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8.働かざる者食うべからず 肉体労働の効能

君たちは人生の意味とか、生きる目的とか、余計なものを色々考えすぎなんだよ。

正義とか、秩序とか、大義とか、平和とか、愛とか、希望とか、心底どうでもいい。

人は何も持たずに生まれて、死が全てをまた無へと戻す。

だからなるだけ、

好きな人と、好きな事を、好きなだけした方がいい。

ーー小林綺壱朧

「兄妹揃って手伝いにくるとは、ニホンってとこの村人は働き者だな!」


ファザさんは、そう快活に笑うと、私たちに作業用の道具を渡してくれた。


妹には、水をやるジョウロのようなもの。

私には地面を耕す『鍬』のようなものを渡した。

腕にくる、じんわりとした負荷。

久しぶりに持つ重量物。

デスクワークが基本だった私には、まさに荷が重いかもしれない。

……というかこの鍬そのものが十二分に重い、

本当に。


「嬢ちゃんはあっちらへんに、適当にそいつで水をまいてくれ! 兄さんは俺と一緒にここらへんの土をいい感じに柔らかくしてくれ!」


とファザさん大雑把な指示を出す。

妹は「わっかりました!」とハイテンションに答えると、リズミカルな動きで水まきを開始した。

なんだか楽しそうである。

いつのまにか近くにいたアリシアが、若干不安顔していたが、それは気にしないでおこう。掃除の件が少し、トラウマになっているのかもしれない。この手の大人しい人は、元気一杯系の人間を苦手に思うところがあるからな。あくまで、苦手なだけで必ずしも嫌いではない、ということが救いだが。


私は先程の指示の『いい感じ』というのが分からなかったので、ファザさんの動きを見て覚えることにした。

抽象的な指示が意味するところを、彼の動きを観察して把握する。


「どりゃ!おらっ!そいやっ!せいや!まさっや!」


独特の掛声とともに、ファザさんは鍬のようなもので、土を耕していく。

彼はその筋骨隆々な見た目通り、道具の重さを感じていないようななめらか動きをしている。

軽々と振り回し、一撃一撃で土が大きく掘り返されている。

風切り音と風圧がビュンビュンとこちらにも届いてくる。


「ほら、兄さんもやってみな!」


ファザさんは、そう私を勧める。

ものは試しと、振り上げてみる。

……この時点で、かなりきつい。

両腕がぷるぷるしているのを感じる。

ーーだが、それを堪えて振り下ろす。


……鍬のようなものは、地面に突き刺さった。

さくり、と間抜けな音を立て、地面に突き刺さった。


「兄さん、遊んでないでしっかりやりな!」


もう一度トライ。

……今度は斜めに地面に入り、刺さりすらしない。


「兄さん、それ、本気か?」


ファザさんの声の語気が弱まる。

本気で心配されていそうだ。

不思議そうな目で、私を見ている。

やめてくれ、そんな目で私を見ないでくれ!


「ちょっと待ってろ」


真面目な顔でそう言うと、ファザさんは家の方へとかけて行った。

そして、5秒後、先程よりも一回りも二回りも小さい道具を私に貸し与えた。


渡されたそれも少し重いと思ったが、使い勝手は格段に良かった。

ファザさんの作業効率から考えると、塵のような助力だが、それもないよりはましと自らに言い聞かせ、作業に自分なりの全力を向けた。


ーー


「お疲れのようね」


慣れない肉体労働の疲れでへたり込んでいる私に、妹に声をかける。

目覚めの時と同じく、垂直に見下ろされている。


「なかなか……な。明日は、きっと筋肉痛だよ」


「いいじゃない、筋肉痛。ここで生活を続けたら、兄さんもいつかファザさんみたいなゴリマッチョになれるかもよ」


「あのレベルまでは無理だろ。あの人と私じゃあ、遺伝子レベルで肉体の質が違う」


「まあ、世界ーーというか生活習慣そのものが違うからそれも仕方がないかもしれないね」


よいしょ、と妹はへたり込んでいる私の隣にちょこんと座った。


「けど、こうした肉体労働で汗をかくというのもいいでしょ。兄さんのデスクワークよりも、仕事の結果が明確にわかる」


「かもしれないな。けど、毎日は嫌だな」


ファザさんの作業量をみると、我ながらゴミみたいな成果だが、ちょっとした達成感がある。やった分だけ、成果が目に見えて実感できるというのは快い。


「まあまあそう嫌がらないの。そんな兄さんに、農作業のメリットを三つ教えよう。まあ、ブラックな職場じゃないという条件つきだけどさ」


三つと言いつつ、妹は人差し指だけをピンと立てる。

いつものように。


「まず、健康的になるってことだね。基本、こんな感じにお日様(?)の下でやるから、メンタル的にもいいし、体を動かすから血流もよくなる。慢性的なストレスを抱えにくい作業環境なんだよ」


と妹は私たちを照らす太陽のようなものを指指した。


「次に結果が分かりやすいこと。私たちの世界の仕事って、自分の行動の結果が分かりにくいんだよね。一つの仕事でも、それにかかわる人数は多いし、それを構成する要素もたくさんある。だから、自分の努力もかかわった人数と構成要素で分割・希釈される。つまりは達成感を感じにくいんだよね。けど、農作業は違う。自分の行動がすぐに結果につながるし、努力の成果は食べ物になって自分に返ってくる。実に分かりやすい!」


うんうんと、自身で納得する妹。


「最後の一つはなんだ?」


私の問いに妹は悪戯っぽく笑った。


「そろそろ飯にするぞ!」


ファザさんが私たちを呼ぶ。妹は「今行きます!」と明るく答える。

そして、立ち上がりつつ、私に言う。


「労働後のご飯はめちゃくちゃ美味しい!」


と、妹は笑った。

私も食事への期待感で、少し頬が綻んだ。

自身の仕事の成果が目で見てわかる、というのはとてもいいことです。

色々理屈を捏ねる必要もなく、一見して結果がわかるというのは、達成感の確保・やる気の増進にもつながります。

たしかに、肉体労働はしんどいです。体にかかる物理的負荷はデスクワークの比になりません。

けれど、精神的な負荷は、意外と少ないものです。

ただ、業種と労働環境にもよりますが。

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