5.移動 散歩の効能
先の少女は「アリシア」と名乗った。
現在、この少女アリシアに彼女の住む『村』に案内してもらっている最中である。
妹は、アリシアを見つけるとすぐに「こんにちは」と挨拶をし、
アリシアが困惑しているのも気にせず「私は山野緋香里、それでこっちは兄の山野巧、よろしくね」と軽めの自己紹介をした。
そしてアリシアが自身の名前を名乗ると「そうか、アリシアちゃんか。見た目通り、かわいい名前だ」と褒め、
そのまま「私たち、ちょっと道に迷ってるんだけど、ここから近い村――というかアリシアちゃんのお父さんとお母さんが住んでるところまで連れてってくれないかな」と押し売りの如く、迫った結果の状況である。
コミュニケーション能力が高いというか、相手の気持ちをあえて察しない――つまりは鈍感力が強い、ということである。
「逆に、私たちの喋る言語が、この子たちの言語に変換されている可能性のほうが高いのかもしれないね。うん、ご都合主義だね」
ビバっと、妹は笑顔を作った。
私も、細かいことは気にせず、第一村人が友好的で、可愛い少女だった幸福を喜ぶことにした。
だが、今後の予定はどうするか。
周囲も少し薄暗くなってきている。
この世界にも朝と夜の区別はあるようだ。
このまま屋根のないところで野宿、というのは遠慮したいところだ。
「アリシアちゃん、村まであと歩いてどのくらい?」
「もう少し、です」
とアリシアはおずおずと、恥ずかしそうに妹の問いに答えた。
かれこれ、私の肌感覚で30分くらい歩いている。
景色は森から平野へと変化しているが、村らしいもの、人が住んでいそうな家っぽいものはまだ見えてこない。
いつまで歩くのだろうか、と不安に思っていると妹は何か話したそうにしている。
うずうずしているのが見て取れる。
「兄さん、これもちょっとしたお散歩と思って楽しもうよ」
そして、飽きもせず人差し指をピンと立てた。
「散歩はいいよ。時間の流れをゆっくりと感じられる。見える景色は心を落ち着かせてくれる。歩くことで血流も良くなるし、瞑想の効果もある。体も動かしているから、ちょっとした運動扱いにもなる」
「散歩で運動になるのか? ランニングとかの方がいいような気がするけど」
率直な疑問をぶつけてみた。
散歩は大して汗もかかないし、そんなに疲れることもない。
だからこそ、運動にはならないのではないか、という疑問である。
だが、妹は首を左右に振って否定する。
「走るのが好きなら、ランニングはいいと思うよ。けど、好きでもない人が、例えばダイエット目的とかでランニングしても、メリットはほとんどのないの。消費カロリーも少ないし、体には酸化ストレス与えるし、お腹もすきやすくなるし。散歩したほうが、よっぽどいいんだよ」
君は今のままで十分可愛いからダイエットとか関係ないよねと、妹はアリシアの頭を撫でた。
アリシアは赤面しつつ無言を貫いた。
「あ、そういえば、散歩でセロトニンっていう幸福を感じるホルモンも増えるらしいよ」
セロトニン、テレビとかで良く聞いた名前だったが、ホルモン名とは知らなかった。
あの手の横文字はあまり慣れていないから、きちんと記憶に定着しづらい。
まあ、知らなかったところで私の人生に大して影響もないのだろうけど。
ふと、妹は何かを思いついたように立ち止まる。
そして、妹はアリシアに私の右手を握らせ、自身は私の左手を握った。
どちらの手も、ほんのりと温かい。
人肌の温度。
心が安らぐのを感じる。
「ほら、兄さん。両手に花だよ。これで幸福パワー200%増しだね」
と快活に笑った。
私もそれにつられて微笑した。
散歩の効能は高いので、毎日実施するのをオススメします。
10分とか、少しの時間でもある程度の効果はあるらしいので。
何か気分が晴れないなー、と思ったら太陽の下、少してくてく歩いてみよう。
いい気分転換になると思います。