057.チーム戦③
「どうした? ずいぶんと顔色が悪いぞ」
「観客の熱気にあてられて、ちょっと調子を崩してるだけさ」
自信に満ちた顔で、俺を見据えるパウル。
彼から迸る炎のような魔力。
肌にチリチリと灼ける様な痛みを感じながら、俺はパウルに笑い返す。
背中を伝う汗がやけに冷たく感じる。
学園でトップクラスの魔術師という肩書きが、自称であることを少し期待していたが、偽りのない肩書きのようだ。
貴族は面子を気にするみたいだし、自分の望む自称を、自分の取り巻きを使って広めたパターンだったら嬉しかったんだけど。
そもそもパウルが、そんな小細工をするやつじゃないか。
俺は努めて不敵に笑ってみせる。
「ほう、中々の面構えだな。<炎よ! 猛れ! 唸れ! 全てを焼き尽くせ――>」
パウルが杖を握る右腕を薙ぐ。
同時に熱風が吹き抜け、石畳から複数の火柱が噴き上げる。
それらはゆっくり――歩くより速い速度――と、波のように俺とテトラに迫る。
「芸がない、わね」
そう呟くとテトラは、俺と炎波の間に一瞬で移動する。
そして、剣を横に一閃。
炎波は上下に真っ二つに斬り裂かれる。
だが、炎波は新たに噴き上げる炎に、すぐに元に戻る。いや、前よりも勢いを増す。
「芸がない? 何を言っている。認識が古いぞ、テトラよ。常に情報を更新していないのは、怠慢だな」
「……くだらない」
前回とは違い、パウルは自信のありそうな態度を崩さない。
本番に強いタイプなのだろうか。
テトラが小さく舌打ちをすると、次の瞬間、彼女が手にしている剣が無数に閃く。
剣に斬り刻まれた炎波が、火の粉となって宙に融ける。
だが――
「面倒なことをしてくれるわね……」
「ハハハッ、賛辞をここでもらえるとは思わなんだ」
パウルの言葉に呼応する様に、炎波がすぐさま噴き上がる。
テトラは忌々しそうに炎波を睨めつけながら、バックステップで炎波と距離を取る。
彼女の動きを眺めながら、パウルが嬉しそうに笑う。
「かつての俺が行使していた魔術と同じと思うなよ。俺は、お前に勝つために、血の滲む鍛練を続けた。もうお前が解除出来る魔――」
「せいッ!」
バウルの台詞が終わる前に、テトラが剣を振るう。
斬撃が空を走り、炎波を真っ二つに斬り分ける。
「甘い、甘いぞ。物理攻撃なんぞ無駄だ」
パウルが勝ち誇ったような顔で、パチンと指を鳴らす。炎波が猛ると同時に一つに戻る。
テトラは舌打ちをしながら、炎波を睨みつける。
物理攻撃で無力化することが出来ない魔術。それほどまで、テトラはパウルの魔術を物理攻撃で無力化してきたのだろう。
そして、対テトラ魔術というと大袈裟かもしれないが、パウルはテトラに特化した対策を講じてきたのだろう。
ま、そもそも物理攻撃で、魔術を無力化することが、おかしいと思うけど。
「フハハハハハッ! ついに、ついに、俺はテトラに――」
興奮気味に声を荒らげながら喋るパウル。その声を頭の片隅に追いやりながら、俺は、静かに意識を左腕に填めた腕輪に向ける。
パウルの指示で、勢いを増しながら、俺たちに迫る炎波。
それを大気中の水分で、包むようなイメージをする。
そして、水分子の動きを止めて、全てを氷結させる様に強く意識する。
<氷よ、凍てつかせ――>
ごっそりと体の内側から何かが抜き取られるような疲労感。
俺は奥歯を噛み締め、たたらを踏みそうになる体を支える。俺の口から漏れる息が白く染まる。
迫ってきた炎波の先端も、同時に白く染め上がり、動きを止める。
「そんな小細工で、俺の魔術を止めることは出来ないぞ!」
再びパウルの魔力が迸る。
俺は、深く静かに息を吐きながら、彼を見据える。
白くなった炎波だったモノにヒビが入り、蒸気が漏れだす。
パウルは、魔力をつぎ込み、炎波を復活させるつもりなのだろう。
俺の中に、不思議と焦りは一片もなかった。
ゆっくりと左腕を持ち上げ、広げた左手を炎波だったモノにかざす。
<――悉く、氷華となりて散れ>
俺はギュッ、と左手を握りしめる。
次の瞬間、ガラスが割れるような音が響き渡り、炎波だったモノは砕け散って、宙に消える。
「凄、い……」
テトラの呟きが、やけに小さく聞こえる。
同時に周囲が遠ざかっていくような感覚。
肌に触れている空気の感触が鮮明化し、水中にいるように錯覚してしまう。
全方位から降り注いでいるはずも歓声も、どこか遠くで響いている。
時間がゆっくりと引き伸ばされていく。
視界に映る全てが遅くなっていく。
――次は?
頭の中で無機質な声が響いたような気がした。
無意識に口の端が持ち上がり、俺は驚愕を顔に貼り付けたパウルを見据える。
そして、イメージを練り上げる。
――風?
そう。
だけど、優しいそよ風とかじゃない。
強く、強く、吹き荒れる風。
全てを薙ぎ倒す荒々しい風。
次の瞬間、俺の前に風の柱が顕現していた。
――暴風?
それ。
でも、それだけじゃない。
風に絡みつくのは、赤々と燃える焔。
暴風が薙ぎ払い、焔が焼き尽くす。
風の柱が赤く染め上げられる。
「――! ――! ――!」
パウルが何か呻いている。
が、吹き荒れる暴風に掻き消されて聞き取れない。
――これでいいの?
もっと、もっと強く。
体の内側から吸い出されていく何か。
気持ち悪さに、吐き気が込み上げてくるが、無理やり嚥下して耐える。
朱い風の柱は、どんどん大きくなっていく。
パウルが再び魔術を行使する姿が見えた。
だが、俺には関係ない。
<風と火よ、敵を殲滅せよ!>
俺の声を引き金に、火炎旋風がパウルに向かって動き始めた。
パウルが再び魔術で、炎波を顕現させる。
先程より大きく、二階建ての建物でも簡単に覆い尽くしてしまいそうな炎波。
しかし、火炎旋風は、炎波を取り込み、勢いを増し、更に大きくなる。
パウルが次々と魔術を行使するが、悉く火炎旋風に飲み込まれていく。
――おしまい
パウルの姿は火炎旋風に消えるのだった。