78.強行突破③
「さっさと、くたばれやぁぁぁ!」
ツバを飛ばしながら、叫ぶラゼル。
貴族は、もっと上品な言葉遣いをするように育てられているんじゃないのか?
そんなことを疑問に思いつつも、俺は火炎球を避ける。火炎球の熱で肌にチリチリとした感覚があるが問題はない。
ラゼルの攻撃が単調なおかげか、幾分か心に余裕を持った状態で、対応が出来ている(肉体的にはいっぱいいっぱいだけど)。
攻撃が単調になっているのは、ガンレッド――魔導具の制約なのだろう。重力球を四発撃った後は、たぶん指輪の魔導具を使用した火炎球が二発飛んでくる。
さすが貴族、汚い。
魔道具を何個も持っているなんて、ズルい。
――主様、お待たせしましタ。アイツの魔導具の術式ヲ解析できましたヨ。火炎球は弾き返せますヨ!
マジか。朗報すぎるよ。
人工精霊の報告に、俺は思わず口元が弛んでしまう。
「クソッタレがぁぁぁ! 死ねやぁぁぁ!」
「お断りだっ!」
――得物ニ結界の展開ハ完了してマス!
人工精霊の言葉を聞きながら、俺は手にしていた棍棒を――野球のバッターのように――両手で握って振る。
野球なんて小学生のころにやってた程度なんだけど、イメージ通りに棍棒が火炎球を打ち抜く。
カキーン! なんて快音は出なかったけれど、確かな手応えが棍棒から伝わってくる。
――主様、ナイススイングですヨ!
打ち返した火炎球は、見事にラゼルの方へ飛んでいく。
「ふ、ふざけんじゃねェェェ! 土人がァァァ!」
ラゼルが宝剣を振るうと、雲母のようなキラキラとした煌めきが軌跡を描く。次の瞬間、火炎球が軌跡に触れて弾ける。
アレが対魔術用の防御障壁と言ったところだろうか。
武芸大会のときに比べれば、ちゃちな感じはするが、宝剣を振り回すだけで魔術用防御障壁の展開が行えるのはズルいよな。
――主様、追撃を!
おうよ!
俺はベルトに通していた小さな袋から、一センチくらいの濃色をした少し歪な玉をいくつか取り出す。
以前、調合した炸裂玉の改良版。
大きさと威力を調整した小型炸裂玉――俺専用の炸裂弾だ。
左手の親指の先を握り込むようにして、その上に炸裂弾を置く。
俺は指先に風を集めるようにイメージする。
――主様、いけルよ!
「《風よ、撃ち抜け!》」
同時に俺は親指――指弾で炸裂弾を撃つ。
風を纏った炸裂弾が、ラゼルに向かって矢のように飛んでいく。
「チッ、抵抗するんじゃ――」
破裂音がラゼルのセリフを塗り潰す。
想定より大きな音に、俺は内心ビビってしまう。
だが、ここで手を緩めるわけにはいかない。
手持ちのカードを考えると、長期戦は俺の方が不利だ。
ラゼルを倒したとしても、ルドルフ研究室にたどり着くまでに、クーデター側の生徒に襲われない保証はない。
音と衝撃で体勢を崩しているラゼルに、俺は炸裂弾を握る左手を向ける。
「《風よ、撃ち抜け――》」
――任せテ!
片手で炸裂弾を親指の先に乗せ、ラゼルに連続で指弾を撃ち込んでいく。
ひとつ、ふたつ、みっつ――。
「くそが、くそが、ふざけんじゃねェェェ!」
ラゼルがガンレッドから重力球を撃ち出し、炸裂弾を迎撃していく。
軌道をそらされた炸裂弾が、地面に触れて爆ぜる。
くそ、期待通りの結果に簡単にはなってくれないな。
ラゼルが障壁で炸裂弾を防いでくれたなら、爆風とかで動きを鈍らせることが出来たのに。
――主様。、やっぱりアイツの魔導具は、大陸で作成されたものではないデス。細工してありマスけど、術式の基底部分が東方のもの、つまり扶桑のものに酷似してマス。
マジかよ。
他国から密輸された魔導具を使ってクーデターとか、下手したら国家間の問題になってしまうんじゃないのか。
俺の心配を他所に、ラゼルは喚き散らしながら、重力球と火炎球をぶっ放してくる。
重力球は結界で軌道をそらし、火炎球は弾き返す。
さっきまでよりはマシだけど、決定打には欠ける。
――ワタシの直感が訴えてイマス! 大陸にモ重力制御ノ術式ありマスけど、ぜんせん洗練されてないデス。あの魔導具に組み込まれていル術式は雑ですガ、元になった術式ハ分かります。母上の術式デス!
