056.個人戦
『長らくお待たせしました! 武芸大会、準決勝を始めます!』
魔導具で、アリーナ中に響き渡る実況担当の男子生徒の声。
そして、それに負けない大歓声が起こる。
ビリビリと空気が震え、俺は思わず両手で耳を塞ぐ。
「て、テトラは、この大歓声が気にならないの?」
「あ、そうか」
俺の言葉にハッとした様子のテトラ。
彼女は、ガサゴソと制服のポケットを探ると、小指の先にくらいの円錐状の物体を二つ取り出す。
半透明で色が常に変化している怪しい物体は、形とサイズと話の流れから耳栓の様な気がする。
「お師様謹製の音量制限耳栓。一定以上の大きな音を制限してくれる魔導具よ。これを両耳に詰めれば、周りの歓声も静かなものよ」
「へぇー、シノさんの魔導具にしては、地味な感じだね。俺が使ってもいいの?」
「それは同意ね。お師様の作る魔導具は使いどころが限定されるものが多いから。お師様から、リンタローの分って貰ってきたから、遠慮せずに使って」
俺はテトラの手のひらに、ちょこんと乗っている魔導具――耳栓を摘み上げる。
柔くも固くもなく、冷たくも温かくもない、不思議な触感。
眼前まで持ち上げて、俺はマジマジと耳栓を観察する。
目まぐるしく色が変化している以外は、ただの耳栓に見える。
あ、もしかして、周囲の音に反応して色が変化しているのか。
よくよく観察してみると歓声の大きさの変化にあわせて、耳栓の色が変化しているように見えた。
科学技術で、耳栓サイズに消音機械って作れるのかな。Bluetoothイヤフォンも高性能になってきたけれど、音を出すと消すでは全然難易度が違うよな。
ファンタジー技術の凄さに感心しつつ、俺は何気なく耳栓を装着する。
「――ッ!」
頭の中を色々な声が埋めつくし、思考が飽和状態になる。
反射的に耳栓を引き抜こうとするが、まともに体が動かせない。
「どうしたの、リンタロー!」
「た、助かったよ、テトラ……」
俺の異変に気づいたテトラが、耳栓を慌てて引っこ抜いてくれた。
額に滲んだ脂汗を拭いながら、俺はテトラが摘まんでいる耳栓を睨む。
「耳栓は、物凄い魔導具だけど、安全性とか全然考慮してない。まさしくシノさん謹製の魔導具だよ」
「え? どういうこと?」
「その耳栓をつけると、確かに大きな音は音量が抑えられて小さくなるんだけど、全て自分に話しかけているような音量になる。だから、脳が全ての言葉を処理しようとして混乱してしまう。テトラは耳栓を使って問題ないの?」
「私は、全然そんな感じはしないのだけど……」
テトラは訝しげながら、俺が使っていた耳栓と自分の耳栓を付け替える。
自分の使っていた耳栓を他の人が目の前で使うと、なんとも言えない恥ずかしさに背中が痒くなるのは、俺だけだろうか。
テトラは俺の耳栓をつけても特に問題ないようで首をかしげている。
「……もしかして、俺の体質のせいで魔導具の効果が俺とテトラで違うとか」
「あ、なるほど。あり得るかも。ごめん、お師様に確認しておくべきだった」
「いやいや、俺みたいなやつは、普通はいないはずだから、テトラもシノさんも気づけるはずないよ」
申し訳なさそうなテトラに、俺は慌ててフォローを入れる。
ちょっとディスってしまって、ごめんなさい、シノさん。と心の中でシノさんにも謝罪しておく。
「歓声の騒がしさは、我慢できないわけではないから、気にしないで。それよりも試合を見ようよ」
「うん、そうだね」
そう言って、テトラは耳栓を外して、しまいこむ。
別にテトラは耳栓をつけたままで良かったのに、彼女の気遣いが嬉しい。
『おっと! 扶桑からの留学生、リカ選手! 力自慢のゴルゴン選手の! 間合いを気にして攻め込めない!』
競技台では、男子生徒――ゴルゴンが両手で大型戦槌を握り、どっしりと構えている。
そして、黒髪をポニーテールにした女子生徒――リカが緩急をつけて、時計回りに移動しながらゴルゴンの様子を探っている。
「あのリカって子は、この前、声をかけてきた女子生徒だよね?」
「そうみたいね。さすがは扶桑の民って感じね。かなり腕が良さそうだわ。動きが良いわ」
テトラの言葉を聞きながら、俺はリカを視線で追う。
リカはゴルゴンの死角に移動して、間合いを詰めようとする。
が、ゴルゴンがノソリと足を踏み出して、体の向きかえ、リカを視界に捉える。
二人が接触することなく、時間が過ぎていく。
アリーナの空気は張り詰めていき、次第に歓声も減っていく。
観客は固唾を飲んで、アリーナの二人を凝視しているようだった。二人が接触する瞬間を見逃さないようにするために。
「リンタロー、瞬き厳禁」
「へ?」
テトラが独り言のように呟いた瞬間、リカが弾かれた様にゴルゴンに突撃する。
一瞬で距離をゼロに変えて、ゴルゴンに肉薄するリカ。
ゴルゴンは慌てた素振りも見せずに、大型戦槌で空間を薙ぎ払う。
リカは接近する速度を落とさず、が地を這うような体勢で大型戦槌を回避する。
大型戦槌にポニーテールが打ち抜かれ、リカの髪が宙に広がる。
――シッ!
