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055.とある宿の一室

「それでは、ご用がありましたら、遠慮なくベルでお呼びください」

「あ、ありがとうございます……」


 一礼して、部屋を出ていく宿屋の従業員さん。

 貴族に従事している執事と見間違えるほど小綺麗な格好で、私は気が引けてしまっていました。

 学園で執事やメイドは、よく目にします。

 何名も引き連れて生活をしている貴族も多いです。けれど、私には側仕えは一名もいないため、引け目ばかり感じてしまいます。

 家の方針で、側仕えを連れていないと言い訳できれば良かったのでしょうが、そもそも実家の屋敷でも、執事とメイドは数える程しか雇っていません。

 家の財政が芳しくないので、致し方のないことです。

 長く仕えてくれている爺が、自分の若い頃は、たくさんの執事やメイドがレクス家に仕えて、屋敷は活気に溢れていたと話してくれたことがあります。

 でも、今の斜陽なレクス家の姿しか知らない私は、爺が口にする活気に満ちたレクス家の姿など、全く想像が出来ませんでした。

 私は「ふぅー」とため息をついて、思考を中断する。

 今、私が考え込んでも仕方のないことです。

 少し落ち込んだ気分になりつつも、私は部屋を見渡す。

 屋根はついていないが、清潔で広々としたベッド。壁一面を使ったシンプルだけど趣のあるクローゼット。華美になりすぎない椅子とサイドテーブル。それとは別にティーテーブルとソファーまで用意されている。


「……学園寮の自室より、豪華ですわ」


 普通の宿屋ならば、狭い部屋にベッドが一つあるだけで、殺風景な部屋が基本。椅子や小さなサイドテーブルがあれば良い方になります。

 寝るだけのために泊まる部屋ならば、ベッドがあれば事足りるので、当たり前かもしれません。

 ベッドもなく、張られたロープに体を預ける安宿もあるそうですが、さすがに怖くて私は宿泊したことはありません。

 出来るだけ出費を抑えるように、生活をしてきたため、貴族ならば泊らないような宿に泊ることは、日常茶飯事です。

 学園も父が色々な出費を抑えて、学費を用意したと母から聞いています。


「お金に困っているのであれば、私を学園に通わせなくても良かったのに……」


 貴族としての箔が必要だから、とやつれた顔で笑う父の姿を思い出し、私は(かぶり)を振って考えを追い払う。

 泊まるだけ、泊まるだけ。何も考える必要ない。


――コンコンコン


 不意にリズム良くドアノッカーの音が部屋に響く。

 私は一瞬、身構える。

 クォート様から、明日のチーム戦について、妨害工作があるかもしれないと警告されています。

 私が学園の寮ではなく、この宿屋に泊まるようにクォート様が手配されたのも、その為です。

 ここに私が泊っていることを知っているのはチームメートくらいなので、訪問者がいるなんて、おかし――


「ナッちゃーん、あたしだよ。開けてー」

「ッ! あ、アリシア先輩?」


 ドアの向こうから聞こえてきた声に、慌ててドアに駆け寄り、開錠しかけたとこで思い止まる。

 魔導具(マジックアイテム)で、他人の声を真似ることが出来ることを忘れてはいけません。

 私はソッとドアスコープから外の様子を窺う。視界に映ったのは、満面の笑みを浮かべたアリシア先輩の姿でした。

 私は急いでドアを開けます。


「ど、どうたのですかアリシア先輩。もう日も暮れていますわ」

「クォート様の指示だよ。こういう宿屋って、側仕えがいないと困るだろうからってさ」

「た、確かにそうですけど、アリシア先輩に迷惑を――」

「ノンノン、迷惑なんて微塵もないよ。クォート様から、お駄賃を貰っているからね。さすがにメイド服とかに着替えるとやり過ぎって、テトラっちにつっこまれたから、学園の制服で参上したけどね」