母上って、シノさんの?
――そうデス!
人工精霊の返事に、俺は違和感を覚える。
以前、重力制御はシノさんのとっておきって、クォートが言っていた。そんな術式を簡単に伝授したりするのだろうか。
シノさんは東方――扶桑の出身ぽい雰囲気があるし、大陸に住み着く前は、扶桑で生活していたのかな。それで、重力制御の術式を教えて――あり得ないな。適当に
俺は小さく苦笑しながら、俺は小さく首を振る。
シノさんの普段の生活を見ていたら、積極的に指導する姿を想像できない。片手間に作った魔導具を売り捌いて、日銭を稼いで自堕落な生活をしている方が、よほどしっくりくる。
――主様、失礼な事を考えてマスカ?
い、いや、そんなことはないよ。
人工精霊のツッコミにとっさに反応してしまう。一応、俺の思考の全てが読み取れないように、制限が入ってるらしいので、先ほど想像したシノさんのだらしない姿を、人工精霊が読み取ってないと信じておこう。
戦闘中の緊張感が著しく欠如し始めていることは、非常にマズい。ラゼルの単調で回避しやすい攻撃を避けることで体力は削れるし、不覚を取る可能性もある。
早くラゼルの相手を終わらせないといけない。
アイツの魔導具を無力化って出来る?
――可能デス。使える手段ハ二択になりマス。ろろ様みたいに、魔導具を破壊するか、触れて術式を書き換えル。ワタシから口にしにくいデスガ、どちらの方法モ主様の力量不足かと思われます。
それは……その通りだ……。
今、俺が手にしている棍棒で、ラゼルの魔導具を破壊するのは難しい。
愛刀――ドルガゥンさん謹製の小太刀――なら、ラゼルの魔導具を簡単に斬り裂けるだろうけど、ラゼルの手もスッパリ斬り飛ばしてしまうはず。
流血までは慣れた俺だけど、さすがに人の手足を斬り飛ばす事はやりたくない。
つまり棍棒だろうが、刀を持っていようが、魔道具だけを破壊するなんて俺には無理。かと言って、戦闘中に相手の魔導具に接触して、無力化するのも俺には出来そうもない。
シノさんがいたのなら、遠距離や非接触で、ラゼルの魔導具をアッサリ無力化出来そうなのに……。
「そろそろ死ねやァァァ!」
「――疾!」
烈風の気合とともに、重力球に細長い棒――針が撃ち込まれる。次の瞬間、重力球は風船のように破れる。
「リンタローに! なにするかぁぁぁ!」
間髪入れずに、円盾を構えたテトラが、ラゼルに突撃して吹き飛ばす。
防御結界で防いだものの、ラゼルは衝撃で数メートル飛ばされる。
テトラは円盾を構えたまま、警戒を解かずに、俺の方に駆け寄ってくる。
「リンタロー、無事?」
「テトラ、助かったよ。ロロ様がラゼルの取り巻きを倒してくれたんだけど、不甲斐ない限りだよ……」
俺は言葉を濁す。
ロロ様に後を任されたのに、ラゼルを無力化することが出来なかったから。
「リンタロー様、とてもかっこよかったですわよ」
「うむうむ、不可視の重力球を相手に、予備知識無しで善戦したと、誇ってよいぞ、凛太郎」
六花が、ロロ様を支えながら、歩み寄ってくる。
「さっきの飛針は六花? 重力球が見えるの?」
「見えているわけではないが、空間のゆらぎで位置を把握している。某より凛太郎の方が視えているようだったが」
立花の指摘で、俺はハッとする。
見えてはいないけど、飛針が重力球を破るところが視えた気がする。もしかして、重力球の回避が出来ていたのは、そのおかげなのか。
状況について考え込みそうになった俺に、六花がロロ様を預ける。
六花は一歩前に出ると、不敵な笑みを浮かべながら、怒りで顔を赤らめたラゼルを見据える。
「それよりも、そこの御人、聞きたいことがある。その大陸篭手型の魔道具は、どうやって入手なされた? 見た目を細工されているようだが、魔導具は、某の國で作られたものとお見受けする。ついでに申すなら、金を積めば手に入るようなものでもない」
六花は確信を持って、ラゼルに問いかけるのだった。