リカが逆袈裟ぎみにカタナを振るう。
ゴルゴンは床を蹴る。大型戦槌の勢いで、彼の体は斜め後方に移動し、カタナの軌道から逃れる。
リカは追撃する素振りをみせたが、バックステップで距離をとる。
そして、彼女は乱れた髪を手櫛で整える。
『うぉぉぉぉぉ! 凄まじい攻防です! 息をつく暇もありません! さすがは準決勝、ハイレベルな試合だ!』
ワンテンポ遅れてアリーナに響く実況の声。
それに続く地響きのような歓声。
俺は思わず両手で耳を塞いで顔をしかめる。
凄く盛り上がるタイミングなのは重々理解しているが、少し声量を下げて欲しい。
歓声を浴びて、気分が高揚したのか、ゴルゴンは得意顔で、大型戦槌の頭を競技台の石畳に叩き付ける。
石畳を割り、自立する大型戦槌を確認すると、ゴルゴンは腰に下げていた戦棍に武器を切り替える。
――ガハハハッ! そんな棒切れみたいな剣ごと吹っ飛ばしてやるわい!
ゴルゴンは雄叫びをあげながら、リカに向かって駆け出す。
先程のリカが見せていた洗練された動きとは違い、だだっ子のような動きで戦棍を振り回すゴルゴン。
ただそれだけで、彼が凄まじい膂力の持ち主だということが遠目でも良く分かる。
常人なら、戦棍を二つも振り回すことは難しいし、なりより戦棍の勢いに体が振り回されていない。手の延長として、完璧に戦棍を制御している。
だからこそ、ただ戦棍を振り回している隙のありそうな動きにも関わらず、リカは攻撃に転じることが出来ないのだろう。
「……おかしい」
「ん? どうしたの、テトラ」
眉間にシワを寄せ、テトラはゴルゴンを睨んでいた。
ふつふつ沸いているであろう彼女の怒りが、肌越しに伝わってくる。
ひんやりとした汗が、俺の頬を伝って落ちていく。
「ゴルゴンって生徒は、大した実力はなかったはず。最初の戦槌を振り回すくらいなら、ギリまぐれで許容範囲。でも、あれはダメ」
「えーっと、どの辺が?」
「実力に見合っていないとこ。あのデカブツが戦棍の二本持ちなんて無理。戦棍を振り回すときに、慣性も利用しているなら、出来るヤツという評価しても良かったけれど」
テトラの指摘を踏まえ、ゴルゴンの動きを確認する。
リカが戦棍を回避すると、追尾するように戦棍の軌道が急に変わる。
俺はゴルゴンの膂力が凄いからと思ったけれど、あそこまで急激な軌道修正が出来るだろうか。
「……あの動き、普通なら関節とか筋に負荷がかかって、痛めたりする?」
「うん。下手すれば壊れる」
「ってことは、何かしらの不正行為をしているってこと?」
「そういうこと。個人戦もチーム戦と同じで、大会運営委員会が用意した武具を使わないといけない。たぶん重力か慣性を制御する効果のある魔導具をコッソリ身に付けているみたい」
「なるほどね。それで実力に見合わない、か」
戦棍を振り回しているゴルゴンの身なりは良い。たぶん貴族だと思う。
貴族のプライドか、扶桑出身の生徒に負けたくないのか、不正行為に及ぶ理由は容易に想像できる。
「そうなると、ゴルゴンは何で準決勝まで勝ち残れたの? 最初から魔導具頼りの戦い方していれば、さすがに不正行為で失格なってそうなんだけど……」
「ラズの報告だと運だけは良かったみたい。対戦相手が調子を崩していたり、大型戦槌のラッキーな一撃で試合が決まったり。たまーにあること、実力とは違うところで勝敗が決まることは」
テトラは淡々と言葉を口にしているが、怒りは増している気がする。
もしかして、ゴルゴンは色々と裏工作もしていたのかな。
テトラから漂ってくるひんやりとした空気に、俺は身を震わせながらリカを応援することを決めるのだった。