78.強行突破④
「下手な言いがかりをしてくんなや、東方の土人ごときが! これはオレ様の優秀すぎる目利きで、わざわざ正式な手続きを行って入手した魔導具だ! 難癖つけて、オレ様からかすめ取ろうなんざ浅はかすぎるぞ、土人ッ!」
「おやおや、急に感情を露わにされて、どうなされました? やはり図星が当たるとヒトは感情的になると申しますゆえ、仕方ないことで候。某は気にしないゆえに、ご安心いただきたい」
唾を飛ばすラゼルに対して、六花は余裕綽々の笑みを浮かべたまま応じる。
ラゼルが苛立ちを募らせるのは当然のことで、六花はそれを楽しんでいるようにも見えた。
舌戦を繰り広げる二人をよそに、警戒したままのテトラが近づいてくる。
「リンタロー、大丈夫?」
「ああ、問題ないよ。長期戦になればヤバかったから、二人が来てくれて助かったよ」
俺はホッと安堵のため息をつく。
そして、すぐに座り込むロロ様に駆け寄る。
「あら、せっかくリンタロー様の見せ場でしたのに、残念ですわ」
「す、すみません! せっかくロロ様がお膳立てしてくれたのに……」
「ふふふっ、少し物足りなさはありましたけど、リンタロー様の勇姿は、ちゃんと拝見できましたわ」
疲労からか、力無く笑うロロ様。
ラゼルを倒しきれなかった自分の不甲斐なさに、ズキンと胸が痛む。
確かに手持ちの装備が少なかったけれど、安全策を考えずに速攻していれば倒しきれたかもしれない。
判断ミス、と俺は口に出さずに呟く。
「おや、それはそれは申し訳ない。それでは、仕切り直しということで」
場違いな飄々とした六花の声が響く。
俺が驚いて彼女に視線を向けると、ポーンと何かを投げて寄越す。
反射的に握っていた棍棒を手放し、棒状の物体――脇差を受け取る。
「実力差があろうと、急ごしらえの得物では精神的に不安だろう。某の脇差を使うといい。春兄から、凛太郎は小太刀を扱うと聞いているから、少し短い脇差でも扱えると思う」
「あ、ありがとう」
六花の言葉に、俺は反射的に礼を言うと、手にした脇差を鞘から抜く。
顕になった冴え冴えとした刃が、不思議と俺に勇気を与えてくれる。
――主様、それほど等級が高いわけデハないけれど、魔導具デ魔剣ですヨ!
なんとなく、そんな気はしてたよ。
人工精霊の声に、俺は落ち着いて答える。
確かな存在感とともに、力強い何かが脇差しを握る右手から伝わってくる。
付与されている効果は分からないけれど、自分に力を与えてくれると確信できる。
「ほほぅ、脇差――風斬を簡単に受け入れるとは。ただのカタナとして使えれば上々と思ったのだけど、さすがは凛太郎」
どこか遠くから聞こえてくるような、六花の声。
俺は、ロロ様をテトラに預け、ラゼルと再び対峙する。
「クソがッ! クソどもがッ! さっさと死にやがれよッ! テメーも鬱陶しいんだよ、オレ様の計画の邪魔ばっかしやがってッ!」
「悪かったな。俺にも譲れないものがあったんだよ、意外と……」
俺は静かに息を吸い込みながら、右手で脇差を構え、左手首の忠義の腕輪――人工精霊に意識を向ける。
――主様、アイツの魔術は、ワタシが全部、叩き落とすヨ!
任せたよ。
「死ねよ、土人がァァァッ!」
ラゼルの金切り声が響き、同時に彼の魔導具が揺らめく。
――重力弾デス! ワタシが
大丈夫。
見えないはずの重力弾が視える。
俺は、まっすぐに重力弾に向かって踏み込み、脇差を薙ぐ。
かすかな手応えと、ぱりん、とガラスの割れるような音が聞こえた気がした。
「――ッ! ――ッ!」
ラゼルが激昂しながら、立て続けに重力弾を撃ち込んでくる。
慌てる必要はない。
俺は、重力弾を十分に引き付けてから、脇差で斬る。
ひとつ、ふたつ、みっつ。次は――
赤々と燃え上がる火炎弾が、間髪入れずに向かってくる。
俺は、ただまっすぐに、脇差で突く。
ただそれだけで、火炎弾は風船のように弾けた。
驚愕した顔で固まるラゼルに、俺は肉薄する。
「終わりだっ!」
俺は左足を踏み込みながら、左の掌底をラゼルの腹に打ち込む。
掌から伝わる硬い手応え――防御結界か掌底を拒む。
――任せて! 主様!
人工精霊の声が脳裏に響くと同時に、俺の掌底がラゼルの腹に突き刺さる。
――ぶっ飛ばすヨ!
指向性のある爆発が、ラゼルを吹き飛ばし、校舎の壁に叩きつける。
ラゼルは白目をむいたまま、地面に倒れ込む。
「さすがリンタロー。気持ちの良い一撃」
「気が晴れる素晴らしい攻撃でしたわ、リンタロー様」
「うーわー。凛太郎、容赦ない。でも、積んできた修練を垣間見れる見事な一撃だ」
気を失ったラゼルを心配する声はなく、俺は少し居たたまれない気持ちになってしまう。
「ともあれ、障害の排除が出来ましたわ。リンタロー様、長いは無用ですわ。テトラ様もリカ様もルドルフ様の研究室に、ご一緒ください」
「もとより、そのつもり」
「某は……。まあ、その方が良さそうかな」
一瞬、悩む素振りを見せる六花。
その態度に少し違和感を感じながら、俺は脇差を鞘に納めて彼女に返す。
「助かったよ、六花。この脇差は、魔導具――魔剣なのか?」
「ふむ、凛太郎は気づいていたのか。それなら先程の戦い方にも納得がいく。この脇差――風斬は魔術を斬り裂く魔剣だ。と言っても小規模な魔術を斬り裂く程度で、護身よ――」
「お二人とも、積もる話は後にいたしましょう」
ロロ様が俺と六花の会話を遮る。
俺たちは軽く謝罪し、ルドルフ研究室へ急ぐことにした。
ちなみに、ラゼルを含む死屍累々となっているクーデターの生徒たちは、放置だ。
拘束くらいした方がよいのだろうが、その時間も勿体ないとロロ様が判断したからだ。
学園のあちらこちらから伝わってくる騒ぎの気配に、俺は神経をすり減らすのだった。




