72.中庭でエンカウント③
「死にやがれぇぇぇ!」
ヴェムが隙だらけの大きな動作で右腕を振るう。
回避するのは簡単。
だけど、俺は風を纏いながら、結界で一撃を受け止める。
襲いかかってくる死の気配――毒素が、風の層に阻まれる。
仕組みは分からないけど、ヴェムは腕を振るうだけで、毒素を発生させることが出来るようだ。
魔眼みたいに、動作で魔術を発動させることが出来るのかな。
――主、毒素の分解できたヨ!
(マジ? 解析速度があがった?)
――内蔵書庫に登録のあった、痺れバタフライに近い成分だったから、すぐ出来たヨ!
人工精霊が、俺に状況を教えてくれる。
ヴェムがばら蒔く毒素は、独自の配合ではなく、魔物の毒素を再現してるだけなのか?
俺が思案している間も、ヴェムが毒素をばら蒔き続ける。
そのお陰で、少しだけど分かってきたこともある。
「……もしかして、毒を発生させることが出来るのは、右腕だけ?」
「ハハハッ! よく気づいたなッ!」
「いや、まあ、攻撃に右腕しか使ってないし、すぐ気づくよ……」
「謙遜するねぇ! 今までオレと決闘して、指摘したヤツはいなかったからなッ!」
ヴェムは愉しそうに顔を歪めながら、右腕を突き出す。
――させません!
即展開された結界が、ヴェムの右手を阻む。
俺は重心を落としながら、彼のがら空きの右脇腹に掌底を打ち込む。
「――ぐぬっ!」
痛みに顔を歪めながらも、踏み止まるヴェム。
俺は低い息吹と共に、右腕を伝う熱い気配。
<風よ、砲弾となれ!>
俺の言葉に反応し、右腕から突風が顕現する。
一瞬、耐えたヴェムだったが、突風に吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がっていく。
「おい、ヴェム! 手を抜くんじゃねぇ!」
ラゼルの怒号が響く。
ヴェムは、地面を拳で叩きながら、ラゼルを睨む。
「うるせぇ! オレの勝負に、口出すんじゃねぇ!」
「口出されたくなければ、さっさと片付けろ! なにが毒蛇かッ!」
「ああ? てめぇらが勝手につけただけだろ! オレはオレだ! 勝手に名をつけんじゃねぇ!」
噛みつくような顔で、ラゼルに吼えながら、ヴェムは立ち上がる。同時に全身から放たれる怒気の濃度が増し、ラゼルはたじろぐ。
「ボケた顔して、なかなか良いもの持ってんじゃねぇか。楽しませてくれる」
「いや、キミを楽しませるつもりは一切ないんだけど……。キミの攻撃は通じてないし、そろそろ引き分けにして、終わりにしない?」
「ああ? オレを舐めんじゃねぇ!」
ヴェムは血の混じった唾を吐き捨てると、俺に向かって駆け出す。
――主、吹き飛ばす?
(いや、そろそろ終わらせたい。結界のサイズを体の表面ギリギリくらいまで絞ること出来る?)
――うん、出来るよ!
人工精霊が返事をすると同時に、展開されていた結界が体の表面まで縮む。
これで、ヴェムの攻撃を受け止めつつ、反撃しやすくなる。
「死にやがれぇぇぇ!」
ヴェムの右腕に紫電が迸り、空に掲げた右手に、禍々しいオーラが集まり、胎動する。
それが内包する死の気配に、本能が恐怖を覚える。
たけど、負ける気はしない。
<炎よ――>
ヴェムが振り下ろしてきた右手に向かって、俺は炎を噴き出す右手を突き上げる。
――ジジジジジッ!!!
毒と炎が触れた箇所から灼ける音が響く。
鬩ぎ合い、削り合い、俺の右手とヴェムの右手は、空中に縫い付けられたように止まる。
俺より背のあるヴェムは、体重をかけて押し込もうとしてくる。
――主、任せて!
人工精霊の声が響くと同時に、俺の右手の甲から炎が噴き出す。
推進力を得た俺の右手は、ジリジリとヴェムの右手を押し返す。彼の撒き散らしていた毒素も、威力を増した炎が焼いていく。
「くそがッ! くそがッ! オレのとっておきが、こんなショボい魔術にッ!」
「魔術は、見た目じゃ、ないんだよ!」
俺は重心をヴェムの下に潜らせる。
膝のバネを使いつつ、左手を右肘に打ち込む。
ズッシリとした衝撃が右手から伝わる。
次の瞬間、右手がスッと持ち上がる。
「――ッ! ――ッ!」
ヴェムが何かを叫んでいるが、うまく聞き取れない。
右腕一本で、ヴェムを持ち上げることが出来たことに、一瞬呆気にとられてしまう。
――主、最後の仕上げが残ってるヨ!
(あ、はい)
俺は反射的に返事をする。
そして、体の内側を何かがうねる。
練られて、圧縮されていく何かが、右手に集まっていく。
<爆ぜ――>
『役立たずが! まとめて潰れろ!』
ラゼルの怒号が俺の耳をつんざく。
同時に体が物凄い力で地面に引き寄せられる。
宙に浮いていたヴェムは、踏ん張ることも出来ずに、地面に叩き付けられる。
俺は右腕でヴェムを支えきれず、地面に倒れる。
「――ッ! これは、シノさんの……」
――母様が得意にしている、重力制御です!
以前、アキツシマ錬金工房の魔導具試験室で、クォートと一緒に床に縫い付けられた記憶が甦る。
ただし、シノさんの重力制御に比べて、精度は荒い。
――主! わたしガ、抵抗するヨ! 母様に比べたら!
体にかかる負荷が和らぐ。
俺はヴェムの体の下から右腕を引き抜き、両手で体を持ち上げる。
「誰に地べたから顔をあげることを許可したっ!」
ラゼルの声と共に、体にかかる負荷が増加する。
俺は再び地面に顔を押し付ける。
「ラゼル! 貴様、神聖なる決闘を愚弄するのか!」
「ハハハッ! 極東の土人との決闘など、児戯と同じ! 神聖? そんなものは存在しませんよ!」
ラゼルに飛びかかろうとしたテトラを、取り巻きたちが妨げる。
「邪魔よ! 退きなさい!」
「おやおや、大声をあげてはしたないてすよ、テトラ様」
「ラゼル! いい加減にしなさい!」
取り巻きに手を上げることを躊躇して、接近しないテトラ。ラゼルはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。
彼女から放たれる殺気に、取り巻きは顔を顰めながらも、必死に踏み止まる。
主の命に、必死に応えようとする姿に、テトラは躊躇してしまう。
そんな中、涼しい顔をした六花が、決闘用の結界の前に立つ。
「さて、茶番は終わりといたしましょう」
六花は腰に下げていた刀を一閃する。
――キィィィン
高い金属音のような音を響かせ、結界は四散した。




