71.日常の始まり?
「ふむ、たまには任務を考えずに、心友と肩を並べて歩くのもよいものだな!」
「そ、そうだね……」
耳元で大音量のクォートの声。
俺は思わず顔をしかめながら同意する。
周囲の視線は気になるけれど、彼が一緒であれば、大抵の事が起きても問題ないはず。
完全に虎の威を借りる狐状態だが、庶民代表なので気にしない。
俺の心情を察しているのか、リズが憐憫を感じさせる視線を俺に向けていた。
甘いな。それくらいで動じる俺じゃない。
ちなみにテトラの姿はない。たぶん学園寮の方に、ラズが顔を出して世話をしているだろう。
鬱陶しそうな顔をしているテトラが容易に想像できてしまう。
「やや、凛太郎とクォート殿ではないか」
声の聞こえてきた方に顔を向けると、ポニーテールを揺らしながら、早足で近づいてくる六花の姿があった。
「おお、リッカ嬢ではないか。息災か?」
「はい。その節はご迷惑をお掛けしました」
「気にするな! 我輩も楽しませてもらったからな!」
深々と頭を垂れる六花に、クォートは笑いながら応じる。
その光景に、周囲からざわめきが起こる。
王国騎士団、近衛隊の副団長(表向きは長期休暇中)と扶桑からの留学生が、通学時間帯に親しげに会話をしていれば、好奇の視線を向けられるのは仕方ないか。
「リッカ嬢は、身内が飲食店を営んでいるそうだな! 妹が美味いと絶賛していたぞ! リンタローやアキツシマ師もだろう?」
「そうだね。王国で本格的な扶桑料理を提供する店は皆無だし、懐かしい味が堪能出来たよ」
「春兄の料理の腕は、身内びいきを抜きにしても、素晴らしいからな。クォート殿にも是非ご賞味いただきたい」
「うむ、必ず機会を設けたい! その際はリズに扶桑料理について手解きして欲しいところだ!」
二人とも、周囲の様子を気にしている様には見えない。だが、周囲の状況を把握しているように思える。
武術の達人が、氣を感じ取って、周囲の状況を把握するやつだろうか。
他愛もない世間話を始める二人を見ていると悪寒が次々と走り出す。
「ところで、リンタロー。アキツシマ師とはどのような方なのだ? 名前の響きからして、扶桑の民のようだが」
「そうだね。扶桑出身の獣人族で、錬金術師だよ。そして、テトラの錬金術の師匠なんだよ」
「獣人族で、錬金術師……ですか」
俺の言葉に一瞬だけど、六花が考えるような素振りを見せる。
もしかして、何かマズい情報を口にしてしまったのだろうか。
シノさんは、凄い錬金術師だし、扶桑から出国を許されずに、密出国していてもおかしくないよな。
俺は内心焦りながら、話題を変える。
「ふ、二人とも、こんなところで立ち話していたら、講義が始まってしまうよ。学園に急ごうよ」
「おっと、そうだな。もう少しここで、リッカ嬢と話し込むのも一興だったが、学生の本分を忘れてはいかんな」
「某もウッカリしておりました。クォート殿とここで話すことは、某にとって大変有意義な時間になりそうだったので、学業を疎かにするところでした」
六花とクォートは顔を見合わせると、笑い始める。
穏やかな空気のはずなのに、俺は薄ら寒さを覚えて身震いしてしまう。
六花とクォートは笑顔で、俺はビクビクしながら学園に向かう。
「レヴァール王国学園生徒の諸君! 今、学園は未曾有の危機に瀕している!」
学園の正門をくぐった直後、男子生徒の大きな声が聞こえてきた。
顔を向けると演壇に、一人の男子生徒が立ち、そのそばに十名くらいの生徒が並んでいる。
登園してきた生徒たちが、取り囲んで眺めている。
俺たちも足を止めて、一団の様子を伺う。
「この学園はレガリア大陸で有数の学舎である! 必然的に学園の生徒も優秀であることを求められる!」
男子生徒の主張に、観衆の一部から同意する声が上がる。
「しかしながら、先の武芸大会の結果はどうだ! 上位入賞者にレヴァール王国出身者以外が多くいる! 何故か?」
男子生徒は、一度言葉を区切る。
「国外から留学生を受け入れているからだ! レヴァール王国出身者に割かれるべきリソースが、留学生に割かれているためだ! 学園は王国のための学舎であるべきだ!」
熱気を帯びた声が巻き起こる。
賛同しているのは、身なりが整っている生徒が多いように思える。貴族の子息だろうか。
「くだらんな。学園の目的のひとつに、優秀な人材を発掘することにある。身分や出身に囚われて優秀な人材を逃すなど愚かなことだ」
「……クォート殿は、随分と柔軟な思考をされておられるのだな」
「ハッハッハ。実家では、外国人部隊を編成することは普通のことだからな。優秀な人材は、身分や出身を問わず、常に大歓迎だ。ま、犯罪者は断るがな」
笑うクォート。しかし、熱気を帯びた一団を眺める目は鋭い。
熱気を増していく一団に対して、クォートの視線はどんどん冷めていく。彼がリズを一瞥すると、彼女は一礼して姿を消す。
「クォート、リズはどこに行ったの?」
「雑用だ。リンタローが気にすることではないぞ。さて、そろそろ教室に向かうとしよう」
そう言って歩き始めるクォート。
俺は横目で一団を確認すると、人垣の隙間からラゼルの姿が見えたような気がした。
「ん? 凛太郎、何か気になることでもあったのか?」
「あ、ごめん。何でもないよ」
俺は二人のあとを追いかけた。




