65.扶桑の留学生②
「ナーグル地方から取り寄せた茶葉になります。クォート様のお口に合うと良いのですが」
「謙遜だな。妥協を許さないマスターが出してくるものに、間違いなどあるはずないだろう」
場所は、いつものカフェ――学園の隅でひっそりと営業している――のオープンテラス席。
注文したメニューを、音もなくテーブルに準備したマスター。クォートが労うと、マスターは深々と一礼して店内に戻っていく。
店長は、いつもながら、只者ではない雰囲気がハンパない。
「ふむ、少し柑橘系の香りがするが、スッキリとして飲みやすい。色も鮮やかな橙色で良いな。リズ、マスターに茶葉の仕入れ先を聞いておいてくれ。王に献上すると喜ばれそうだ」
「かしこまりです。すぐにマスターに確認して茶葉を入手してみせます」
後ろに控えていたリズが一礼すると、俺が瞬きしている間に、姿が消えていた。
毎度思うけど、こっちの世界はメイドは、特殊技能が必須なのだろうか。
俺はそんなことを考えながら、お茶を一口啜る。クォートが評価したように、スッキリとした味で、飲みやすい。
ふぅ、と一息ついてから、俺はクォートに訊ねる。
「で、なんでオープンテラス席に座ったの? いつもなら、店内の奥の方にある席に座るだろ」
「ハッハッハ。我輩の気まぐれ、という可能性があるではないか」
「それは考えたんだけど、クォートの雰囲気がいつもとちょっと違う気がする」
俺の言葉に、クォートは少し驚いた顔をすると、こめかみ辺りを指で揉んだり、頬を指でほぐしたりする。
「ラズ、我輩の表情など、おかしな点はあったか? 些細なことでも構わぬ」
「いえ、特にいつもと変わった部分は無かったとかと」
スッと背後から現れたラズが恭しく頭を垂れながら口にする。
訝しげな顔をするクォート。
表情とか仕草とかじゃないんだよな。なんかクォートの輪郭がチカチカするというか、目がムズムズするというか。
これまでの経験上、魔力が何かしらの効果を発動していると違和感を覚えている気がする。
でもクォートが魔術を使っているとは思えないから魔導具でも発動させているのかな。
「リンタローが、我輩から感じ取った違和感なは興味があるが、話が長くなりそうなので、後にするとしよう。何故、いつもの席に座らなかったのか? 店内の客に迷惑をかけないようにするためだ。店内で騒動になって、マスターに出禁を言い渡されてしまうと目も当てられんからな」
「客に迷惑? なんで?」
「ふむ、リンタローの勘が良いのか悪いのか分からなくなってしまうな。我輩の勘では、もうすぐ分かる予定だ」
自信満々の顔で、お茶を飲むクォート。
俺は意味が分からず首をかしげてしまう。
「失礼する」
凛とした声が響く。
視線を向けると扶桑から留学している女子生徒の姿があった。
少し高い位置でポニーテールしているためか、サムライって感じがあり、凛々しい印象を受ける。
彼女はクォートに一礼すると、俺の方に向き直る。
それが予想外だったのか、クォートは少し呆気にとられた顔をしていた。
「以前、遭遇したときは、武芸大会でバタバタしてしまい、まともに会話が出来ず、すまなかった。一緒にいたリリーシェル嬢に、某が深謝していたと伝えてもらえると助かる」
そう言って彼女は深々と頭を垂れる。
「わ、分かったから、顔をあげてくれない? さすがに衆目を集めそうだから……」
「おっと、それはすまない。某はリッカという。扶桑の名前は言いにくいらしく、友人たちからはリカと呼ばれている」
「リッカ……〝むつのはな〟で、六花とか?」
彼女の凛とした佇まいから、なんとなく俺は雪の異名を口にする。
すぐに「しまった」と俺は慌ててしまう。
