057.チーム戦
「ふむ、なかなか良い感じで、観客は温まっておるではないか」
競技台に続く通路を抜け、周囲を見渡したクォートは、楽しそうに話す。
周囲から飛んでくる呼び掛けに、彼は笑顔で手を振って応じる。
「……邪魔。さっさと先に進んで」
「妹よ、場に合わせた立ち振舞いというものが――」
「いいから、ちゃっちゃと歩いて」
カイトシールドで、クォートをぐいぐい押して行くテトラ。クォートは苦笑い(でも嬉しそう)で、先に進む。
「――っを!」
通路を抜けた瞬間、全方向から降り注ぐ歓声。
物理的な圧迫感を肌に感じてしまうほどの歓声に、俺は思わす後ずさってしまう。
「お、ソーマくん、場馴れしてないムーヴしてるね。こんな時は平常心で笑顔、笑顔だよ」
ポンポンと俺の肩を叩きながら、先に進むアリシアさん。その動きに淀みはなく、全く緊張している様に見えない。
「オス! ですわ! リンタローさん!」
ガコン! ガコン! と手甲をつけた拳を、胸の前で打ち付けながら、俺の脇をすり抜けていくナリーサさん。
鼻息も荒く、興奮しているのが傍目からも分かるのだが、緊張している様には見えない。
そもそもキャラが変わっている気がするのだけど、俺の気のせいかな。
それよりも、ヤバイ。もしかして、緊張しているのは俺だけでは。
「リンタロー! 早く、おいでよ!」
「あ、ああ、わかった!」
小首を傾げながら、俺を呼ぶテトラ。
俺は一瞬、躊躇しながら、テトラたちのそばに駆け寄る。
入り口の数倍、歓声がビリビリと肌を叩く。
冷や汗が背中をタラタラと伝って、落ちていくのを感じる。
「リンタロー、大丈夫? 表情が固いよ」
「ああ、なんとか……」
ぎこちない笑顔になっていることは理解しているけれど、俺は精一杯の強がりを込めてテトラに返事する。
緊張に足がプルプル震えているのは見逃して欲しい。
競技台の反対側で、ラゼルがニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、俺たちを眺めていた。
ラゼルのチームは、学生だけならばトップクラスの戦闘力があると思う。
前衛の三名は、連携こそ拙いが個々の動きは悪くなかったし、後衛のために時間を稼ぐ役目は十分にこなしていた。
でも、テトラとクォートの相手が出きる程の腕前とは到底思えない。
ラゼルの余裕は、どこから出てきているのだろう。
「メンバーはこれで全員ですか?」
「ああ、そうだ。無論、申込書に書いている者以外はいない。本人確認をしても構わんぞ」
駆け寄って、声をかけてきた男子生徒に、クォートが応じる。
男子生徒は、手にしたクリップボードと俺たちの方を何度か見比べると、少し遅れて近づいてきていた女子生徒が、自分の隣に立ったことを確認してから、口を開く。
「事前に代表の方には説明させていただきましたが、この場で改めてお話しします。メンバーに実力差がありすぎると、フェアな試合が成立しない。観戦が楽しめない。など、匿名のご意見がありました。そこで、運営委員会はハンデイキャップを設けて、チームの戦力を調整することを決定しました」
「……チーム戦で、個々人の実力が揃わないのは当たり前。何を今さら言っているの?」
「そうですわね。テトラさんのいう通りだと、私も思いますわ」
テトラは「頭、大丈夫?」みたいな顔で、男子生徒を睨んでいる。ナリーサさんも訝しげながら、テトラの意見に賛同する。
普通に考えて、チーム戦のメンバーについて、規定なんて書いてなかった(テトラが読んでくれた)し、今さら言い出されてもって感がする。
テトラとナリーサさんの圧に、男子生徒は少し後ずさる。
「ハッハッハ。決定に逆らっても仕方あるまい。先に責務を全うさせてやらねばなるまい。ほれ、さっさと話してしまうがよい」
「は、はい。実力差が著しいメンバーについて、動きを阻害する魔導具を装着していただくことになります。対象者はクォート様、テトラさん、ナリーサさんの三名です」
「ちょ、ちょっと待ってください。メンバーの半数以上とか、おかしいでしょ」
反射的に俺は抗議する。
テトラとクォートの二人は仕方ないと思うけど、ナリーサさんまで対象にするのは、やりすぎだろ。
横目でラゼルの様子を確認すると、ニヤニヤとぶん殴りたくなる笑みを浮かべていた。
「我輩は一向に構わん! 元々、我輩は数合わせだからな。魔導具については、それぞれ装着者に合わせて、効果を調整すると聞いているが間違いないか?」
「はい、間違いありません。クォート様は、申し訳ありませんが、最大出力の魔導具を装備していただきます。残りの二人は、クォート様の二割程度の出力に設定しています」
「……それは信用できるの?」
「が、学園長が自ら調律を行ってくださいました。多少の誤差はありますが、調律は完璧です」
無表情で訊ねたテトラに、男子生徒は気圧され、顔に脂汗を滲ませながら言葉を返す。
「さておき、時間にも限りがあるであろう。さっさと準備を済ませるがよい」
「は、はい。失礼します」
クォートの言葉に男子生徒と女子生徒が魔導具――紫色の宝石が付いたブレスレットをクォート、テトラ、ナリーサさんに着けていく。
男子生徒が何やら呟くと、魔導具が一瞬だけ光ったように見えた。
「どう、でしょうか?」
「ふむ……」
少し不安そうな男子生徒。
クォートは、手を開閉したり、掘進したりして、体の動きを確かめる。
同じように、テトラとナリーサさんも体の調子を確かめる。
「……魔導具って、ふざけ――」
「ハッハッハ。なるほど、なるほど。確かに体を動かそうとすると、反発する様に負荷がかかって動きを阻害してくる。なかなか面白いな」
テトラの言葉を、クォートが露骨に遮る。
テトラが少し頬を膨らませて、クォートを睨んでいた。
可愛い。
ナリーサさんも、何か言いたいことがあるような顔をしている。
魔導具の効果に不審な点でもあるのだろうか?
学園長が関わっているなら、変な細工とかされていないと思うのだけどな。
アリシアさんだけは「ああ、なるほど」いう顔をしていた。
全く理解できていない俺に、もう少し優しい対応をしてくれてもいいのに。
「お兄様、ほどほどにしてください」
「妹よ、なんのことだ?」
呆れ顔のテトラに、ニヤニヤと愉しそうなクォート。
クォートの想定通りに事が進んでいるようだ、俺には全くわからないけど。
「おい、審判! そろそろ試合を始めろ!」
ラゼルが勝ち誇ったような顔で、声を張り上げる。
反射的にヤツの顔をぶん殴りたくなる衝動に駆られてしまう。
「ハッハッハ、そうだな。さっさと試合を始めようではないか」
クォートに促されて、俺たちは競技台に上がる。
反対側に並ぶメンバーを俺は確認する。
視界に入れるだけで、ストレスを感じるラゼル。気合い充分という感じのパウル。前衛三名は若干恐縮気味。
さて、どう攻めるべきか。
「クォート、作戦を変える必要は?」
「ハッハッハ! 変える必要がどこにあるのだ! テトラとナリーサ嬢でぶちかまして、あとはリンタローとアリシア嬢でフォローするだけだ」
自信満々のクォート。
彼の姿に妙な安心感を俺は覚えた。
深呼吸してから、俺は試合開始の合図を静かに待つことにした。