80.敵陣突撃
「邪魔ぁぁぁっ!」
盾を構えたテトラが、声を張り上げながら突撃する。
秘蹟科の女子生徒――テトラが自暴自棄になって、玉砕覚悟で突っ込んできたように見えたのかもしれない。
嘲るような笑みを顔に貼り付けていた生徒たちが、次々と宙に舞っていく。
驚愕した顔をした生徒たちが、魔導具を使ってテトラに魔術を撃ち込むが、ことごとく彼女の構えた盾に弾かれていく。
怯む素振りを一切見せないテトラの雄姿。誰が見ても惚れるしかない。
「吹っ飛べぇぇぇ!」
テトラの咆哮通りに、行く手を阻む生徒たちは吹き飛ばされていく。
彼女の強さを考えれば、逃げるが最善策だと思うのだけど、無謀な戦いを挑む生徒が多すぎないか?
武芸大会で、テトラの強さは立証済みだと俺は思うんだけど。
舐めプがデフォで、情報収集なんてしてないのかな、貴族の御子息たちは。
俺が色々と考えても答えが分かるわけもなく、吹き飛んでいく生徒たちを横目にテトラを追いかける。
「いやはやいやはや、実にゆかいゆかい。輩が扱っている魔導具は、某の國でなかなか高価な魔導具だというのに、なかなかどうして役に立たぬものだ」
「えーっと、六花、ご機嫌すぎない?」
テトラが切り開いた道を走りながら、俺は笑い続けている六花に訊ねる。
彼女は、鞘に納めたままのカタナで、テトラが倒しそびれた生徒を昏倒させながら、器用に肩をすくめて見せる。
片手間で単純作業を繰り返している様な六花の姿。俺は彼女の技量の高さを垣間見る。
「強き者と相まみえることが至極恐悦なことなのだが、強き者の戦う様を間近で見ることも、また良きものだ。凛太郎もテトラ殿の戦う姿に目を奪われてしまうだろう?」
「テトラの戦う姿は、カッコいいと思うよ、たしかに」
「ふむふむ、凛太郎の眼を見れば、テトラ殿の強さを理解して信頼しているのがよく分かる。……少し妬ける」
「ん? なんかよく聞き取れなかったんだけど」
「き、気にするな。ただの独り言だ」
六花がそっぽを向きながら、カタナを振るって生徒の意識を刈り取っていく。
テトラの戦い方は、どこまでも真っ直ぐなイメージがある。
敵が立ち塞がれば、真っ向から粉砕する。
搦め手など用いらず、ただ純粋に鍛え上げた己の技量のみで、突き進む。
人によっては、バカ正直すぎるテトラの戦い方は愚かに見えるかもしれない。
でも、俺にはテトラの戦う姿が、研ぎ澄まされた刃のような美しさを覚えてしまう。
「これで、最後っ!」
時計塔の入口前に固まっていた生徒たちの中心部に、裂帛の気合とともにテトラが鋭くに踏み込む。
そして、右手の剣を一閃。
剣の腹で固まっていた生徒たちが放射線状に吹き飛ばされる。
「おっと、危ない危ない」
俺の方に向けて飛んできた生徒たちに、六花は軽く触れるように手を動かす。
それだけで、生徒たちの軌道が明後日の方向に変わっていく。
「あ、ありがとう、六花。片手で軌道をそらすなんて、すごいね」
「はっはっは、大したことではないない。凛太郎は大袈裟に驚きすぎ驚きすぎ」
ひらひらと手を振る六花。少し照れくさそうな表情と、背景の吹っ飛んでいく生徒たちは、なかなかシュールだ。
「到着! リンタロー、リカ、大丈夫?」
「大丈夫だよ。むしろテトラのお陰で、後ろを走ってただけだから申し訳ないよ」
「うんうん、某も右に同じく。テトラ殿一人に任せっぱなしで反省中で候」
俺は本当にテトラの後ろを走っていただけなのだけど、六花はそれなりに生徒を倒している。
六花に謙遜した素振りは一切ないので、あの程度の作業――テトラが打ち洩らした生徒たちを昏倒させる――は戦ったうちに入らないのだろう。
俺は内心で感嘆の息をこぼしてしまう。
「テトラ殿、ララ様をお連れしなくて良かったのですか? ララ様がテトラ殿の側に居られた方が安全だったのでは?」
「大丈夫。ルドルフの研究室には、色々な仕掛けがある。さらにラズが護衛に付いているだけで戦力としては有り余る。ね、リンタロー」
テトラが同意を求めるように、俺を見てくる。
俺の脳裏には、二律背反――テトラの側にいることが出来ないことと、大役をテトラに任されたこと――に、悔し涙と嬉し涙の入り混じったラズの姿が浮かび上がる。
ぶっちゃけ、俺がララ様の護衛に残って、ラズを同伴させた方が戦力的には良かった気がするんだけど。
ありとあらゆる感情を押し殺しながら、ラズが俺に「任せた」と言ったときに戦慄してしまった。
下手したら、事が片付いた後、ラズに何をされるか分からない。
「あ、ああ、ラズは強いから、ララ様の護衛を安心して任せられるよ」
「そ、そうなのか」
俺の反応に六花は訝しげな顔をしながら納得する。
テトラは俺と六花の状態を確認してから、時計塔の入口のドアを剣で斬る。
ガラスを掻くような――ドアに施された防御用の結界を斬り裂く――音に、俺は一瞬顔をしかめてしまう。
「よし、突撃!」
俺と六花は、テトラの号令に従って、時計塔に踏み込むのだった。




