75.波乱の予感②
「よろしくお願いします、ソーマ様」
そう言うと微笑みながら、学園の制服のスカートを摘みながら、お辞儀をする美少女――第三王女のロロ様。
色素のうすい肌に、すみれ色の大きな瞳に形の良い薄い小さなピンク色の唇。苔色――濃い緑のふわふわとした長い髪。
耳が少し尖っているのは、王家が長耳族の血をひいているからだろう。
身長は俺より頭二つ分くらい小さく、小柄――というか幼い。でも、スレンダーな体型というわけでなく、体をラインにはメリハリがある。
全身から漂うロイヤルオーラと、話し方などから少なくとも、年齢は十五歳以上はあるはず。
しかし、その見た目から俺の脳裏によぎるのは〝ロリコン〟という言葉。
テトラと初めて会ったときも衝撃を受けたけれど、それに匹敵する衝撃に、俺は呆然としてしまう。
一瞬の間を置いて、俺は我に返ると、慌てて口を開く。
「あ、そ、その、お、俺……私は、リンタロー=ソーマ、ですッ!」
地面に額を叩きつける勢いで、俺はお辞儀をする。
途中で声が裏返りまくって、恥ずかしさに耳が熱い。
「ふふふっ、落ち着いてください、ソーマ様。今のわたくしは、一介の生徒に過ぎませんから」
「いや、でも、その……ッ!」
「ソーマ様は、可愛らしい方ですわね」
口元を隠しながら、コロコロと笑うロロ様。
見え隠れするエクボが彼女の無垢さを強調させる。
テトラとは方向性の違う、気品と高貴さ。
圧倒的な美少女力に、俺は昇天しかけてしまう。
「……ソーマよ、もう少し緊張感を持ってくれ。門弟として、ソーマには期待している……」
「す、すみませんッ!」
ルドルフさんが、「ハァー」としみじみと深いため息をつく。
期待されていることは素直に嬉しいけれど、弁解させて欲しい。
美少女な上に、王女という立場の存在に、一庶民代表みたいな俺が対面して、平静な状態でいられると誰が思う? 誰も思わないよね。
俺は心の中で熱弁し、ぐっと気持ちを抑える。
これ以上、慌てる姿を見せて、ルドルフさんを失望させるわけにはいかない。
一度、深呼吸してから、俺はロロ様を改めて見る。
キラキラと輝く瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。穏やかな雰囲気もあいまって、心臓がバクバクしてしまう。
俺にロリコン趣味はない。趣味はないです。
何度か自分に言い聞かせるように、心の中で呪文のように唱える。
「若い方々の中で、生活するなんてドキドキしてしまいますわ。色々とご迷惑をお掛けしてしまいそうで不安ですわ」
「若い、方々?」
ロロ様の言葉に違和感を覚え、俺は首を傾げる。
それを見て、ポンと手を叩くロロ様。
「わたくしは、ご先祖様の血が濃いようで、短耳族の方に比べて成長速度が遅いようなのです。こう見えて、今年で三十――あっ!」
ロロ様は、口元を両手で隠すと、申し訳無さそうに俺を見た後、ルドルフさんに視線を送る。
ルドルフさんも、どこかバツが悪そうな顔をしている。
もしかして、ものの数分で、ヤバい情報を俺は知ってしまったってこと?
「ソーマよ、先に謝っておく。すまない。ロロ様が自然に話し出されたので、私も失念していた」
「ごめんなさい、ソーマ様。わたくしが何も考えずに話してしまったせいで……」
「怖いから、怖いから……。一体、何がダメだったの?」
ロロ様とルドルフさんは、一度、視線をあわせる。ルドルフさんが諦めたような顔で口を開く。
「ロロ様が、長耳族に近しい存在であることは、秘密になっている。ソーマは知らないかもしれないが、第一王女、第二王女は、流行病で病死したことになっている。悲しんだ国王だったが、お二人とも国民の前に姿を見せたこともなかったため、密葬された」
「普通、王族が亡くなったら、大々的に葬儀をす――って、それより何でそんな話に?」
俺は首を傾げる。
ルドルフさんが、唐突に意味のない会話をするか? しないよな。
てことは、王女が立て続けに病死ってのがキーワードになるのかな。
元の世界より、医療技術が進んでいるとは思えないけど、この世界は、魔術でどんな病気や怪我も治してしまいそうな気がする。
シノさんなら、死人を蘇らせることすら、片手間でやってのけそうだよな。
ということは――
「第一王女と第二王女が病死したのは、嘘とか。もしかして、成長速度が遅いロロ様の存在を隠すために――」
「素晴らしいですわ、ソーマ様!」
パン! と手を叩くロロ様。
頬を綻ばせながら、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。彼女の頬に赤みを帯び、ふわふわの髪が宙を舞う。
「わたくしの成長速度が遅いため、そのまま国民の前に姿を晒すことが難しいと父上は判断しました。苦肉の策として、わたくしは病死したこととなりました。想定外だったのは、わたくしの成長速度が父上の想定を下回ったことですわ。二度、病死したことになり、色々と辻褄を合わせることに苦労しましたわ」
ロロ様が一気に事情を暴露する。
同時に、ルドルフさんが右手を額にあてながら、ため息をつく。
あ、コレ、ダメなやつだ。
俺は瞬時に悟る。
「……ルドルフさん、ロロ様が今バラした話は?」
「無論、国家機密だ。国王に信頼されていないものが耳にした場合、処罰は免れん」
ルドルフさんが、申し訳無さそうに俺を見る。そして、椅子から立ち上がるような素振りを見せる。
もしかして、不可抗力でも処罰される流れ? マジで?
「あ、問題ないですわ。ソーマ様は、それを身に付けてらっしゃいますから」
ロロ様が俺の左手あたりを指差す。
そこには、ミスリル製の〝忠義の腕輪〟がある。
「なるほど。ソーマは、忠義の腕輪を授かっていたのだな。それは広義的にみれば、国王に認められた存在と言えなくもない」
「その通りですわ! だからソーマ様の安全は確保されますわ!」
ルドルフさんが、椅子に座りなおす姿を見て、ロロ様が、小さな手で親指を立てる。
非常に可愛らしい姿に、現状を忘れそうになるが、なんとか踏みとどまる。
ロロ様の世話係、辞退って出来ないかな。
俺は心労が増加する未来を予想して、肩を窄めるしかなかった。




