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053.次の試合は――

「あ、お帰り、リンタロー。気分はよくなった?」

「ただいま、テトラ。うん、それなりに」

「そう。それは良かった」


 嬉しそうに微笑むテトラ。

 次の試合では、彼女が安心して戦えるように、後方支援をキッチリやろう、と俺は気合いをいれる。

 そこで控え室を見渡し、クォートとアリシアさんの姿がないことに気づく。


「あれ、クォートとアリシアさんは?」

「お兄様は、運営委員会に呼ばれて出ていったわ。アリシアさんは、ご学友の出店を冷やかしてくると言って出ていかれて、戻られてないわ」


 クォートが運営委員会に呼び出されるって、何かトラブルでもあったのだろうか。

 アリシアさんは、友だちが多そうだし、出店巡りは休憩時間ギリギリまで戻ってこないかもな。

 俺は椅子に座ってから、次の試合までに何をするべきかを考えていると、妙な違和感を覚える。

 控え室は、良くも悪くも試合前の緊迫感のような気配が漂っているもの。なのに、その気配が微塵も感じられない。代わりに、ただ沈んだ空気が漂っている。

 俺は、その空気の発生源――ナリーサさんの方をちらりと確認し、テトラに声をかける。


「……何かあったの?」

「んー、あったと言えばあった、かな」


 テトラが曖昧な表情で答える。

 すると、部屋の片隅で小さくなっていたナリーサさんの肩がビクッと跳ねる。

 しばらく沈黙が流れるが、ナリーサさんが今にも泣き出しそうな顔で、俺に詰め寄ってくる。

 某女幽霊を彷彿させ、俺は反射的に身を引き、椅子ごと倒れそうになってしまう。


「す、すみません、リンタローさん。わ、わたしが、わたしが、余計なことをしたせいで……」

「落ち着いて、ナリーサさん。余計なことって何のこと?」

「それは、それは――」


 ブワッ、とナリーサさんの瞳に涙が溢れる。

 俺は慌てて制服のポケットから、ハンカチを取り出して、彼女の涙を拭おうと手を伸ばす。

 が、横から伸びてきた手が、俺の手からハンカチを奪う。

 あっ気に取られていると、ハンカチを奪った相手――テトラが、ナリーサさんの涙をハンカチで、優しく拭っていた。

 一瞬、テトラから目を細め、俺を睨んだような気がした。

 瞬間的に汗腺が開き、全身から冷たい汗が噴き出し、鳥肌が立つ。

 俺、何かヤバい事をやっちまったのか?

 自問自答してみるが、全く思い当たる節はない。

 俺は頬を伝ってきた冷や汗を服の袖で拭い取り、改めてナリーサに訊ねる。


「で、ナリーサさんが、何をやったの?」

「わ、わたしが、ドラゴンさんを、殴り倒してしまったから……」

「殴り倒したから?」


 俺は首を傾げてしまう。

 ナリーサがアースドラゴンを殴り倒して、俺たちのチームは、ポイントで上位に入った。

 前評判の高かったテトラとクォートが目立たず、ナリーサさんが主力でアースドラゴンに止めを刺したのが、良かったようだ。

 ちなみにゴブリンを相手しただけのラゼルたちが、トップだったのは腑に落ちないけど。


「えーっと、ナリーサさんが、魔物(アースドラゴン)を倒したのは、ポイントに繋がったし、何の問題はないと思うんだ――」

「戻ったぞ! 実に、実に愉快だ!」


 バーン! という感じで、クォートが控え室に入ってきた。突然のことに、驚いて息が詰まってしまう。

 クォートの後ろにいたリズが一礼すると、ソッとドアを閉じる。

 ドアを開けるところから、リズがやってくれればいいのに、と俺は口に出さずに愚痴る。

 リズに抗議しても「主様が望んで行われていることに、リズが阻むことは出来ません」とか言われて終わりそうな気がする。


「……お兄様、少し静かに登場してください」

「ハッハッハ! (テトラ)よ、それは無理な話だ! これほど愉快な気分のときに、大人しくするなど勿体ないではないか!」


 若干、テトラとクォートの会話が噛み合ってないことを感じつつ、俺は「ふぅ」と一息ついてから、クォートに声をかける。


「何がそんなに愉快なんだよ、クォート」

「うむ、よくぞ聞いてくれたな、リンタロー!」


 目を輝かせるクォート。

 彼の暑苦しそうな反応に、俺は少し後悔してしまう。


「先ほど、ナリーサ嬢の活躍と、それに関連して確認したいことがあると大会運営委員会の生徒が控え室に訪れたのだ! 滑稽な話だが、一般教養科であるナリーサ嬢が、アースドラゴンごとき(・・・)を殴って仕止めたことが、問題になったそうだ!」