文化の違う異世界で、異名とか口にしたら、怪しまれるだろ。
焦りを努めて表に出さないようにしていると、一瞬驚いたような顔をした後、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ああ、名前をきちんと呼ばれたのは久しぶりだ……。名前を正しく呼ばれるのは嬉しいものだな。それに〝むつのはな〟まで知っているとは。扶桑の古い言葉だというのに博識だな 」
「えーっと、まあ、その、小さいころに教えてもらったことって、意外と覚えたりしない?」
「そう言われれば、妙に覚えていることが某にもあるな」
元の世界の知識が異世界でも通用したのはラッキーだけど、知識の出所を事細かく問い詰められるとマズい。
ちらりと女子生徒――六花を確認すると、ウンウンと頷いて納得していた。
ホッと安堵したのもつかの間。
六花は意思の強そうな瞳で、真っ直ぐに俺を見てくる。
「まず、貴殿の名前を教えて欲しい」
「え、えーっと、俺の名前は、相馬凛太郎。普段はリンタロー=ソーマって呼ばれているかな」
「ふむ。では凛太郎殿と呼ばせてもらおう」
「ど、殿ッ! いやいや、呼び捨てで構わないよ。俺も『六花』って呼ばせても――」
六花は、少し高揚した頬を両手で押さえながら、悶えていた。
「りっか……りっか……りっか……名前をちゃんと呼んでくれる者が……身内以外にいるなんて……」
自分の世界にトリップしている六花に呆気にとられ、俺はクォートに視線を送る。
俺の視線に気づいた彼は、肩を竦めて苦笑する。
関係ないけど、ただそれだけで絵になるクォートは、やっぱりズルいと俺は思う。
俺たちの視線に気づいた六花は顔を明らめたまま咳払いを一つして、仕切り直す。
「某は武芸者として、この国に滞在しているわけではないが、武芸大会での凛太郎の動きに感興を覚えた。是非とも某と手合せをしてもらえないだろうか」
「俺と? いやいやいや、無理だよ。武芸大会で六花の戦ってる姿を観たけど、俺だと実力不足で相手にならないよ。あ、クォートなら六花の相手が出来るんじゃない。武芸大会も指揮ばかりで消化不良じゃない?」
六花の戦う姿を思い出し、俺は慌てて矛先をクォートに向ける。
彼は腕を組み、少し考えるような顔をする。
俺がクォートを眺めていると、ムッとした表情のリズが一歩前に出てきた。
「リンタロー様、軽率な発言はお止めくださいです。クォート様は色々と謂れがあるお方です。気軽に戦う姿をお見せ――」
「リズ、そこまでだ。リンタローの言う通り、消化不良なのは事実だ。我輩自身、扶桑の武術に興味がある。手合せはやぶさかではない」
「本当か! 貴殿は近衛隊の副団長、クォート=リリーシェルか! 一つのことに集中すると視野が狭くなりがちで、失礼なことをした」
六花は声をあげると、クォートに向き直り、勢いよく頭を下げる。バサリと束ねた髪が宙を舞う。
九十度の角度で頭を下げる六花が、ツボに入ったのか、クォートはお腹を抱えて笑い始める。
「ハッハッハ、頭をあげてくれ。学園では我輩もただの一学生だ。肩書きなど気にしなくてよい。我輩のことはクォートと呼ぶといい。我輩もリッカと呼ばせてはもらう」
「無作法に寛大な言葉。まことに、かたじけない」
顔を上げる六花を、頬を膨らませたリズが不満そうに睨んでいた。
クォートはリズを手でなだめながら、一頻り笑うとニヤリと笑う。
「扶桑の武芸者と手合せをするのは異文化交流だな。実に学生らしくて良いな!」
自信満々で言葉を口にしたクォート。それを見て純粋に嬉しそうな六花。
俺は、「やれやれ」という感じで、ため息をつきながら、クォートを見つめるリズが、妙に気になってしまうのだった。




