057.チーム戦②
「……ハハハ」
俺の口から、自然とこぼれてきた乾いた笑い声。
初戦のポイント戦――再現魔術で投影された魔物とパーティー戦に、意気込んで挑んでいたはずの俺。
なんとか視線だけ動かして、横を見ると、テトラが目を見開いたまま放心していた。
クォートは貴賓席を気にしているのか、笑うのを必死に耐えているようだった。
「うむ、祭りの熱気というものは、実に良いものじゃな。更に視線を集めているという状況は、生に潤いを与えてくれるのぅ」
目の前の人影――いつものローブを身に付け、フードで顔を隠したシノさんが立っていた。
腰に手をあてながら、シノさんが胸を張る張ると、観客席(主に男性)がざわめく。彼女のローブで隠しきれない、豊満な双丘が自己主張したからだ。
いつもなら、俺も少し反射的に反応してしまうところだけど、今はそんな精神的な余裕はない。
俺がフリーズしていると、少し後ろに立っていたアリシアさんが、軽い足取りで前に出る。
「おおー、シノ様。こんにちはー。妙なところで会いましたねー」
「うむ。本当に妙な場所よな。下手すれば、二度と会うことはない場所じゃからな」
「学園のアリーナの競技台ってのが、激レアですからねー」
街中で相手を見かけて挨拶をするような感じのシノさんとアリシアさん。
俺では到底真似できない、二人の平然とした姿。俺か更に衝撃を受けていると、トトトッとナリーサさんがアリシアさんの横に移動してくる。
「アリシア先輩ッ! し、シノ様って、シノ=アキツシマ様ですか! あ、あの破壊――い、いえ、高名な錬金術師様の……」
興奮気味で、目を輝かせているナリーサさん。驚いてはいても、緊張はしてないような気がしてくる。
実はナリーサさんって本番に強いタイプではなかろうか。
「し、シノさん。俺たちは、今から再現魔術で造り出される魔物と戦う予定なんですけど……」
「うむ、知っておるぞ」
シノさんからは、楽しそうな雰囲気が漂ってくる。
一筋縄ではいかない何かが起こるであろう、と俺の直感が告げている。
ようやくフリーズが解除されたテトラが、慌ててシノさんに駆け寄りかけたが、なんとか思いとどまる。
「お、お、お師様、どうしてこのような場所へ?」
「うむ。ルドルフが珍しく、妾に頼みごとがあると申してきた故、ここまで足を運んだのじゃ。ま、凛太郎の戦う姿を見ておきたかったので、ついでじゃ」
「学園長からの依頼、ですか?」
ついさっきまで狼狽していたテトラだったが、さも胡散臭いものを見るような態度に切り替わる。
あ、テトラもきっとシノさんが良からぬことを始めると想像したな。
シノさんは、俺たちを見渡してから、口を開く。
「汝らの班は、総合戦闘力とやらが高いそうじゃ。さすが妾の弟子と凛太郎が属しておるだけあるのじゃ」
「ハッハッハ、アキツシマ師にお褒めの言葉を戴けるとは至極恐悦の極みだ!」
「悪ガキよ、己のせいで、ややこしい事態が起きておる自覚はあるのかえ?」
「アキツシマ師ともあろうお方が愚問を! 勿論、ないに決まっている!」
キッパリと言いきるクォートに、シノさんは大袈裟な仕草でため息をつながら、肩を竦めてみせる。
テトラが物凄くツッコミをいれたそうな顔をしていたが、あえてスルーする。
「ま、悪ガキに期待した妾が、愚かだったのじゃ。汝らの相手が務まる魔物を、学園の教師で準備することが難しいと、ルドルフが判断したようじゃ。そこで、妾に連絡があって――」
シノさんは、ローブの袖に手をつっこむと、ゴソゴソと何かを探し始める。
時間にして十数秒。
シノさんは袖の中から、鶏の卵みたいなものを取り出す。
俺は、目を細めて卵を確認する。
大きさは鶏の卵と大差ない。でも、殻の色が鮮やかな黄色で、黒と赤のブチ柄になっている。
魔物のタマゴなのかな。でも、タマゴから孵化した直後の魔物と戦うのは、気分的に嫌なんだけど。
「これは、妾が再現魔術を研究して錬成した『即席魔獣のタマゴ』じゃ。製法については、だいぶ昔にギルドに提出しておるが、色々と手間がかかる一品で、流行らず忘れ去られた魔導具じゃ」
「そ、それは、冒険者が最後の切り札として、持っておきたい伝説級の魔導具の一つ!
