミリーさんは便せんを確認すると、こめかみを指で突っつきながら唸る。顔には「困った」という感情がハッキリと浮かび上がっていた。
また、師匠が無茶苦茶なことを書いていたりしたのかしら。
ミリーさんは、深いタメ息をつくと、私に視線を戻す。
「推薦状に明確なレイアウトはありません。推薦者が誰なのか、誰を推薦するのか、なぜ推薦したのか。この三点がわかれば問題ないとなっています。どんな推薦状でも、最終的に管理するための書類に職員が書き写すからです」
「シノさんから預かった推薦状が条件を満たしていなかったんですか?」
「いえ、違います。推薦状としては、条件を満たしているので、安心してください、ソーマさん」
「では、私が登録するに値しない存在だと……」
「そんなことはありえません。あのアキツシマさんのお弟子さんなら、将来有望、当支部の期待の新星になれますよ」
では、ミリーさんは、ため息をついていたのだろうか。私とリンタローが首を傾げていると、ミリーさんは、手にしていた推薦状をテーブルに広げる。
黒いインクで縦にグニャグニャと曲がる線がいくつも描かれていた。
はっきり言ってラクガキにすら見えない。私は、サーッと頭から血の気がひいていく。師匠は推薦状といっていたが、イタズラで試し書きした便せんを渡してきたのではないか。
「す、すみません! すぐ師匠に――」
「落ち着け、テトラ、ミリーさんは、"推薦状として問題ない"って言っただろ」
「はい、推薦状として条件は満たしています。ただ、書かれているのが扶桑文字なんですよね。しかも今主流で使われている文字ではなく、だいぶ古い時代に使われていた文字なんですよ」
「へ?」
「……やっぱりか。俺は読めないけど、見たことある文字に似てるよーな気がしたんだよな」
「わたしを含めて、何名か読めるギルド職員はいるんですけど……。アキツシマさん、たまに普段は使用されていない文字とか言語とか使われるんですよ。覚えて使わないと意味がないって言われて」
苦笑するミリーさん。つまりどういうことなの?
「シノさんなら、笑顔で古代文字で筆談始めそうだ。しっかし、テトラはラッキーだな。読める人が受付じゃなかったら門前払いだっただろうし」
「その認識は甘いですよ、ソーマさん。どういう情報網をアキツシマさんが構築されているのかわかりませんけど、確実に文字と認識できる職員が目にすることまで考慮して、あの文字で推薦状を書かれていますから……」
どこか遠い目をしながら、喋るミリーさん。全身から哀愁が漂ってきた。
「とりあえず、ギルドマスターに推薦状の報告をして、手続きの準備を整えるから、二人はこの部屋で少し待ってて」
そう言って部屋をあとにするミリーさん。私は彼女の気配が部屋から遠ざかっていったのを感じ取ってから、安堵のため息をこぼした。




