72.中庭でエンカウント
「これはこれは、テトラ様ではありませんか。ご機嫌いかがですかな」
「……ラゼル、機嫌が良さそうね」
放課後の中庭で、他愛もない談笑をしていた俺たち――俺、テトラ、六花――に、ラゼルが声をかけてきた。
人を見下すような下卑た薄笑いを、顔に張り付けたラゼル。いつものように取り巻きを引き連れていた。
ただし、パウルの姿はないし、前に見かけた顔ぶれと違う。何か仲違いでもしたのかな。
ラゼルは、俺と六花を一瞥してから、テトラに話し始める。
「王国の剣と称されるリリーシェル家のご息女が、極東の島国の、どこぞな馬の骨ともわからない輩と付き合うのは、いかがなものでしょうか」
「学園内は出身や立場など、外のしがらみを持ち込まず、勉学に励む場です。出身や身分で相手を見誤るのは、恥ずべきことだと思わないのかしら?」
「見誤る? 面白い冗談を口にされますね、テトラ様。大変愉快ですよ」
ラゼルは、手を叩きながら笑う。
いや、笑い声をあげているものの、目は全く笑っていない。冷たく濁った瞳で、俺や六花を見下している。
じわり、と身体の芯から、滲み出してくる感情。俺は感情を抑え込むように、拳を握りしめる。
ふぅー、と身体にこもる熱を外に出すように、静かに息を吐く。
ちらり、と横目で二人――テトラと六花――を確認すると、薄い笑みを顔に張り付けながら、ラゼルたちを眺めている。
反応が薄いことが気にくわないのか、ラゼルが目配せをすると、取り巻きたちが騒ぎ立てる。
「偉大なる王国貴族が、極東の土人といるなんてあり得ねぇ!」
「王国貴族の品位を貶める行為をするなんて、リリーシェル家も没落したもんだ!」
「扶桑の民とつるむなんて、王国貴族の恥さらし!」
取り巻きたちが聞くに耐えない言葉を吐き散らす。
騒ぎを聞き付けた生徒たちが、遠巻きに俺たちの様子を伺っている。
テトラと六花は、平静を装いながら、ギャアギャアと捲し立てる取り巻きたちを見据えている。
「……いい加減に――」
「リンタロー、抑えて」
声をあげようとした俺をテトラが止める。
彼女は感情を抑え込んだ瞳で、俺をみつめる。
ここで揉め事を起こしても、俺たちに利益がないことは分かっている。
それでも、このままラゼルと取り巻きたちに、好き勝手にさせるのは、腹の虫がおさまらない。
何かラゼルたちを黙らせるような方法はないのか?
「ほほう、極東の土人は、なにやら不満そうだな」
「…………」
俺は下唇を噛んで、口を噤む。
下手なことを口にすることはできない。どんな揚げ足を取ってくるかわからない。
反論も出来ない内容で、ラゼルを黙らせないといけない。
「おやおや、まともに喋ることも出来ないのか? まあ、俺様は寛容だから、その無礼も許してやろう。そして、その不満も解決してやる。では、決闘で優雅に決めることにしましょう」
「は? 当然、何を――」
テトラが言い終わるより早く、ラゼルの取り巻きたちが動く。
取り巻きABCDの四名が、四方に移動し、素早く魔導具を発動させる。取り巻きA~Dを起点として、半透明の壁が形成され、中庭を四角に切り取る。
結界だろうか。
ラゼルと、その取り巻きたちの行動に、俺たちは呆気にとられてしまう。
「おら、てめぇはコッチだ!」
取り巻きEFが、テトラと六花の前に移動して、動きを妨害する。
ほんの一瞬の時間。
取り巻きGが、俺を後ろから押して、結界の中に押し込む。
「リンタローッ!」
テトラが結界に手を伸ばす。
バリバリと紫電が音を立てて迸る。
とっさにテトラは手を引くが、顔をしかめて指先を押さえる。
「おやおやぁー、リリーシェル家のご子女ともあろうテトラ様が、ずいぶんとはしたない事を。もしかして、決闘用の結界をご存知ないのですかぁ?」
「チッ……こざかしい」
口の端を持ち上げ、下品な笑みを浮かべるラゼル。かろうじて大笑いすることをこらえている様だった。
「ギャハハハハッ、当事者たち以外が、結界内に立ち入ることが、出来るわけねーだろがッ!」
俺を結界に押し込んだ取り巻きGが、笑いながら結界に入ってくる。
逆立った紫の髪と耳に付けた無数のピアスが目を引く。半眼で笑う姿は、うっすらと狂気を漂わせる。
「おい! ラゼル! コイツをボコせばいいんだな!」
「ああ、そうだ、ヴェム。その極東の土人をどうにかするなど、容易いだろ」
「ああ? 極東――扶桑の民の相手が容易だと? あいつらは、一芸特化が基本だろ。普通ならチョー難易度高めの任務って言ったろ、普通なら」
俺の方を見据えながら、取り巻きG――ヴェムがラゼルに言い返す。彼はチロリと爬虫類を思わせる仕草で、唇を舌で舐める。
ゾワッと俺の背筋を悪寒が駆け抜ける。
ヤバい。
何か分からないが、ヤバい感じがする。
「――疾ッ!」
ガラスを掻いたような不快な音が周囲に響く。
俺だけでなく、周囲にいた生徒たちも、顔を歪めながら両手で耳を押さえていた。
「ふむ、頑丈だな」
手刀を振るった体勢で呟く六花。
彼女は、結界に振るった右手の様子を確かめる。小指側に滲む血を興味無さそうに眺めながら、舌で舐めと取り、赤い唾を吐く。
細長い紙物を取り出して、右手の小指側に貼り付け、ハンカチで固定する。
傷を回復させる護符みたいなものだろうか。
「――ッ! 極東の土人め、話を聞いていなかったのか?」
「聞いていた。その上で、決闘用の結界とやらが、どの程度の代物か確認させてもらった」
「チッ、開き直りやがって。無駄なことは理解できたか?」
ラゼルの言葉に、六花が薄く笑う。
「ああ、少しちょっかいをかけた程度では、壊れないことは理解した。理解はしたが、いささか理解できぬこともある」
「壊せないことが、極東の土人の頭では理解出来ないのか?」
「そんなことではない。その結界、少し手を加えているようだが、某の國由来のものではないか?」
ニヤリと口の端を持ち上げる六花。
それを見て、どこか忌々しそうにラゼルは表情を歪めた。




