83.祭壇
「ここは、いったい……」
俺は思わず足を止めて呟いた。
ルーエルをクォートに任せ、通路の先にあった古びた無骨な扉。
黒猫――シノさんが扉の鍵――魔術的に封印された――を解錠し、テトラが扉を開いた。
音もなく開かれた扉の先には、真っ暗な不思議な空間が広がっていた。
『ふむ、久方ぶりに足を運んだが、さすがはジャメンじゃ。任せて正解じゃ』
シノさんは、そう満足そうに呟くと、警戒する素振りもなく、真っ黒な空間を歩いていく。
それを見て、テトラと六花もあとに続く。
「ちょ、ま、待って! 何か仕掛けがあるかもしれないよ!」
「お師様が気にしてないから大丈夫、のはず」
「んー、嫌な気配はしないよ」
慌てる俺に対して、二人は特に気にした様子もない自然体。えも言えない疎外感が俺を襲う。
初めて入るダンジョンで、警戒する俺の心理は間違ってないよな?
俺はビクつきながら、二人のあとに続く。
真っ暗な空間だが、靴の裏からは床――たぶん通路と同じ石タイル――の感触が伝わってくる。
見渡しても灯りはないのに、テトラや六花の姿はハッキリと見える。
当然、光源になりそうなものは何もない。魔術的なカラクリでもあるのだろうか。
視界にムズムズとした違和感があり、目元を擦りながら、俺はおっかなびっくりしながら、二人のそばまで歩み寄る。
『ふむ、凛太郎はまっすぐ二歩ほど前に出るのじゃ』
「は、はい!」
反射的に、俺は背筋を伸ばして、テトラと六花の脇をすり抜けて前に出る。
二歩って、歩幅とか意識した方がいいのだろうか、と俺は立ち止まってから考えてしまう。
『次に残りの二人は凛太郎に寄り添うような感じで固まるのじゃ』
「承知しました」
「ふむふむ、こんな感じですか」
「ちょ、ちょ、待っ! 二人とも!」
反射的に俺は声を上げる。
いつもの無表情のままテトラはギュッと俺の腕を掴んで寄り添う。
それに対して、六花はニヤニヤと含みのある笑みを浮かべながら、俺の腕を抱きかかえる様にして体を寄せる。
爽やかな香りと腕に押し付けられる柔らかな感触に、脳天から足先に稲妻が突き抜けるような衝撃が走り、俺は思わず直立不動の姿勢になってしまう。
「おやおや、どうした凛太郎。こんなに体を強ばらせて」
「っ! な、何やっているんですかっ!」
「ナニとは? 如何なるものぞ?」
「――っ! リンタローっ!」
ギンッとテトラの鋭い視線が俺を貫く。
俺は反射的に視線を背ける。
ダラダラと冷たい汗が背中を伝って落ちていく。
『くっくっく……六花とやら、なかなかどうして愉快なやつじゃな。扶桑の民というのに、堅物じゃないところが好感が持てるのじゃ』
「それはそれは、ありがたいお言葉ですね」
「――お師様っ! リカっ!」
『騒ぐな騒ぐでないのじゃ。ただの戯れではないか』
声を張り上げたテトラを、シノさんが涼し気な声で制する。
ちらり、と横目でテトラの様子を確認すると、彼女は不満そうな顔で、言葉を飲み込み、頬を膨らませる。
『ほれ、コレでどうじゃ』
黒猫がひと鳴きする。
同時に周囲を包んでいた漆黒が泡立ち、四散した。
突然飛び込んでくる光に、俺は目を細める。
明るさになれてきた視界に、大きな影が浮かび上がってくる。
「こ、これは……」
『結界の要石の一つじゃ。一つ壊れたところで、王都の結界が消滅はせぬが、出力は安定しなくなるのじゃ。それに永続的に結界を展開できぬ可能性もあるので、王国にとって重要な施設の一つじゃ』
淡い光を湛える幾何学模様――魔方陣の中心に、巨大な水晶が浮かんでいた。
水に浮かぶ氷のように、不規則に揺れる水晶は、摩訶不思議で神秘的な空間を作り出していた。
いつの間にか、テトラと六花も俺のそばから離れて、呆然と目の前に広がる光景に魅入っていた。
『やれやれ、この程度で魅了されてしまうとは、まだまだじゃな。そこの、さっさと出てくるのじゃ』
シノさんの一声。
すると水晶の陰から、黒い衣装を身にまとった人影が音もなく現れるのだった。
 




