72.中庭でエンカウント②
「下らないことを口にしますね。何の根拠があるのですか?」
努めて平静を装いながら、ラゼルが六花に尋ねる。
コロコロと口調や態度が変わるラゼルは、情緒不安定で、実に小者っぽさが漂う。
そんなラゼルの姿に、六花は挑発するように鼻を鳴らす。
「根拠? それは貴公に存分に見せたはずだ。結界に触れて、魔術式の癖が読み取れぬ魔術師などいるはずなかろう」
「……チッ」
六花の獲物を狙う蛇のような視線に、ラゼルが舌打ちする。
彼女の気配から、何かを確信していることが伺えた。
「くだれねぇ! くだらねぇぜ! 外野は黙っていろよ、なぁ!」
ヴェムが犬歯を剥き出して吼える。
敵意を撒き散らす彼の姿に、ラゼルの取り巻きは体を強ばらせる。ラゼルも少し表情が固い。
「んんー……」
俺は眉を寄せて、思わず唸ってしまう。
ヴェムの「街かどの目が合うと因縁をつけられる不良」的な恐さは感じる。
だけど、一目散に逃げ出したくなるような恐怖は感じない。
「ああ? お前……オレを舐めてんのか!」
「いや、そんなつもりはないんだけど……」
思わず愛想笑いが出てしまう。
それを挑発と受け取ったのか、ヴェムの表情が更に険しくなり、放たれる威圧感が増す。
「おい、マジかよ。アイツ、死んだぜ」
「プッツンしたヴェムは、容赦ねーぜ」
取り巻きたちが戦きながら、ざわつき始める。
吼えるヴェムの姿に、ラゼルも表情を強ばらせていた。
「さすがだな。味方にすると頼もしい限りだ。さあ、ヴェム。王国貴族の格式高い決闘というものを教えてやれ」
「ああ? オレに指図するんじゃねぇ! オレはオレのやりたいようにやるんだよッ! ラゼル、てめーに従ってやるのは、たまたま利害が一致しただけだ。契約、忘れんじゃねぇぞ!」
「……チッ、これだから野蛮なやつは。分かってる。俺様が契約を破るはずないだろ」
ヴェムに対する恐怖より、苛立ちが勝ったのか、ラゼルの眉をピクピクと動き、顔は若干赤らんでいた。
学園で実力者と言われる生徒と、決闘で対峙している。
昔の俺なら、ヒビって決闘を回避するために土下座とかしていたかもしれない。
このまま流されて決闘を始めていいのか悩んでしまい、俺はテトラに助けを求めるように視線を送る。
俺の視線に気づいたテトラが、コクコクと頷く。
彼女の姿に、俺はホッと胸を撫で下ろす。
ラゼルに決闘を止めさせるように強く言ってくれるだろう。
「ラゼル、決闘に賭けるものは何?」
「王国貴族の誇り。ヴェムが負ければ、極東の土人に頭を下げ、非礼を侘びましょう。以後、関わらないことを誓いましょう。テトラ様はどうされますか?」
「リンタローが負ければ、私とリンタロー、リカは学園を去る」
「ちょちょちょ! テトラ! ここは決闘を止めるとこだろ!」
テトラが決闘を止めるどころか、決闘開始に舵取りしたので、一瞬思考がフリーズしてしまった。
彼女は俺に良い笑顔を向けながら、サムズアップする。
「リンタロー、思いっきりぶっ飛ばしていいよ」
「ああ? オレを、ぶっ飛ばすだと? おもしれーこと言うじゃねぇか!」
テトラの言葉に、何故か俺の方を向いて怒鳴るヴェム。
言ったのはテトラなのに、何で俺の方を見るんだよ……。
俺は反射的にぎこちない愛想笑いを作ってしまう。
ビクビクっとラゼルの眉が動く。明らかに怒りが増している。
「リンタローって言ったか、死んでも後悔するんじゃねーぞッ!」
「いやいや、何でさ? 俺は何も言ってないだろ」
「テメーはアレの連れだろ。となると主義主張は同じって訳だろ」
「いやいやいや、それは暴論だよ」
俺の言葉は、ヴェムにまったく届いた気配はない。彼は更に吼える。
「オレをバカにしたヤツは、ぜってー許さないのが、オレの信条だからなッ!」
怒気とともに、漏れだした魔力が、ヴェムの周囲でバチバチと空気を灼く。
本能的にヴェムの強さを感じ取れるが、やっぱり逃げ出したくなるような恐怖心は沸いてこない。
「…………」
「ハハハッ、さすがの土人もヴェムが格上だと理解しましたか。恐怖で言葉も出ないのなら、地べたに這いつくばるようにして謝罪すれば、考えなくも――」
「面倒だし、さっさと始めよう。やり取りしても時間の無駄ぽいし」
ラゼルの言葉を遮り、俺は告げる。
ヴェムが学園で強い部類に入る生徒なのは、確かだと思う。
だけど、負ける気はしなくなってきた。
――起動完了。主、準備万端だヨ。
不意に脳内に響く、少女のような声。忠義の腕輪に宿る人工精霊の声だ。
(了解。まずは相手の出方を見るから)
――わかった。防御用の結界を展開直前で止めとくよ。
人工精霊とやり取りをしている僅かな時間で、ヴェムは戦闘態勢で俺を睨み付けていた。
彼の右手におどろおどろしい気配を漂わせていた。
「チッ、足掻くとはな。ヴェム、教育してやれ。決闘開始だ!」
ラゼルが宣言すると同時に、ヴェムが右手を振りかぶりながら、駆け寄ってくる。
動きはまあまあ速い。
でも、テトラに比べると、欠伸をする余裕すらある。
――主、迎撃する?
(いや、まずはヴェムの攻撃を受けるよ)
――承知です。強者の風格ですネ。
「死ねぇやぁぁぉぁ!」
ヴェムが引っ掻くような動きで、右手を振るう。それ自体は、結界で簡単に防ぐことが出来たが……。
「――ッ! これは……」
感じる死の気配。
意思とは関係なく、視線がぐらつく。
――毒を検知しました。すぐに解毒します。
人工精霊の慌てた声が脳裏に響く。
油断した、と口の中で呟く。
いや、決闘で毒とか持ち出すと思わないだろ。決闘って正々堂々とやるイメージがあるから、毒なんて持ち出すと思わないじゃん。
自分で自分に言い訳しながら、俺は体の調子を確かめる。
――解毒完了です。主、調子は?
(うん、問題ないよ)
――すみません、相手を侮りました。
(いや、俺も毒を使うと思ってなかったから。ヴェムの毒を即無効化はできる?)
――主が受けた毒なら即解析は出来ますが……。
人工精霊が申し訳なさそうに答える。
間接的に解析するのは難しいというわけか。かといって、俺が逐一毒を受けて解析するわけにはいかないし……。
(ヴェムの毒は、決闘の結界の外に影響はある?)
――それはないです。結界に阻まれます。
(よし、なら毒の解析は後回しで、先にヴェムを倒そう)
――承知です!
人工精霊と俺は方針を決める。
少しぐらつく俺を、ヴェムが愉しそうに眺めていた。
「俺の初撃で倒れねーなんて、嬉しいねぇ。楽しませてくれそうじゃねーかよ」
「……楽しませるつもりは、ないよ」
「あははハハハッ! いいねーいいねー! そそるよ!」
高笑いを響かせると、ヴェムは魔術の詠唱を始めるのだった。