「すみません、すみません、すみません……」


 ペコペコと頭を下げながら、謝罪するナリーサさん。


「へ? なんで? 魔物を倒すことが主旨だったから、ナリーサさんが倒しても全然問題ないだろ」

「わ、わたしごときが、分をわきまえずに、魔物を――」

「ナリーサ、さん、うるさい。リンタローとお兄様の話が終わってないわよ」


 カラクリ人形のように、何度も頭を下げては謝り続けるナリーサさんを、テトラが羽交い締めにする。それだけでなく、ナリーサさんの口を手でふさいで喋れなくする。

 ナリーサさんの息がフガフガとテトラの指の隙間からこぼれるが、助けると話が進まなくなりそうなので、俺はクォートに視線を戻す。


「全く問題ないな!」

「なら、なんでさ」

「一般教養科の生徒が、アースドラゴンを倒せるはずがない、ということらしいぞ。きっと伝説級の武具を、審判の目を盗んで持ち込んで不正をしているはずだ、と匿名の投書があったそうだ」


 笑っているが、目が笑っていないクォート。

 若干、背筋に寒気を覚えるが、俺は口の端を持ち上げ、挑戦的な笑みをクォートに返す。


「……で、その投書をした連中を締め上げたのか?」

「そんな勿体ないことを我輩がすると思うか?」

「しない。絶対見て見ぬふりして、最後に全力で叩き潰す」


 俺の言葉に、パーン! と手を叩くクォート。犬歯を覗かせながら、愉しそうに笑う。


「ナリーサ嬢には悪いが、如何にレクス家が愚かなのか、理解することが出来る貴重な時間だった。かつては、リリーシェルと肩を並べるほどの武勲を誇っていたというのに、悉く忘れ去られているとは嘆かわしいことだ」


 クォート曰く、ナリーサさんがアースドラゴンを殴り倒したのは児戯に等しいそうだ。

 ナリーサさんのご先祖様は、拳だけで邪竜を羽虫の如く叩き潰した伝説を残しているらしい。

 それを聞いて、俺はナリーサさんがアースドラゴンを殴り倒したことに納得してしまう。


「よし、午後の試合は俺も活躍して、貴族様の鼻をあかしてやる」


 俺は、力こぶを作りながら、気合いを入れる。が、クォートが申し訳なさそうな顔で俺を見る。


「すまん。リンタローが活躍する機会はないぞ。トップのチーム以外は全て棄権したからな」

「ちょ、なんで!」

「……一般教養科の生徒にボコボコにされたら恥だから」

「正解だ、(テトラ)よ」


 小さくガッツポーズを作るテトラ。

 嘘だろ、そんな理由で棄権とかありかよ。

 俺は両手両膝をついて、項垂れてしまう。


「き、棄権した方が、面目丸潰れとかじゃないの?」

「多少はある! が、引き際を弁えていない方が、よほど悪手だな! 一族郎党全滅では再起も出来ぬからな!」

「多少の屈辱も、返り咲く可能性がある方を取るってこと?」

「うむ、そんなところだ! まあ、払拭できぬ汚点の場合など、そうとは限らないがな! 戦いから逃げるなど、以ての外だな!」


 そうなると、ナリーサさんって、かなり嫌らしい相手になるんじゃないかな。

 戦って負けても汚点、戦いを回避しても汚点。唯一の正解は、戦って勝つだけ。

 うん、無理ゲーだよな。


「クォートが、一言言ってやれば、棄権を取り止めるんじゃ……」

「ハッハッハ! 我輩が助言してやっても意味なかろう! そんな頭があれば端から棄権なんてするわけないからな! 逃げることが出来ない戦いがあることを知らぬとは嘆かわしいことだ!」

「あー、なるほどね……」


 負けても汚点でも、戦わない――棄権は、最悪の選択なのか。

 まあ、クォートなら棄権せずに戦ったら「心意気は良し!」とか言って好感度上がりそうな気がするな。

 色々と話してみたが、結局、チーム戦は翌日に決勝戦だけになることは変わらなかった。


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