64.つかの間の平和なティータイム?
「息災か、リンタロー。会えて嬉しいぞ!」
ルドルフ研究室に響き渡るクォートの声。
錬金術で完全防音しているルドルフ研究室ではなかったなら、確実に上下左右の研究室から苦情がきてたと思う。
「大袈裟な……。まだ十日も経ってないよ」
「ハッハッハ、王宮で煩わしい仕事を任されると一日一日が長くてな!」
先程より少し声に元気のないクォート。
それだけで、煩わしい仕事が気疲れしているようだった。
俺はソファーに座り直しながら、改めて部屋を見渡す。
はじめの頃は、足の踏み場もないような状況だったのに、今は整理整頓が行き届き、ほんのり花の香りが漂っている。
気のせいか、どんどん部屋が綺麗になっている気がするんだよな。壁とかあんなに真っ白じゃなかったはずだよな。
コトッ、とテーブルに置かれるティーカップ。湯気がゆらゆらとのぼり、爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
「今日は、市場でたまたま手に入った扶桑のお茶をご用意しました。お茶請けも扶桑のお菓子、トウカンというものがありましたので、買ってみました」
ニッコリと微笑むと、リズは一礼して下がる。
「ほう、アキツシマ師に振る舞っていただいた茶だな。ふむ、トウカンとは煉瓦のようだな」
お茶請けのトウカンが乗った皿を手に取り、しげしげと観察するクォート。
俺は、出されたトウカンを凝視してしまう。
回りは白っぽく固くなっていて、中は濃い鳶色でシットリしている。
それは元の世界で見慣れていた和菓子、羊羮にしか見えない。
思わぬ再会に、俺は得たいのしれない感動を覚えてしまう。
「ん? どうしたのだ、リンタロー。顔が強ばっているぞ」
「い、いや、このトウカンが、俺の知っているお菓子に似ていたから、ちょっとね」
「ほう、リンタローは、扶桑に言ったことは無いのだろう。扶桑の菓子を入手するルートがあったのか?」
若干、クォートの視線が鋭くなった気がした。
俺は大陸の辺境生まれで、先祖に扶桑の民がいるだけ、という設定だ。扶桑と交易が出来るルートを持っているとかなると、目を付けられることになりそうだ。
俺は慌てて弁解する。
「いやいや、俺は作れないけど、手作りのお菓子を食べたことがあるだけだよ。勿論、扶桑とやり取りできる方法なんて、俺は持ってないよ」
「ふむ、そうか……。まあ、よい。さて、リズが用意してくれた茶と菓子を楽しむか」
一瞬、何かを考えるような素振りを見せたクォートだったが、すぐに笑顔に戻り、ティーカップに手を伸ばす。
俺はケーキフォークに手に取り、トウカンを突っつく。
周囲の白い固い部分――砂糖の結晶――で、中は粘土のような感触。色味が若干違うが、俺の記憶にある羊羮と一致する。
ケーキフォークで、トウカンを一口サイズに切り分けて、口の中に放り込む。
シャリシャリという食感と、シットリとした食感。小豆――異世界なので、たぶん名前は違うと思う――の風味と一緒に甘さが口一杯に広がる。
懐かしい味に、郷愁な気分が顔をもたげてくる。俺は口の中の甘さと一緒に、それを飲み込む。
「ふぅー、美味しい。リズさん、トウカンって、まだ市場で手に入ります? シノさんにも食べさせてあげたいんですけど」
「リズが見かけたときには、まだ数がありましたが、異国の菓子は人気です。もう売り切れていると思います。クォート様、リズが買ってきたトウカンをリンタロー様にお譲りしてもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ。リンタローに恩に着せるつもりはないが、アキツシマ師の機嫌が良くなれば、僥倖だ」
「では、リンタロー様がお帰りになるときに、お渡しできるように準備いたします。リンタロー様、お帰りの際はリズにお声がけください」
