058.チーム戦・幕間劇
周囲から降り注ぐ歓声は、どこか遠くから響いてくるようだった。
目に見える光景もモニター越しのような感じで、現実味がない。
世界と隔離されたような感覚に、俺はただ呆然とするしかなかった。
――結果は上々?
不意に頭に響く声。
男なのか女なのか、よく分からない。
抑揚に欠けているが、幼い感じのする声だ。
(ああ、上々だよ。魔術が得意なヤツを魔術でぶっ飛ばしたからな)
――よかった。
感情は分からないが、どこかホッとしたような声。
俺もなんだが安堵してしまう。
一息いれて、俺は訊ねる。
(あなたは神様ですか?)
――アハハッ、神様?! 違うよ、違う。ワタシは、そんなスゴい存在じゃないよ。
鈴の音のような、無邪気な笑い声が、俺の脳裏にカラカラと響く。
(神様、じゃない……女神、様とか……)
――だから、違うよ、違う。ワタシは、母様に製造くられて、主に人格を与えられたよ。
笑い声を聞きながら、俺は眉を顰める。
そもそも会話を俺は誰としているんだ?
――主、気づいてなイの?
(何に?)
――ワタシ、人工精霊だよ。腕輪の。
その言葉に、俺は視線を左手首の腕輪に向ける。その瞬間、腕輪が煌めいた気がした。
――主のイメージを、ワタシが解析して、術式変換。マナと主の精神力を消費して、魔術を行使する。主のイメージが強いほど、想像が精巧なほど、強い魔術になるよ。
(キミが、疑似魔術を制御してくれているのか)
――そう!
嬉しそうな声。
腕輪に宿る人工精霊。元の世界でいうところのAIといったところだろうか。
でも、思念を読み取るような機械なんて、まだ存在してなかったはず。
さすが異世界ファンタジー、何でもありだな。
――何でもあり? いせかい?
(おっと、ただの独りご――ッ!)
反射的に答えながら、俺はあることに気づく。
元々、声には出していないが、会話するつもりのない独り言まで、読み取られている。
つまり、プライバシーやプライベートなどの概念など意味がない。個人情報垂れ流し祭だ。
シノさんから腕輪を渡されて今まで、俺はどんなことを考えた?
やましいことを一切考えなかった! なんて健全な青少年にはあり得ない。
込み上げる羞恥心に反応し、脂汗がダラダラと流れ始める。
――主、どうしたノ?
(あ、いや、その……)
――母上が、ワタシの中に「主が変な反応した場合に見せること」と設定した伝言があるよ。主、確認する?
俺は反射的に頷く。
気配――人工精霊が一呼吸いれると、聞きなれた女性の声――シノさんの声が脳裏に響く。
『この音声を凛太郎を耳にする頃、妾は傍におらぬかもしれんのじゃ。何故なら、人工精霊が自我を形成し、個として凛太郎に認識されるのは数十年、早くても十数年ほど時間を要するはずじゃからな。この音声が聞けているということは、凛太郎が少なくとも十年は生きておる証じゃろう。嬉しい限りじゃ』
そう告げて、笑うシノさんの声。
俺は微妙な顔になってしまう。
シノさんの想定よりも、だいぶ早く人工精霊が自我を形成してしまったのは、問題ないのだろうか? 俺が人工精霊の自我を形成させる才能があったのか、それともシノさんが予想できなかった不具合なのか。
『おっと、話が逸れたのじゃ。凛太郎の心配を解決するのじゃ。腕輪は活性時は人工精霊――主核、非活性時は副核が処理を行っておるのじゃ。つまり凛太郎が疑似魔術を行使していない場合は、副核が処理を行っておるので、凛太郎の私事について、人工精霊は認識せぬ。妾の慈悲で、その様な仕様にしておる。副核は自我が芽生えることはないので安心するのじゃ。ま、主核にも人格が形成された折に、私事を認識しないようにする機能はつけておるがの』
とても良い笑顔をしているシノさんの顔が、俺の脳裏に瞬時に浮かぶ。
俺が人工精霊に私生活のあれやこれやを覗かれた、と思って焦っていることを予想して、伝言を残してくれたのは、善意からだと信じとこう。
……信じておこう。
――主、もう一度、聞く?
(あ、大丈夫。十分、理解は出来た――)
その瞬間、ぐらりと視界が傾く。
――あ、しまった。母上が少しずつ慣らさないと、主の精神が耐えきれないって、言ってた。主、またね。
ブツン、と液晶モニタの電源が落ちたときの様な音。
同時に全身に響くような歓声が聞こえてくる。
遠ざかっていた感覚が急速に戻ってくる。
「リンタロー! 大丈夫!」
軽い衝撃。
それで、俺は倒れかけているところを、テトラに受け止められている事に気づく。
全身から脂汗が吹き出し、四肢に力が入らない。
現実に引き戻された反動とでも言うのだろうか。たぶん、さっきまでいたのは、人工精霊が造り出していた精神世界的な場所だったのだろう。
そして、精神世界を維持するために、俺の精神力的なものが消費されたのだろう。
「だ、大丈夫、大丈夫。少し、頑張りすぎただけ、だから……」
「顔面蒼白だよ。後方で休む? 強力な魔術を使うと反動があるって、よく言うよ」
「……戦いの、最中に……休むわけ、いかないよ」
俺は、ぐぐっ、と足に力を込め、体勢を整える。深呼吸をしながら、滲んでいた脂汗を服の袖で拭い取る。
心配そうに見つめてくるテトラから、俺は体を離す。
「さっさと、試合を終わらせ、よう」
俺は身構えながら、対峙するラゼルを睨むのだった。