82.主人公は遅れて……?
なんだかなー……。
俺は心の中で呟きながら、呆然とクォートを眺めてしまう。
不利な状況下で、突然現れたクォート。
そして、対峙するボスキャラ――ルーエルは戸惑いを隠しきれていない。
クォートは、身長は百八十センチはあるし、金髪碧眼で端正な顔立ち。彼の圧倒的な主人公然とした姿は、嫉妬を通り越してしまい、思考停止して納得すらしてしまう。
ただ、よくある展開なら、異世界から転移してきた俺が、クォートみたいな登場をするべきなのでは?
そんなことを考えていると、ルーエルが苛立ち混じりの声を上げる。
「何でキミがいるのさッ! 数百万の魔物を用意しろ? 馬鹿じゃないのかッ! 僕が準備した魔物の中には、魔獣もいたんだぞッ! 腑抜けた騎士団を壊滅させて、王都を蹂躙するには十分すぎるほどの戦力だったんだぞッ!」
「ハッハッハ! ルーエルよ、冗談が過ぎるな! あの程度の魔物ならば三日三晩――いや、七日七晩相手しても余裕であるぞ」
「ふざけるなよッ! あの程度だとッ! 常人ならば一刻で正気を失うほど、強力な魔物の大群だぞッ! いくら『王国の剣』とて、折れて朽ち果てるに十分だったはずだッ!」
ルーエルの怒号に、クォートが動じる素振りは一切ない。獰猛な笑みを浮かべたまま、ルーエルの感情を受け止める。
反響するルーエルの声が消え、静寂が訪れるとクォートがゆっくりと口を開く。
「ルーエル、吾輩の故郷が何処か忘れたわけではあるまい。魑魅魍魎が、こんこんとわき続け、絶望が迫る地と恐れられるリリーシェルなるぞ。我輩を絶望させるには貴殿の用意した魔物では役不足であるぞ!」
それほど大きな声ではなかったのに、クォートの言葉は圧倒的な存在感があった。理屈も理解もふっ飛ばして、俺は彼の言葉に納得してしまった。
「……お兄様が、手加減せずに、暴れてきたのは理解しましたわ。でも、お兄様が学園に現れたのは理解が出来ません。馬鹿みたいに王都から一直線に走ってきたんですか?」
「ハッハッハ、妹よ、辛辣な空気を感じて吾輩は悲しいぞ」
テトラのツッコミに、クォートはルーエルから視線をそらさずに応じる。
先程までの緊迫した空気が消え去り、いつも通りのやり取りに、俺は安堵してしまう。
「吾輩が学園に駆けつけるとが出来たのは、アキツシマ師のご尽力があってのことだな。さすがはアキツシマ師だな!」
「はぁ……お兄様、それだけではお師様が何をしてくださったのか分かりませんよ」
「ハッハッハ! アキツシマ師が何をしてくださったのか、吾輩が説明できるわけなかろう」
自信満々のクォートに、テトラがため息をつく。
あまりにも場違いなほど、緊迫感にかけた空気。教室で他愛もないやり取りをしているような錯覚に陥ってしまう。
「ふざけるなァァァ! 王国に巣食う害虫の分際で!」
ルーテルの怒号とともに、全身に身に着けた魔導具が揺らめき、どす黒い閃光が空間を塗り潰――
『囀るな、童子』
黒猫――シノさんの声が響くと同時に、ルーテルの魔導具がすべて沈黙する。
しゅるり、と床に降り立つ黒猫。
圧倒的な存在感が空間を支配していく。
『つまらぬのぅ。だいぶ時が過ぎたというのに、保護術式は、変わっておらぬとは。まあ、そんな瓦落多じゃから、童子の玩具にはちょうどよいか』
黒猫は器用に前足で口元を隠しながら、上品にコロコロと笑う。
つられるように笑い出すクォート。
しばらくは二人の笑い声だけが響く。
『笑い過ぎじゃ、悪ガキ。緊張感のないやつじゃな』
「アキツシマ師が場を盛り上げておられるのに、乗っからないのは失礼かと。なぁに、もとより緊迫する場面でもありませんゆえ、お目溢しくだい」