まさか、このような場所で拝見することになるなんて……」
「あ、うちのバカ親父が、むかーし話してたことある。時間制限はあるけれど、魔物使いじゃなくても、強力な魔獣を使役させることが出来るって」
シノさんが眼前な掲げたタマゴを驚愕した表情で見つめるナリーサと、興味津々なアリシアさん。
なるほど、再現魔術を付与した魔導具なのか。ドラゴンとか強い魔物を呼び出すことが出来れば、瞬間的にパーティーの火力を上げれるし、撤退するときに殿を任せられそう。
使いどころを間違えなければ、かなり強力な魔導具じゃないか。
ちらり、とテトラの様子を伺うと、ピンときてないのか首を傾げていた。
「この魔導具は、錬成の難易度はさることながら、再現したい魔物の体組織が一定量、必要になる。それなりに強い魔物を再現しょうとすれば、それなりの金子が必要になるわけじゃが――」
シノさんが愉しそうに顔を歪ませる。
俺の本能が告げている。あの顔は、絶対良からぬことを考えているときの顔だと。
「ルドルフのやつが、自腹で全て用意すると言いおったからな。期待されておるの。妾も祭りに丁度良い魔物を考えてやったのじゃ」
「お、お師様、丁度良いというのは?」
「慌てるでない、慌てるでない。妾の選択に誤りはないので、期待するがよいのじゃ」
シノさんはドヤ顔でそう告げると、手にしていたタマゴ――魔導具を足元にソッと置く。
彼女は軽い足取りで、後ろに下がると競技台から飛び降りる。
一度、咳払いをして、喉の調子を整えると、魔導具に向かって右手を翳す。
『目覚めよ、愛しき我が子よ』
次の瞬間、魔導具から圧倒的な威圧感が放たれる。
肌にピリッとした殺気が伝わってくる。
俺は気づけば唾を飲み込み、手のひらには汗が滲んでいた。
「フハハッ、随分と愉しげな気配だな!」
「……お兄様、ちゃんと状況を踏まえて発言してください。リリーシェル家の魔物討伐ではないんですよ」
笑うクォートをテトラが諌める。
いやいやいや、のんきな会話する状況じゃないから。この前の魔狼に比べれば、まだマシと思うけど。
「ほほー、なかなか濃い魔力が漂ってきてるねー。おねーさん、少し緊張しちゃうなー」
「す、凄いプレッシャーを感じます……。相手はゴブリン以上だと思いますけど、オーガあたりでしょうか……」
アリシアさんもナリーサも、魔導具から漂う尋常ではない気配に、どこか余裕を感じられる感想をこぼしていた。
本気でヤバいと思っているのは俺だけなのか? 俺の感覚がおかしいのか?
俺が両手で頭を抱えて項垂れようとした瞬間、魔導具が爆発するようにして割れる。
圧倒的な何かが魔導具から溢れだし、暴風が吹き荒れる。
暴風は徐々に集まり、一つのカタチを造っていく。
「恐……竜……?」
俺は思わず呟いた。
半径三十メートルの円形競技台の四分の一ほどを占める塊。
それは恐竜――ステゴサウルスのような姿をしていた。
ただ草食とされていたステゴサウルスと比べると、鋭い牙と爪が目立ち、全体的に攻撃的なフォルムをしている。
「アースドラゴンか! 程よく強く、程よく派手! なかなか良いチョイスではないか!」
「騒ぐな、悪ガキ。期待どおりの結果をみせるのじゃぞ」
「ハッハッハ、ご安心を。この程度、我輩が手を出さずに観客がスタンディングオベーションしてしまうこと間違いなしだ」
クォートの言葉を、シノさんは鼻で笑う。
彼女は軽い足取りで、フロアから出ていく。出入り口で足を止めると、シノさんは俺に視線を送る。
――凛太郎、期待しておるぞ。
そう、シノさんが口にしたような気がした。
シノさんがパチン! と指を鳴らす。
『Gyaooooo!』
ステゴサウルス――アースドラゴンが吼える。
「妹、前衛につけ! アリシア嬢はナリーサ嬢のサポート! リンタロー、ナリーサ嬢は前衛のサポートとアースドラゴンに攻撃! 少しずつで構わんのでダメージを与えていけ!」
クォートの鋭い声。
俺たちは瞬時に戦闘態勢に移る。
ゴチャゴチャと考えるのは、アースドラゴンを倒してからだ。
クォートは動き出した俺たちを、一番奥の位置から眺めて満足そうな顔をしている。
もしもの事がない限り、クォートは指揮に徹すると事前に打ち合わせている。
ドラゴン系の魔物って、超強力な魔物だと思うんだけど、クォートにとってはもしもの事には当たらないらしい。
畜生。これだから規格外のやつは……。
「リンタロー、一度、突貫する! サポートを!」
「おう! 任せとけ!」
テトラの声に俺は応じる。
さてさて、アースドラゴンには、何が有効なのだろうか。
俺は深呼吸して、気を静める。すぐにでも疑似魔術を発動することが出来るように、左手首の魔導具――忠義の腕輪に意識を向けるのだった。