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1.こんなとき、どうする? 深呼吸

兄とっての最大の幸福とはつまり、

賢くて、

可愛い、

そんなできた妹の存在である。

ーー山野緋香里

 何事にも終わりは唐突にやってくる。

 それは私、28歳会社員、役職も彼女もない、山野巧_やまのたくみにとっても同じことらしい。


 残業終わりの帰り道、私はとぼとぼと妹の待つ部屋へと歩いていた。

変わらない日常。

色褪せた日常。


 不意になるクラクションの轟音、

 ライトの閃光、

 だが、私の体は動かない。

 いや、動いたとしても間に合わない。


 そのまま、私はトラックと

 ――熱烈なキスをする。

鉄と塗装の苦い味。

 ああ、どうせキスするなら可愛い女の子と、

 それが叶わないなら、せめて妹としたかったな。


 それが私の、最後の思いとなった。


 ……、

 …………、

 ………………。



「兄さん、起きて」


 耳覚えるのある、優しい声。

 目を覚ますと、そこには妹の山野緋香里やまのひかりがいた。パジャマ姿で、ちょこんと心配そうに座っている。


 だが、おかしい。私は、トラックにはねられたはずだ。不思議と体が痛くない。白シャツにも汚れはない。

 ――というか、ここはどこだろう?

 周りをみると、緑にーー青々と茂った木々に囲まれた森、のようなところにいた。

 たしかに私の住所の近くには山があったが、ここまで森森しい森ではなかった。

もっとさびれた、淋しい山のはず。


「兄さん、落ち着いて聞いて」


 妹は、私の顔はじっと見る。

 そして、ひと呼吸おいて、言いにくそうに告げた。


「私たち、流行りものに巻き込まれたかも――つまりは、異世界に転移してしまったのかもしれない」


「なんですと!?」


 と私は素っ頓狂な叫びをあげる。トラックに轢かれたかと思ったら、無事で、そして今いるここが異世界。そして、何故か部屋にいるはずの妹がここにいる。情報が錯乱して思考が混乱している。

それに転移だと?

高度に発達した現代科学でもそんな芸当不可能だ。

それがトラックに跳ね飛ばされた程度のエネルギーで実現するとは荒唐無稽にもほどがある。


「まあ兄さん、落ち着いてよ。こういう時こそ深呼吸よ」


 と妹は私に深呼吸を促した。

まあ、焦っても仕方がないと指示に従う。


「はい、吐いてー、もっと吐いてー、限界まで吐いてー」


 げほげほと、私は少しむせる。だが、空気を吐ききったせいで、全力で息を吸うことができた。体中に酸素が行き渡るのを感じる。ほんの少しだが、落ち着いた気がした。


「深呼吸にはリラックス効果があるからね。特に、吐いている時が一番リラックスできる。それに、全部吐ききらないと、きちんと吸えないからね。みんな『吸って』から入るからよくないのだよ」


 あとさ、と妹は人差し指をピンと立てる。

いつものように、

私に教えてくれる。


「呼吸って、無意識でもできるけど、意識してすると色々と追加効果があるの。まあ、つまるところ『瞑想』の一つだからね。集中して行うことで、頭の中をクリーンにしたり、自身の体の異常とかに気づきやすくなるの」


 なるほど、ならば深呼吸はすればするほどいいのか。納得した私はスーハ―スーハ―と深呼吸を繰り返した。心なしか、全身に活力が漲ってきた気がする。


「とりあえず、一日5分間くらい、瞑想のつもりで2か月ほど続けると、メンタルとか思考力とかに顕著な効果があるらしいのだけど」


 と妹は不安そうに語気を濁す。


「――効果を実感できるまで兄さん含め、私たちは生き残れるか不安だけどね」


 そう言うと、妹は私の背後をゆっくりと指差した。

 こん棒を持った、筋骨隆々な人型の『何か』が私たちの背後にたくさんいた。何か、と表現したのは、それらの体の色が緑色で、ぶつぶつとした突起が体の色んなところについている、見たことのない生き物だったからだ。サイズも私たちより二回りくらい大きい。

うん、異世界っぽいな。

あるいは悪い夢か。


「なあ、妹よ。呼吸に詳しいなら、私に戦い方とか教えてくれないか」


「残念、丁寧にレクチャーしている時間はなさそうよ」


 と妹はシニカルに笑った。


ため息つくと幸せが逃げるとか言いますけど、しっかり吐くことが大事です。

(テニスのストロークも、構え、つまりは予備動作が良い打球につながる、そんなイメージです)

しっかり吐くことで、しっかり吸える。

いつも無意識でやっていることを意識してやる。

それだけで、気持ちがちょっと安らぎます。

ノーリスクでそこそこリターンなので、騙されたと思って深呼吸を数回、してみてください。

何か変わるかもしれなません。

変わらなかったら、騙されたと思って諦めてください。

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