一礼するクォート。
その悪びれた様子のない姿に、黒猫――シノさんは嘆息すると、彼に前足で下がるように指示をする。
『さてさて童子、王都に魔物をけしかけるのは良い手じゃったぞ。なんやかんや言うても王国は魔物の脅威が他国に比べて低く、魔物の大量発生現象が起これば、浮き足立つからの。これもあの底抜けのド阿呆の願いの弊害じゃな』
黒猫は、「嘆かわしい」と言いたげな素振りで、頭を振る。
『まあよい。建国当時は、金子も兵もおらぬ。やれ魔物が出ただの、やれ野党が出ただの、敵国の侵略などと、てんやわんやが続いての。移動時間の無駄を省くために、妾は転移の魔導具を設置してやったのじゃ』
「そんな魔導具が自由都市に存在するはずがないだろッ! 様々な文献を調べたけれど、そんな魔導具について書かれていた文献はなかったッ!」
「ハッハッハ! 柔軟な思考が出来てないぞ、ルーエル。アキツシマ師が嘘を申されるはずなかろう。アキツシマ師が申されたなら、そうだと無条件に受け入れることが必要だろう、常識的に考えて」
黒猫の言葉を拒絶するルーエル。
以前、〝転移の泉〟を利用したことがあるけれど、厳重に管理されていた。
王都と自由都市までの距離がどれくらい離れているのか、俺は知らないけれど、〝転移の泉〟が設置されているのなら、何かしら情報があって然りと思う。
クーデターを起こすような連中が、そんな情報を見落として計画するとは思えない。
俺はそこまで考えて、何か引っかかる。
転移って、〝転移の泉〟だけだっけ?
「あっ……そいえば……」
思わず声が出た。
俺は反射的にテトラに視線を送ってしまう。俺の視線に気づいた彼女も思いたあるフシがあるようだった。
俺たちの様子に、黒猫がニヤリと笑う気配がした……気がした。
そして、ルーエルが俺睨み殺す勢いで見てくる。
余裕なさすぎだろ、怖ぇ。
『何かあれば童子を気にせずに申してみるよ』
「お師様、工房の階移動に転移の魔導具を利用してますよね」
「な――ッ!」
テトラの言葉に、ルーエルが絶句する。
そうなんだよな。
あまり意識してなかったけれど、工房の地下に移動するとき、階段とかじゃなくて転移で移動してたのを忘れてた。
さらに〝転移の泉〟みたいに管理や監視されている感じもしない。国防とか考えたら、大問題になりそうな魔導具なのに。
『転移の魔導具なんぞ、妾にとっては珍しいものではないのじゃ。尤も私物をいちいち管理するような余裕がなかっただけじゃがな、当時は。童子がもう少し新しい町を狙っていれば、結果は違っていたかもしれぬな』
シノさんが設置していた転移の魔導具が、たまたま自由都市にあって、クォートが王都から一瞬で駆けつけることが出来た。
種明かしをされれば。なるほどと思えなくはないけれど、納得はできない。
後出しジャンケンで狡されたような気分だろうな、ルーエルは。
黒猫は、言いたいことを言い終わって満足したのか、くるりと体の向きを変えると、俺のそばに歩み寄る。
『悪ガキ、あとは任せるのじゃ。妾たちは先を急ぐのじゃ』
「うむ、もとよりそのつもりだっ!」
クォートの返事を聞くと、黒猫は、ひょいと飛び上がり、俺の背負う背嚢に潜り込む。
『ほれ、凛太郎、駆けるのじゃ』
「は、はい!」
シノさんの言葉に俺は慌てて駆け出した。テトラと六花も俺のあとに続く。
激昂するルーエルが何か仕掛ける気配を感じたが、全てクォートがどうにかしてくれると信じて、次のフロアを目指して、俺は脇目もふらずに走るのだった。




