75.波乱の予感③
「リンタロー、疲れてる?」
「ああ、めちゃくちゃ疲れてる……」
昼休みの喧騒に包まれた食堂で、テーブルに伏したまま、俺はテトラに返事する。
ロロ様の世話役自体は、大した負荷はなかった。彼女の見た目は、十二歳から十五歳くらいに見えるが、長耳族の血が濃くて、見た目の成長速度が遅いだけ。つまり、一般人――短耳族目線の見た目の年齢とロロ様の実年齢は、確実に三倍くらいの隔たりがあるわけだ。
見た目は幼いが、立ち振る舞いは立派な大人というわけだ。
更に王族として、甘やかされて育てられたわけでもなく、分別があるロロ様が、俺に何かを強制することはなく、俺が自主的に荷物持ちを願い出るしかない状況だ。
「テトラは、ロロ様のことをどう思ってる?」
「ロロ様を? そうね……」
俺の何気ない質問に、テトラは右手で口元を隠しながら、少し考える素振りを見せる。
もしかして、貴族に王族について尋ねることは不敬とかで、罰せられたりするのだろうか?
内心、少し慌てながら、俺は周囲に目配せをする。
気になる動きを見せる生徒は、周囲にいない。
これが最善のタイミングと言わんばかりに、ラズがせっせとテーブルに料理を並べている姿が、目に留まるだけだった。
「ロロ様について、お父様から色々と聞いていたわ。いづれお会いすることになると、心づもりはあったわ。でも、役に立たなかったわね」
「役に立たなかった?」
「そうよ。選民意識丸出しで、誰構わずこき使うような――を想像していたのだけど、全く違ったから。ロロ様について、言い表すとすれば『天使』ね」
テトラは真顔で断言する。
反射的に「お前もか……」と口に出さずに呟きながら、俺は身を引いてしまう。
ロロ様の誰にも別け隔てなく接する姿に、老若男女が心を奪われている。いつの間にか『学園に舞い降りた天使』なんて称賛されている。
祭囃子以上の騒がしさで、俺の耳に『天使』という単語が聞こえてくる。
ロロ様の人気は天井知らずといったところだ。
俺は最近の悩みについて、テトラに尋ねてみる。
「テトラは、『扶桑の民』がロロ様の世話係をやってることを、どう思う?」
「んー、ロロ様は王族だし、自国民以外が世話役になっていることは、憤怒に我を忘れそうになってしまうわね、普通なら。学園は身分や出生に関わらず、平等な学びの場と謳っているわ。恨む前に、自身の力量不足を恥じるべきね」
テトラは、きっぱりと言い切る。
これがすべての生徒が同じ意識なら、どんなに良かったことか。
ロロ様の世話役を『扶桑の民』がやっている。分不相応、学園長が耄碌した、などなど。攻撃的な言葉が俺の耳によく届く。
常に有効的ではない視線を感じる。
唯一の救いは、私物を隠されたり壊されたりといった直接的な攻撃が、まだ起きてないこと。
まだ数日しか過ぎていないのに、不登校児にジョブチェンジしたい。
「ハッハッハ! リンタローは、気を使い過ぎだな! ロロ様の世話役を拝命したと周囲に自慢すれば良いぞ!」
突如、響き渡る超え声。
顔を向けると、クォートがリズを引き連れて立っていた。
クォートが俺の横にドカリと座ると、リズが一礼して昼食の料理を確保するために、離れていく。
「いや、そんなことしたら、俺は暗殺されるよ……」
「ハッハッハ! 返り討ちにすれば良いだけだ!」
「お兄様、返り討ちになんて……」
クォートの言葉に、テトラは冷たい視線を向けると、ため息をつく。
「関係のある全てを根切りしなくては、解決しませんよ」
「ハッハッハ! 妹は、物騒なことを口にする! 我輩たちは学生だ。少しは加減をすべきだぞ」
「加減! どの口が『加減』なんて言うのですか。破壊の象徴みたいな存在なのに」
驚愕した顔で指摘するテトラ。
そいえば、クォートって『破壊者』って呼ばれているとかテトラが言ってたな。
木剣で、俺の握ってた木剣を斬ったり、攻撃魔術を斬り払ったりしてたな。加減して出来る芸当じゃないよな。
「ハッハッハ! 我輩も成長しているというわけだ。そう言えば、ロロ様のお姿が見えないな。リンタロー、ロロ様はお手洗いか?」
「さすがに、ロロ様に学食を利用していただくのは色々と問題だろうとなって、学園長と会食室で昼食をとられているよ」
「ふむ、食事中は不穏な輩に狙われやすいからな。妥当な判断だな」
一瞬だけ、クォートが真剣な――王国騎士団、近衛隊の副団長の――顔で呟く。
それだけで、ロロ様を取り巻く状況を少し察してしまう。
学園では徹底的に仕事の顔を見せない彼が、少しでも仕事を匂わせるのは、よほどのことだと思う。
「……けっこー、俺の立場ってヤバいの?」
「リンタローの立場が危ういのは確かね。貴族の連中が騒いでいるらしいわよ」
「その反面、繋がりが明確で、頼りにしたくなる存在だな、リンタローは!」
「頼りにされても、俺は何もできないよ……」
「謙遜だな! リンタローは、武芸大会の活躍があるから、下手な手出しも出来ず、遠巻きに眺めている連中が多いからな」
クォートが豪快に笑い、テトラが同意するように頷く。
二人の反応が、少しこそばゆい。
元の世界から転移した直後に比べれば、逞しくなった気はするけれど、テトラやクォートの足元にも及ばない。
二人の強さには、憧れてしまう。
そんな二人から、ちょっとでも認められたことが、純粋に嬉しい。
「……ロロ様の世話役は、全力を尽くすよ。でも、フォローはしてくれよ」
「無論だ! リンタローがロロ様のそばに控えているだけで、人の目が集まる。それだけで、よからぬことを考えている輩への抑止力になる。それでも動きを見せる愚か者は、我輩が始末する」
「リンタローに害をなす輩は、私も容赦しません」
テトラとクォートは、顔を見合わせると、不敵に笑い始める。
俺は荒事が起きないことを祈るしかない。
「少し邪魔をしても良いかな?」
不意に聞こえてきた柔らかな声。
視線を向けると、宰相の息子、ルーエルの姿があった。




