060.試合終了後
「ハッハッハ! うむ、良き連携であったぞ! リンタロー、ナリーサ嬢!」
「ありがとうございます! オッス!」
試合が終わって間もない控え室。
クォートが満足そうな顔で、労いの言葉をかけてくる。
ナリーサさんが、溌剌で滑舌良く返事をする姿に、まだまだ違和感を感じてしまう。
初めて会ったとき、いや、つい昨日までの彼女からは、想像が出来ない姿だからだ。
でも、妙にしっくりくる姿でもあるので、今のナリーサさんの姿の方が、本来の姿なのかもしれない。
「いやー、ナッちゃんの活躍っぷりには、おねーさんもビックリだよ。出店の店番を断って、参加しただけの価値があったよー」
「あ、アリシア先輩ッ!」
ナリーサさんに飛び付くアリシアさん。
ほんわかとした空気が漂うが、先程の試合に解せない俺は、クォートに改めて向き直る。
何かを察した彼は、口の端に微かな笑みを浮かべながら、俺を真っ直ぐに見る。
「不満そうだな、リンタロー」
「不満というか、納得いかない、かな。結局、ナリーサさんがラゼルをぶっ飛ばして、あっさり試合が終わったから」
「ハッハッハ! リンタロー、それは己を過小評価しておるのか? それとも目が節穴なのか?」
俺の言葉に、クォートは俺の肩を叩きながら笑い始める。
バシバシ、と音が響き渡る度に、俺は鋭い痛みに顔をしかめてしまう。
会話が噛み合っていないよな。
俺は少し苛立ちを覚え、眉根を寄せてしまう。
「お兄様、説明不足。あと、すぐ叩く癖、直して」
「おお、すまんすまん。気が昂るとついな」
クォートは、そう言って俺の肩を叩く手を止める。そして、咳払いをして、彼は襟を正す。
ただそれだけで、場の空気が切り替わる。
テスト中の教室に、似たような緊迫感があり、俺も反射的に背筋を伸ばしてしまう。
「まず、リンタローは大きな勘違いをしている。ラゼルは、こすっからい方法で、魔導具を持ち込んでいた。一般にまず出回らない魔導具で、なかなかに強力な魔導具だ」
「相手の発動した魔術を無効化す魔導具と、石礫――土魔術を発動する魔導具の二つだよね。ラゼルが魔術の達人と思えないし」
「その通りだ。一つは魔術を妨害する魔導具だ。指定した魔術に干渉して術式を乱し、無力化する。現品ではないため、効果範囲は競技台くらいだ。もう一つは、石礫や石槍――土魔術を発動させる魔導具だ。属性適正がなくとも魔力が一定以上あれば、発動することが出来る」
「お師様が作ったやつじゃないけど、国内の貴族の中では有名な魔導具」
クォートとテトラが、ラゼルの使っていた魔導具について説明をしてくれる。
それを聞いて、ますます疑念が深まる。
いくらシノさん謹製の魔導具とはいえ、俺の疑似魔術で、ラゼルの防御を無力化することが出来たと思えない。
「俺が出来たのは、目眩まし程度。試合を決めたのはナリーサさんで、俺は大して――」
「違います! ラゼル様に、私が一撃を叩き込めたのは、リンタローさんがいたからこそです! だから、だから、そんな言い方はしないでください!」
突然、大声でナリーサさんが俺の言葉を遮る。彼女は両手を握りしめ、うるんだ瞳で俺を見つめる。
何故か物凄い罪悪感が込み上げてくる。
「いや、ほら、だって、俺の魔術なんて、ラゼルの視界を塞い――」
「違います! 違うんです! リンタローさんの魔術は、魔導具の防御を無力化出来ていたんです!」
「ぐぬぬぬっ……」
俺の良心に、痛恨の一撃が叩き込まれ続け、俺は思わず唸ってしまう。
ナリーサさんのアースドラゴンも黙らせる一撃が、ラゼルの魔導具の防御障壁を破ったんじゃないのか?
