78.強行突破②
「これで、最後ですわ!」
ロロ様が歌うように宣言すると、ラベルを取り巻いていた最後の生徒が吹っ飛ぶ。
地面から叩きつけられた生徒は、小さなうめき声を漏らすと、そのまま動かなくなる。
「はぁ、はぁ、はぁ……、さすがに大立ち回りが過ぎましたわ。蝶のように舞い、蜂のように刺すようにと、お師匠様に厳しくご鞭撻いただいていたのに……」
肩で息をしながら、ため息をつくロロ様。鞭がしゅるりと生き物のように彼女の手に納まる。
柔和な笑顔のまま、死屍累々な光景を見渡す彼女の姿に、ゾクゾクとした何かが俺の中でざわめく。
きっと目覚めてはいけない何かに、俺は気づかないふりをする。
周囲に転がる生徒たちの多くが、気を失いつつも恍惚とした表情をしている。
アレは目覚めてはいけない何かに目覚めた顔だ。
俺は深く息を吐きながら、思考を切り替える。
「ソーマ様、彼はお任せしてもよろしいですか?」
「はい、大丈夫です。あとは俺に任せてください」
俺の言葉に、ロロ様はニッコリと微笑む。彼女は小さくお辞儀をしてから、俺の後ろに下がる。
どんなときでも優雅な立ち振る舞いは、さすが王族と俺は心の中で称賛してしまう。
「くそが、くそが、クソが。役立たずどもめ! 王国のお荷物のくせに、オレ様を舐めやがって!」
ロロ様にみとれていた俺は、怒号でラゼルに視線を戻す。
顔を真っ赤にしたラゼルが、ツバを撒き散らしながら叫んでいた。血走った瞳で俺を睨んでいる。
「東方の土人がオレ様の相手だと……。オレ様誰だと思ってやがる! オレ様は――」
「御託はいい。さっさと始めよう。こっちは時間が惜しいんだ」
俺は左手を前に突き出すように構える。
武道だと、利き腕が遠くなるとか心臓が前に出るとかあるんだろうけど、今の俺は左手首の〝忠義の腕輪〟が頼り。攻撃をするにも防御をするにも、忠義の腕輪で擬似魔術を行使する意外ない。
――主様、サポートは任せてヨ。
頼りにしてるよ。
人工精霊の声に応えると、熱い何かが、身体を巡りだす感覚が生まれる。
疑似魔術回路が活性化し、魔力が巡り始めたのだろう。俺は魔術的な才能がゼロらしいので、当てずっぽうに近いのだけど。
俺はゆっくりと呼吸をしながら、喚き続けるラゼルを見据える。
ヤツの攻撃は左手のガンレッド――魔導具と、右手の装飾の多いショートソード――魔術の触媒だろう。
どちらも魔術を使うための道具とはいえ、武器としても十分使えそうだ。
――任せテ、主様!
同時に、足元の地面が盛り上がり、棒状のカタチになる。俺が手にすると警棒程度の長さで、地面から切り離される。
土を魔術で固めて作った棍棒ってわけか。
――魔術ノ触媒にはならないケド、あいつの剣を防ぐくらいは出来る、ハズ。
そこは断定してくれた方が嬉しいんだけど。
俺はラゼルに気づかれないように、小さく苦笑いしながら、棍棒を、二、三度、振ってみる。
ビュンビュン、と確かな手応えが、俺に安心感を与えてくれる。
「――しねぇ! 土人がぁぁぁ!」
「っと、あぶなッ」
顔面に飛んできた火球を、とっさに仰け反ってかわす。
――主様! 次ッ!
あーもう、めんどくさっ!
体を捻って、俺はそのまま地面を転がる。
ワンテンポ遅れれて、重い振動が地面越しに伝わってくる。
急いで立ち上がると、小さなクレーターが、ついさっきまでいた場所に出来上がっていた。
「大人しく潰れろや!」
――主様、避けるッ!
ラゼルが左手を振るう度に、地面に小さなクレーターが生み出される。
――コレは、重力弾! 威力は弱いけど、触れるとダメだよ、主様ッ!
触れるなって言われても、見えないんだけど!
ラゼルの視線と左手の動きから、俺はなんとなく重力弾の狙いを予測する。
予測の精度が悪いので、大きく動いて回避するしかない。体力の消耗を考えれば、長期戦は俺の方が不利だ。
「次はこっちの番だ。〝火よ、敵を撃て!〟」
「クソが、オレ様に楯突くんじゃねぇ!」
俺の放った火球を、ラゼルはガンレッドで払う。
飛び散る火の粉を被りながら突進し、俺は棍棒をがら空きのラゼルの脇腹へ叩きつける。
「ッ! 防御結界かよ」
「土人の浅はかな攻撃が、オレ様に届くはずねぇだろ!」
棍棒から伝わってきた硬質な手応えに、俺は舌打ちしながらバックステップで距離を取る。
――主様、あいつの剣も魔導具みたいデス。それほど等級は高くなさそうですけど、物理防御の結界を展開するようデス。
まじかよ。攻撃用じゃないのかよ。武芸大会のときもだけど、防御に気を使いすぎじゃね、あいつ。
思わず愚痴ってしまう。
せめての救いは武芸大会のときより、魔道具の等級が低そうなことか。
「さっさと死んで、今までの無礼を詫びてくれや」
「詫びるようなことは記憶にないんだが」
「なんだと、土人が!」
軽い挑発にもよく反応してくれる。
再びラゼルが撃ち出し始めた重量弾を、俺は全力で回避する。
このままだとジリ貧は確定だ。
それ以上に、時間を掛けすぎると、ラゼルの仲間が集まってくる可能性がある。
出来る限り早くこの場を切り抜けないと。
じわりと滲み出してくる焦りを感じながら、俺は突破口を探るのだった。
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