リズがペコリと一礼する。
無事にトウカン――羊羮を入手することが出来そうで、俺は思わず頬が弛んでしまう。
なんだかんだで、シノさんは甘いものが好きだし、絶対に喜んでくれるはず。
「クォート、リズさん、ありがとう。絶対、シノさんも喜ぶと思うよ。ちゃんとクォートから貰ったって伝えておくよ」
「うむ、頼んだぞ、リンタロー。もうひと悶着ありそうだからな。その時、アキツシマ師に協力していただければ、安心だからな」
「ひと悶着って、かなりイヤな響きがあるんだけど……」
俺の言葉に、クォートは苦笑いしながら、お茶を一口飲む。
心底面倒くさそうな雰囲気を漂わせながら、彼はため息をつく。
「武芸大会で、目立った動きをした輩は処理できたのだがな。やはり一番腐った連中は手強くてな」
「えー、あれで全部終わったんじゃないのか……」
「狙っている大物には、まだ届いてないな。動いていた取り巻きを、だいぶ減らしたので、あと少しといったところだな」
「逆ギレとかされない?」
「ハッハッハ、それなら好都合だ」
俺の言葉に、クォートは獰猛な笑みを浮かべる。自分に向けられた笑みではないが、背筋がゾクリとしてしまう。
「そ、そいえば、ラゼルは、どうなったの?」
「謹慎だな。もう少しで大々的に暴れてくれれば、処理しやすかったんだがな」
「勝手に武芸大会のルール変更すれば、十分にだと思うんだけどな……」
「ハッハッハ。リンタローは随分と大袈裟だな。自分に有利なルールに変更させるのは、貴族としての嗜みのようなものだからな」
武芸大会の私物化みたいなことをしても、嗜みで片付けられるなんて、貴族社会って怖いな。
武芸大会の後について、クォートと話していると、リズがトトトッと近づいてきた。
そして、豊かな双丘の間に、無造作に手を突っ込むと、懐中電灯を取り出す。
ぽよん、と揺れるリズの双丘に、俺とクォートは思わず、視線を会わせてしまう。
「クォート様、リンタロー様、そろそろ次の講義に向かうお時間です。講義は魔術実習です」
「うむ、我輩はパスだ!」
「ダメです。クォート様が参加が出来る講義をサボらないよう見張るように、リズは言い付かっておりますから」
リズの言葉に、クォートにしては珍しく苦虫を噛み潰したよう顔をする。
俺が首を傾げていると、リズが理由を教えてくれる。
「クォート様は、完全物理攻撃特化なのです。そのため、魔術の制禦が大の苦手なのです。ぶっちゃけ、リリーシェル家史上、一番魔術が苦手と言っても過言でないくらいです」
「へ? マジで? クォートは何でもそつなくこなしそうなイメージがあったんだけど……」
俺が驚いた声をあげると、クォートはバツが悪そうに頭を掻く。
「我輩はリリーシェル家の歴史の中で、出来が悪い方だ。むしろ妹の方が優秀だ。リンタローもわかるだろう。我輩と違い、剣を振るうだけでなく、錬金術も扱えるのだからな」
とても誇らしげなクォート。
それだけなのに、彼がテトラを大切に思っているのか伝わってくる。
テトラは家を勘当されたと言っていたけれど、クォートのテトラに接する態度は、そうは見えない。
勘当とかされていたら、接近禁止とか会っても無視するとか、冷たい態度をとるのがお約束だと思うんだよな。
「クォート様。リズは、お喋りで誤魔化されません。諦めて、講義室へ向かいますよ」
「チッ、こういうときに融通の利かぬヤツはダメだと我輩は思うぞ」
「メイドは命令に忠実であれ、とリズは教わっているのです」
ニッコリと微笑んだまま、リズはクォートの腕を掴んで彼を引っ張っていく。「はぁー」と嫌そうなため息をつきながらも、リズの手を振り払わずにトボトボと歩くクォート。
俺は、微笑ましくも、どこか滑稽な光景に、口元を隠しながら後をついていくことにした。