「リンタロー、ちゃんと話を聞くこと。お兄様、ニヤつかずに、きちんと説明して」
何故か、冷たく鋭い目をしたテトラが、俺とナリーサさんの間に割って入ってくる。
そして、手で俺とナリーサさんを押しやって、距離を取らせる。
「くっくっく、なかなかどうして。パウルの愚直なところを、我輩は評価していたのだが、妹は全く興味な――ッ!」
――バチーン!
少し顔を顰めながら、クォートが、テトラの右正拳を受け止めていた。
俺とナリーサさんの間にいたはずのテトラが、クォートとの間合いを詰めて、彼の顔面に拳を打ち込んだ動作を、俺は全く捉えれなかった。
そんな凄まじく速い一撃に対応しているクォートは流石だ。
テトラに殴られても全然良かったのにな。
「妹よ、いきなりだな。痛いぞ」
「自業自得。リンタローの反応を面白がっているでしょ」
手をヒラヒラと振って冷やすクォートに向けて、テトラはシュッシュッと宙を拳で打って牽制する。
「ふむ、微笑ましく思ってはいたが、我輩はリンタローを挑発するつもりはない。そう捉えられてしまったのであれば、我輩の失態だな。謝罪する」
ペコリと頭を垂れるクォート。
その姿に、端で眺めていたナリーサさんが、衝撃を受けたようで、驚愕した表情でフリーズしていた。
貴族って簡単に謝らないイメージがあるよよな。テトラとクォートを見ていると、潔いところが貴族ぽくない気がする。
「リンタローが魔術を使えるのは、アキツシマ師謹製の魔導具のお陰と聞いている。魔導具で、魔術を再現する場合、起動した度に同じ事象が発生するように設定する。まあ、アキツシマ師が、そんなちゃちな魔導具をリンタローに渡しておらぬだろ」
「まあ、シノさんの作った魔導具だからね」
ちらりと左手首の忠義の腕輪――魔導具に視線を向ける。
人工精霊なんてものが宿る魔導具は、他に類がなさそうだし、超レアな魔導具のような気がする。
「魔導具を介していたとはいえ、リンタローの放った魔術は、中級以上だった。リンタローの放った魔術に、ラゼルの魔導具が反応した。あの手の魔導具は、複数同時に起動出来ない。つまり、その時点でナリーサ嬢を迎撃する手段を、ラゼルは失ったわけだ」
「そうです! リンタローさんの魔術に、魔導具が反応したお陰です! 下手な魔術では、魔導具が一瞬だけ反応して終わります。リンタローさんの魔術が凄かったから、魔導具が反応したままになったので、私はラゼル、様を思いっきりぶん殴れました!」
「そうそう、ソーマくんの魔術が凄かったから、ナっちゃんの一撃が決まったんだよ」
「そ、そうなんだ……」
ふん! ふん! と鼻息荒く声をかけてきたナリーサさん。
横にいたアリシアさんと俺は、彼女の興奮した様子に若干引いてしまう。
ごめん、ナリーサさん。
つまり、俺の魔術で魔導具が防御結界を展開。それが動作しっぱなしになったから、他の魔導具が使えなくて、ナリーサさんが一撃を叩き込んだということかな。
若干、モヤッとするものが残る。
俺の魔術じゃなくても同じような結果になったんじゃね? テトラが延々と斬撃を繰り出すとか。
「リンタローの魔術が強かったから、ラゼルの魔導具が反応した。私が剣で連続で斬りつけても、魔導具を反応したままにしておくことは出来ないから。だから、リンタローが勝利の立役者」
「あ、ありがとう」
俺の内心を見透かしたのか、テトラがフォローしてくれた。
彼女は柔らかな笑みを浮かべながら、ポンポンと俺の頭を優しく撫でてきた。
少し気恥ずかしさがあったが、心のモヤモヤがスッと晴れていくようだった。
「うむ、誤解は解けたようだな! そろそろ閉会式の時間だな! みな、準備を――」
「……お兄様、調子に乗りすぎ」
テトラが素早く正拳を打ち込むが、クォートは難なく避ける。
チッ、と舌打ちしたテトラが連続で拳を繰り出す。
委員会の生徒が俺たちを呼びに来るまで続いた光景。
緊張の糸が切れたためか、俺とアリシアさん、ナリーサさんは、ただただ笑って眺めていた。




