056.個人戦②
――いい加減に! くたばらんかぁぁぁ!
怒号と共に、ゴルゴンがリカに詰め寄る。
デタラメな軌道で振り回される戦棍は、暴風の様な風切り音を響かせている。
リカはカタナを斜め下に構えたまま、襲ってくる戦棍をステップだけで回避していく。
「やっぱり、カタナで戦棍の相手って厳しい?」
「そうね。カタナは斬ることに特化しているから、鈍器の攻撃を受けることは得意じゃない。でも、技量の差や武器の差があれば、出来ないことはないけれど――」
テトラはチラリ、と視線を競技台カタナと戦棍に向ける。
共に、運営委員会から支給された武器なので、等級的には同じくらいに違いない。
「無理ね。武器は戦棍の方に分があると思うわ。下手に受け止めれば、カタナは曲がるでしょうね」
俺の予想通りか。
もし、ドルガゥンさんが作ったカタナなら、戦棍を受け止めても曲がらず、逆に戦棍をスパッと斬り裂けそうな気がする。
ゴルゴンが戦棍を振り回し、リカはカタナの間合いに近づくことが出来ない。
何度か踏み込もうとしているが、戦棍に阻まれ、イライラしているのが窺える。
「この試合、ゴルゴンの勝ちで終わり?」
「んー、二人の実力差が、それほどなければ、リンタローの言う通りになるのだけれど……」
テトラは、戦棍を躱し続けるリカを、鋭い視線で見据える。
彼女の口の端に、うっすらと好戦的な笑みが浮かぶ。
それだけで、リカがそれなりの実力者だということが分かる。
テトラって、本人が思っている以上に戦闘狂だよな。
俺がテトラの様子に苦笑していると、ゴルゴンからリカが距離をとる。
スゥーと息を吸い込みながら、流れる様な動きで、カタナを上段に構える。
――疾!
鋭い声と共に、リカがカタナを振り下ろす。
その動きを視認することが難しいほど、高速に振るわれたカタナは、ゴルゴンに刃先すら届くはずはなかったが――
――ぬうっ!
ゴルゴンの困惑した声。
同時に戦棍が鈍い音をたてて、弾かれる様な動きをみせる。
「やるね。斬撃を飛ばすなんて」
「斬撃飛ばし! スキルぽい! ファンタジーだ!」
テトラの言葉に、俺は反射的に声をあげてしまう。
若干、テトラの視線が冷たい気がするが、俺は気にしない。
異世界に転移して、魔法、いや魔術は体験したけれど、スキルぽいものは見たことがなかった。
斬撃が飛んでいくとか、厨二病心が歓喜している。
男の子なら、斬撃を飛ばすのは浪漫でしかない。
「斬撃を飛ばすのって、俺にも出来る?」
「んー、無理かな」
「な、なんで! 魔術じゃないでしょ。闘気的なやつじゃないの?」
食い込み気味でテトラに訊ねると、彼女は体を少し俺から離す。
テトラは半眼になっており、俺を見つめる視線は、さらに冷たさを増していた。
「……リンタロー、少し落ち着きなさい」
「俺は、十分落ち着いているよ」
「はぁー、全然落ち着いてないから。リンタローの希望を打ち砕くかもしれないけれど、ああいう攻撃も、魔術の一種よ」
「へ? と言うことは……」
「魔力がなければ、発動するとは出来ないわよ」
「――ッ! そんな……」
ぐぬぬっ、斬撃を飛ばすのも魔力が必要とか、想定外だよ。
ゲームとかで、スキル系は魔力と別が多いのに。
ものによっては、魔法もスキルもTPとか共通の値を消費するやつはあるけれど、解せない。
俺は、ガックリと肩を落としながら、競技台へ視線を戻す。
ふわり、と頭の上に柔らかな感触。
テトラが呆れた顔をしながら、俺の頭を撫でていた。
ちょっと恥ずかしいけれど、妙に心地よい。
「さっきの斬撃飛ばしみたいなヤツは、触媒や動作を魔術の発動条件にしているわ。ただ、普通に魔術を行使するより、難易度が高いことが多いの」
「……そうなの?」
「ええ。魔術回路の作りとか魔術式が独特というか、普通に魔術が行使できない連中が作り出したもの――動くわよ」
リカの斬撃に警戒していたゴルゴンが、咆哮しながら突撃していく。
ドスドス、と足音が聞こえてそうな動きでゴルゴンがリカに近づいていく。
それまで摺り足でゴルゴンの様子を窺っていたリカも移動を止めると――
――疾! 疾! 疾!
リカが連続でカタナを振るう。
無数の斬撃がゴルゴンに向かって飛んでいく。
ゴルゴンはガムシャラに戦棍を振り回して、飛んでくる斬撃を弾いていく。
普通なら斬撃を弾いた衝撃で体勢を崩しそうなのに、ゴルゴンは膂力で衝撃をねじ伏せていく。
――潰れろぉぉぉ!
――チッ
肉薄したゴルゴンが両手の戦棍を、リカに向かって大きく振り下ろす。
彼女は戦棍を体を捻りながら回避すると、そのままカタナを振り下ろす。
――爆音
耳をつんざく音が会場いっぱいに広がる。
同時にゴルゴンとリカが、それぞれ反対方向に飛んでいく。
そのまま競技台から二人とも落ちて、ゴロゴロと転がって壁に当たって止まる。
一瞬の静寂のあと、観客が声をあげる。
『おぉーっと、これはダブル場外だぁぁぁ! 勝者なし! これは――』
解説の男子生徒がうるさく捲し立てる。
俺は耳を手で押さえながら、テトラに声をかける。
「て、テトラ、何が起こったか見えた?」
「んー、自信はないけれど……。リカが一瞬でゴルゴンの四肢を砕いた。あ、カタナは刃ではなく、峰を使ったようね。そして、小型の爆弾をドーン」
テトラが手をグーからパーに変えてみせる。
ゴルゴンの四肢を砕いたって部分に、俺は背筋がゾッとしてしまう。
でも、勝確になったのに、なんで爆弾を持ち出したんだろう。
全く動く気配のないゴルゴンに対して、リカはすぐ立ち上がる。彼女は衣服の汚れを手で叩いて落とし、競技台に一礼するとさっさと退場する。
慌てて出てきた生徒が、ぐったりとしたままのゴルゴンを、担架に乗せて運んでいく。
「アイツ、ヤバイかもね。私が思っているより、ダメージが深刻そう」
爆風で吹き飛ばされたダメージで、ゴルゴンは気を失っていると思ったけれど、どうも違うらしい。
テトラが見落とした一手があった可能性が高いらしい。
そうなってくると、リカは侮れない実力者ということになりそうだな。
「因果応報。不正しなければ、もう少し穏便に終わったかもね。リンタロー、控え室に行こう」
「あ、うん」
腑に落ちない部分を残しながら、俺はテトラとチーム戦の控え室に向かった。
歓声はしばらく収まることはなかった。