78.強行突破
「ラゼル……」
「ああ? 東方の土人に俺様の名を口にすることを許した覚えはないぞ。まあ、俺様は寛容だ。今回は許してやってもいいぞ。この国のお荷物であるロロ様を、大人しく俺様に差し出せばな!」
そう言い切ると、下品な笑い声を響かせるラゼル。
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた取り巻きの男子生徒が、俺とロロ様を包囲するように、移動する。
全員が、左手に禍々しいオーラを放つ、漆黒のガンレッドを装備している。
光を返さないガンレッドを、俺たちに向けて構えている。
防御力があるようには見えず、魔術の触媒として使うものだろうと、俺は察する。
「ラゼル様、先ほどお話された内容は、本心ですか?」
「おやおや、この状況で、俺様が冗談を言うと思われるわけですか? やはりお荷物なだけあって、状況把握が出来ないわけか」
ラゼルが目配せをすると、ロロ様の足元に火球が撃ち込まれ、火柱を上げて消える。
「ロロさまぁー、下手な発言はー、お控えになった方が、聡明だと思いますよぉー」
火球の発生源――ラゼルから一番近い位置にいた男子生徒が告げる。
彼は粘着性を感じるニヤニヤとした笑顔で俺たちを見下す。
俺は生理的な不快感を覚え、反射的に眉を寄せてしまう。
ロロ様の様子を確認すると、いつもの柔和な笑みのままだった。
「ロロ、様――」
「ふふふっ、楽しいですわね、ソーマ様」
鈴の音のような、ロロ様の声。
ぞわり、と身の毛が総毛立つ。
そうだった。忘れてはいけない秘密がロロ様にはあった。
耳長族の血が濃く出てしまったがゆえに、表舞台に今まで出てこれなかった。
見た目は十五歳に満たないが、実年齢は成人済み。
表に出れなかった歳月を自堕落に生きてきたわけではない、はず。
「わたくしも、王家の末端に名を連ねています。学生のお遊戯ごときに背を向けては、王家の名折れになってしまいますわ」
「ふははははっ、温室育ちのお姫様が、随分と威勢の良いことをほざく! 滑稽すぎて傑作だ!」
「ラゼル様、あまり図星をついては不敬ですよ」
取り巻きたちが、ラゼルの言葉にゲラゲラと笑う。
――主様、彼ラは、精神攻撃でも受けているのデスカ?
忠義の腕輪に宿る人工精霊が戸惑いの声を洩らす。
気持はよく分かる。
ロロ様から放たれる威圧感を前にして、のんきに笑えることが信じられない。
「世の中の厳しさを、ボクが教えて――ギャッ!」
炸裂音と同時に、ロロ様にガンレッドを突きつけた男子生徒が悲鳴を上げる。
彼は苦痛に歪んだ顔で、右手を地面に押し付けるような姿勢になる。
よく見るとガンレッド――魔導具を装備していたはずの彼の右手は鮮血が滲み出していた。
ガンレッドは半壊していて、右手の甲が露わになっていた。
状況が分からず、俺が困惑していると、パシン! と小気味よい音が響く。
「足りません、足りませんわ。速さが圧倒的に足りてませんわ」
「ロロ、様……」
俺は思わず呟いてしまう。
そして、先ほどの音の発生源――ロロ様の手には、銀糸を編み込んだような縄――いや、鞭が握られていた。
鞭は縄部分は、それほど太くない。だけど、ずっしりとした重厚感と長さで、それ相応の重量があることが伺えた。先端は紅く揺れる布であり、金属のような物が付いている。
たぶん、鞭が男子生徒のガンレッドを破壊したのだろう。
「お、お前ら! 一斉に魔術を撃ち込――」
慌てたラベルの声を、複数の炸裂音が遮る。
ワンテンポ遅れて、俺たちの周りを囲んでいた生徒たちが悲鳴を上げる。
俺は素早く周囲を確認すると、半分くらいの生徒が右手を押さえながら蹲っている。
「遅い、遅い、遅いですわ、皆様方。お遊戯会といえど、もっとテキパキと動いていただけないと、欠伸が出てしまいますわ」
ロロ様が手首を捻る。
すると、三メートルくらいありそうな鞭が生き物のように動いてまとまり、ロロ様の手に収まる。
――ミスリル銀を主素材として作った軟鞭のようデスね。とてつもない、欠陥みたいですケド……
人工精霊が珍しく歯切れが悪い。
(何か気になることがあるのか?)
――軟鞭は、手に持つだけで無尽蔵に魔力ヲ喰らいマス。ろろ様ハ、常人より大きな魔力を持ってますケド、そう長く持ちまセン。
俺は慌ててロロ様を見る。
いつもの柔和な笑みには変わらないが、額には薄っすらと汗が滲んでいる。
「ロロさ――」
「ソーマ様、お静かに。わたくしが露払いをいたしますので、あとはおまかせしますわ」
そう言うと、ロロ様はニッコリと俺に微笑む。
思わず見惚れてしまうその姿、その笑顔。
次の瞬間、ロロ様が舞い、阿鼻叫喚が周囲に響き渡った。