 そう言うとアリシア先輩は、その場でクルリと回ってみせる。

 スカートの裾と一緒にグレーの三つ編みにした髪が宙を舞う。

 それだけで、警戒していた私の心をスッと宥めてしまう。

 同時にズルいと私は思ってしまう。

 私には到底、真似することが出来ない。

 アリシア先輩の天真爛漫な姿は、一種の才能だと思う。

 私がもう少し社交的だったなら、一か八かでクォート様に声をかけることはなかったと思います。


「どーしたの、ナッちゃん。顔がこわこわな感じになっているよ」

「な、なんでもございません。こんな場所で立ち話をしては、クォート様のご厚意を無駄にしてしまいますわ。アリシア先輩、中にお入りになってください」


 私は慌ててアリシア先輩を部屋の中に招き入れる。

 首をかしげていた彼女は、直ぐに笑顔になって部屋に入る。


「おっじゃましまーす。お、さすがはクォート様が選んだ宿屋だね」

「はい。調度品にも目が行き届いたお部屋です。豪華すぎず、かといって質素ではない丁度良いバランスになっておりますわ」


 私は自分の口にした言葉に、チクリと胸が痛む。私は努めて笑顔でアリシア先輩に返事をする。

 彼女は人差し指を立てて左右に振る。そして、いたずらっ子のような笑みを私に向けてきました。


「甘いなー、ナッちゃん。クォート様がそんな観点で、この宿を選んでいるわけないよー」

「ど、どういうことですか?」

「ここは、先代からアキツシマ様と懇意にしているんだよー。熱烈なファンと言っても過言じゃないよ」


 アリシア先輩は、宿屋についての蘊蓄を話し始めました。

 要約すると、様々な魔導具(マジックアイテム)が設置され、安全が確保されているとのことでした。

 この部屋にも、盗聴対策やドア以外から侵入出来ない様になっているそうです。

 魔導具が部屋のあちらこちらに、魔導具が設置されているなんて、私は全く見抜けません。アリシア先輩は、どうして魔導具の設置場所が分かるのかしら。

 私が感心して、アリシア先輩の説明を思い出しながら、部屋を歩き回っていると、アリシア先輩は、サブベッドをどこからか取り出して設置していました。

 彼女はベッドに飛び乗ると、満足そうな顔で跳ねる。三つ編みが犬の尻尾に見えてしまいます。

 アリシア先輩の姿を見ていると、体がウズウズしてきますが、深呼吸して気を静めます。


「ナッちゃん、今日の活躍は凄かったねー。ナッちゃんの家族は、誰でもあんな感じで戦えるの?」

「いいえ……」


 私は、左右に首を振る。きっと鏡を見れば自虐的な笑みになっているに違いありません。


「亡くなった祖父に、戦い方を教わったのは、私くらいです。家族はせいぜい訓練で、剣を握ったことがある程度です。基本的に戦いとは縁のない生活をしています」

「それはビックリだねー。クォート様の話だと、ナッちゃんの家は、昔ゴリッゴリの武闘派だったんでしょ」

「祖父には、そう聞いておりますが……」


 祖父が寂しそうに語っていた。

 数代前の当主が道を誤った。リリーシェル家のように在り方を貫くべきだった、と。

 当時の私は、祖父の言葉を理解することが出来なかった。

 しかし、今は違います。

 短期間ですが、リリーシェル家のお二人――クォート様とテトラ様と過ごしたおかげで、理解することが出来た気がします。

 うまく言葉にすることは出来ないけれど、己の在り方をねじ曲げる行為は愚かでしかない。例えそれが、未来を案じての英断だったとしても。

 テトラ様は秘蹟(ひせき)科というリリーシェル家の在り方に反するような学科に在籍しているのに、在り方は曲げていない。

 だからこそ、クォート様やテトラ様は、気高く美しいと思う。


「ッ!」


 一瞬、考え込んでいた私の眼前に、アリシア先輩の笑顔があった。


「ナッちゃんは、今日の戦いは楽しかった?」


 アリシア先輩の言葉に、ドクンと心臓が弾む。

 私はアースドラゴンを拳で倒した。

 祖父に教わった拳闘を駆使して、アースドラゴンを倒した。

 かつてレクス家の誰もが扱っていた拳闘で、アースドラゴンを倒した。

 拳闘で戦ったのは、今日が初めてだった。

 なのに

 私の拳は――

 私の身体――

 私の魂は――

 歓喜に充たされていた。

 それは、今も私の内側に残りくすぶっています。

 私は一呼吸してから、アリシア先輩を真っ直ぐに見つめ返して答える。


「はい、とても」

「うんうん、それなら良かったよ。事前の訓練で、ナッちゃんは不満そうだっからねー」

「私が、不満そう、ですか?」


 私は思わす訊ね返してしまう。

 戦うことに慣れてないため、どう動けば良いのか分からず、訓練中に苛立ちはあったかもしれませんが、不満は――


「アハハッ、そんな考え込むことじゃないいよー。ナッちゃんは前衛向きだった。だから後衛はしっくりきてなかった。ただそれだけのことよー」

「で、でも……」


 私がチーム戦に皆さんを巻き込んで、迷惑をかけているのに、不満を抱くなんてあってはいけないこと。

 ふわり、と優しく温かい感触が私を包む。

 気づくと私はアリシア先輩に抱きしめられていました。


「深く考えない、考えない。ナッちゃんは、何も悪くないから。というか前衛に後衛をやらせそうとしたクォート様が悪いから」

「そ、そんな畏れ多いことを……」

「事実だから仕方ないよー。実際、『うむ、我輩の采配ミスだな。ナリーサ嬢が本気を出すとは思わなんだ』って大笑いしてたからねー」


 抱きしめながら、私の頭を優しくなでるアリシア先輩。

 それだけで、私の心の中にあったモヤモヤが薄れていく。


「今日はゆっくり休んで、明日に備えるよー。ナッちゃんは、ぶん殴りたい相手もいるんでしょ?」

「はい」


 私は反射的に返事をしてしまった。

 迂闊なことをしてしまいました、と思ったけれど、アリシア先輩の蘊蓄を信じれば、この部屋には盗聴対策が施されている。

 私の返事はアリシア先輩しか聞いていないことになります。

 私はホッと胸を撫でおろす。


「アハハッ、いー返事だよー、ナッちゃん」


 楽しそうに笑うアリシア先輩。

 私もつられて笑ってしまう。

 よし、明日は気後れせずに、拳をラゼル様に叩き込もう。

 そう私は誓うのでした。


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