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84.魂

「あハははハ、さすがハ御屋形様ダ。然リ然り。御屋形様ガ初代にお授けになっタ秘伝書。それヲ解読しテ錬成した〝封魂玉(ふうこんぎょく)〟ヲ用いて、今まで生き長らえテきました」

『……秘伝書(あれ)は民を思い、國の未来を憂い嘆いて死にゆく初代(アヤツ)が憐れで憐れで、せめてもの慰めと書き殴ったものじゃ。最後の手段が残っていると、それだけで心の拠り所になるからの。手をつけずに逝った初代は、妾の見込み通りの男子(おのこ)だったわけじゃ』


 黒猫――シノさんは、憐れむような視線を千蔭(ちかげ)に向ける。

 彼はシノさんの様子に意に介した素振りはなく、立ち上がると和服の胸元を開いて見せる。


「――っ!」


 不自然な光景に、俺は思わず声を詰まらせる。

 胸の中心に、拳くらいの大きさの赤い宝石が埋め込まれていた。

 宝石(あれ)封魂玉(ふうこんぎょく)なのだろう。

 脈打つように淡く光る封魂玉は、真っ先に不気味な印象を与えてくる。

 こみ上げてくる嫌悪感に、吐き気を覚え、俺は反射的に口元を押さえる。

 心配して動きかけたテトラを、俺は手で制する。

 茫然自失の六花を介抱しているテトラに、面倒をかけるわけにはいかない。

 俺が呼吸を整えて姿勢を正す。

 それを待っていてくれたのか、シノは俺の様子を横目で確認してから、口を開く。


『封魂玉は、肉体のかわりに魂の器となる魔導具じゃ。封魂(ふうこん)の儀をもって、肉体から魂を引き剥がし、封魂玉に封じ、解魂(かいこん)の儀をもって、新たな肉体へ魂を移す禁呪じゃ。言うは易しじゃが、肉体から魂を引き抜くなど、常人には耐えきれぬ行いじゃ。更に移し替えた肉体に、魂が馴染むとは限らぬのじゃ。封魂玉は魔導具として欠陥品で、扱うのは割に合わぬ博打じゃ。だが――』


 シノさんは、千蔭の胸元に視線を向ける。

 視線に気づいた千蔭が、ニヤリと口の端を持ち上げる。


「御屋形様ノ残さレた秘伝書ヲ解読し、欠陥を改善イタしましタ。解魂ノ儀を行って肉体に魂ヲ移すト拒絶反応が起きル。ならバ、元々ノ肉体に宿ル魂ヲ封じ、封魂玉のママ肉体と接続スレば、不確実性を限りなク低く出来ルのデス」

『戯け。新たな肉体を造り出すならば、まだ見込みはあったのじゃが、肉体を奪って生き続けるとは寄生虫じゃな。あらかた想像がつくのじゃ。血族であれば、拒絶反応が低くなるゆえ、優秀な子孫に肉体を捧げさせる仕組み――裏当主という、くだらぬ立場を準備したのじゃろ』

「下らなイなんて心外でス。全てハ御屋形様が還御されること願ウ民の総意があったが故デスよ。ソレ故、肉体を捧げル者が後を絶たないノです」


 口の端を持ち上げたまま、千蔭は歌うようにシノさんに言葉を返す。

 同時に彼の身体から滲み出す狂気。

 少しずつ滲み出していたその気配が一気に濃くなり、空間を覆っていく。

 空気が粘度を増していくような感覚に、俺は息苦しさを覚えてしまう。

 そんな俺の視界の隅で、ふらりと動く人影――六花の姿があった。


「春兄は……春兄は……何故(なにゆえ)、裏当主……肉体を捧げたのですか?」


 血の気の引いた青い顔で、六花は千蔭に問いかける。

 今にも地面に膝から崩れ落ちそうな弱々しい彼女の姿に、傍らに立つテトラも不安そうな顔で見守っている。


「十八代目ヨ、其方(そのほう)は、なかなか才覚に恵まれている様だナ。そして、器としての質も良イ。高い同調率ガあれぱ、我も遺憾なく元ノ肉体に近イ能力を発揮できたダロう。一七代目が進言していなけレバ、一八代目ではナク、裏当主になっていたダロうな。このカラダは、なかなか馴染む良い器ダ」

「そ、某のかわりに、春兄は……。誰もが春兄が当主になったことを喜んでいたのに……」

「勘違いするナ。裏当主になる事は譽れダ。非凡なダケでは選ばれなイ。実力と才能、潜在的能力ガ高くなければならナイ。実力ハあったが才能に乏しいモノを器に選んだ時ハ三月(みつき)も保たずに壊れてしまっタ。このカラダ――春陽ハ稀に見る優秀な器ダ。五年を過ぎてモ壊れる気配ガない」


 自分を見下ろしながら、千蔭が告げる。

 千蔭から知らされた真実に、ダメージを隠せない六花は、さらに顔を青ざめさせて項垂れる。

 人のことを物扱いしている千蔭の態度に、俺はザワザワと心の奥がざわめく。

 ここで千蔭(コイツ)をブッ飛ばす必要がある。

 俺が拳を握り込んでいると、黒猫――シノさんが大きなため息をつく。

 そして、ひときわ大きな声で鳴くと、一瞬で床に幾何学模様――魔法陣が描かれる。


「お、お師様っ!」


 思わず、こテトラが声を上げた次の瞬間、閃光が空間を塗り潰した。


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