もらった名前は
寝起きという事もあってだろうか、今のこの状況に思考が追い付かない。何故俺はユーリスと同じベッドに寝ているんだ?しかもシズって誰だ?
「そんなに私をじっと見てどうしたんですか?」
「いや、あのえっと」
眠そうに瞼をこすりながら可愛らしく人形の様に首を傾げる。この子はこの状況に何も感じていないんだろうか。決して大きくはないベッドに二人、少し体を動かせば肌が触れ合ってしまいそうなのに。
「眠そうだな」
「はい、夜更かしをしてしまいました」
「なんで、同じベッドに寝ているんだ?」
ユーリスは起きたばかりで体温が高いのかほのかに頬を赤く染めている。
「えっと、すみません。この家にはベッドがまだ一つしかないんです貴方と一緒に住むと決まったのが急な
事で何の用意もできてなくて、始めはソファに寝ていたんですがどうしても寒くて・・・」
うつむき加減で申し訳なさそうに言う、どう考えても俺の方が悪いなこれは。
「謝らないでくれ家主の寝床を奪ってしまった俺の方が100%悪い、今度からはソファに寝ることにするから貸してもらってもいいか?」
「それでは風邪を引いてしまいます、日中は暖かく過ごせていますが夜は毛布では足りないくらい冷え込むこともあるのです。ですからなるべく早めにベッドを買いに行きましょう」
「買いに行くって言っても俺は金なんか持ってないんだが・・・」
「お金の事なら心配はいりません、私が出しておきますから」
さも当然の事のように言うが流石に居候させてもらっているうえに金まで出してもらうのでは俺の立つ瀬がない、まるでヒモだ。しかし懐に一銭もないのも事実。
「その申し入れは本当にありがたいんだがせめて貸しておくという事にできないか?今は一文無しだしできる事といえば家事の手伝いくらいしかないけどきちんとした形で必ず返す」
ヒモにならない為に言った言葉だったが予想以上にダメ男が言いそうなセリフだなこれ、だが人間が生きる上でやはり労働をして金を稼ぐという行為は避けられない。この世界ではどんな仕事があるんだろう肉体労働とかだったら自信ないな、元の世界でも研究室に引きこもってキーボード叩いてただけだったし。
「貸し、ですか・・・どうしましょう私は身寄りのない貴方を引き取った責任として面倒を見る義務があると思うのですが」
責任か・・・この子からすれば真面目に考えた結果なんだろうがそれで俺が頼り切ってしまえば一日中寝転がってるダメ男一直線だ。
「自分本位ですまないんだがやっぱり心苦しいものがあるんだ、罪悪感みたいな。だからちゃんと働いて返す事で俺の気持ちも軽くなる、ここはどうか俺のためと思って貸しってことで手をうってくれないか?」
お互いベッドの上に座り向かい合った状態で俺は手を合わせ頭を下げる、ユーリスは少しの間沈黙し何かを考えている様子だったがやがて口を開いた。
「分かりました、確かにその方が心身の健康面でも貴方の為になります。働く場所という点でも今日恐らく団長から知らせがあるでしょうしお金は貸しておくということにしましょう」
「ありがとう、助かる」
「お礼なんて結構ですよ」
「だがアリスさんからの知らせってなんなんだ?」
「後ほど分かるはずです、あと団長の前ではそう呼んではいけませんよ」
「そうだった、気を付ける」
危ない危ない、ベルベットさんからも注意されてたんだった。俺たちの事を信用しきってはいないだろうがせっかく保留にしてくれてるんだこんな事で気分を害してしまわないように徹底させとかないとな。
アリスさんは確かアリス・リアルト・フィアナという名前だったかな?後輩にも本人の前ではフィアナさんと呼ぶようにきちんと言っとかないと。
「あと一時間ほどしたら家を出て騎士団へ向かいますよ、私は朝食を作ってくるので今のうちに洗面所で顔を洗ってきてください、シズ」
そう言ってベッドから降りリビングへ向かおうとするユーリス、あまりにサラッと言うものだから違和感を感じずに分かった、と返事をしてしまいそうになる。
そうだ同じベッドにいた事ともう一つ聞かなきゃいけない事があったんだった。
「ちょっと待ってくれ」
俺の言葉に寝室を半歩出たところで止まりこちらに振り返る。
「なんでしょう、苦手な食べ物などありましたか?」
「そういう話じゃないんだが、さっきから言ってるシズって何なんだ」
細く整ったユーリスの眉が僅かに動く。
さっきから言っているシズっていうのは多分俺の事を指しているんだろう、始め起こされた時も俺と目が合っていたしこの家には俺たち以外誰もいない。万が一ユーリスが霊が見えるとかそういう特殊能力みたいなのを持っていてそいつに向かって言ってるとしたら話は変わるがまぁそれでは喋っている内容もおかしくなってしまうからな可能性は低い。俺が知りたいのはどうして寝て起きたらシズと呼ばれるようになったのか、という事だ。
「憶えていないんですか・・・?」
「何をだ?」
「昨晩、この部屋で話したことです」
昨晩?何か話したか?ユーリスに部屋まで連れてきてもらったのはうっすら憶えているがそのまま寝なかったか俺。
俺が沈黙している間が長くなるにつれユーリスは少しずつ肩を落とししょんぼりと縮んでいくように見える。いやまぁ元々小さくはあるんだが。だがいかん明らかに悲しそうな表情をしているぞ、これからお世話になるってのに友好関係に傷がついては困る。そうでなくてもこんないたいけな少女を俺のせいで悲しませるわけにはいかん。思い出せ、思い出すんだ昨日の夜寝室に入ってからベッドに寝転がった、それから何らかの会話をユーリスと交わしているはずなんだ。そういえば・・・半分寝てしまいながらユーリスの言葉に適当に相づちうって返事してた気がするな、そこを糸口に・・・・・・ダメだ全然思い出せねぇ!
どうするいっそ素直に謝るのも手か?だがユーリスが落ち込む程の問題だ、適当に放り投げたくはない。シズ・・・ってのは俺の名称のはずだ、名称・・・名前?なんかそういうワードを最近聞いた気がするな。
俺の脳内映像が昔ながらの録画機器のように逆戻りしていく。起きた直後、違う。この家に入った後、違う。騎士団から家までの道のり、違う。夕食を食べていた時・・・ここだ。昨日食堂でアリスさんに言われた言葉が引っかかる。
『だけど一つだけ今から考えていて欲しいことがある』
『なんでしょう?』
『二人の名前さ、記憶を取り戻すまで名無しってわけにはいかないだろう?』
すっかり忘れて眠ってしまっていた、きっとユーリスは覚えていたんだ。だからさっきはあんなに眠たそうにしていた。騎士団長であるアリスさんから堅物真面目というお墨付きをもらうユーリスが日頃から遅くまで起きているとは考えにくい、ならば俺の名前を夜中まで考えてくれていた、それなら納得がいく。俺が起きてからシズと呼ばれるようになった理由も。
「すまない、寝ぼけてたみたいだ。昨日の夜話したもんな、シズっていうのは略称なんだろ?フルネームはなんていうんだ?」
俺の言葉を聞いたユーリスはハッと顔をあげネグリジェの裾を強く掴みながら言った。
「シーズリー・・・・・・貴方の名前はシーズリー・アーツ・フェイシアですっ」
この世界の俺の名前、名付けてくれた少女の肩には力が入り頬も赤くなっている。動物などにつける名前とは違うからだろう、自分が生み出した創作を初めて人に見せるような気恥ずかしさに近いものがあるのかもしれない。だけど俺はそんな心配いらないよ、心の中で呟いた。
「シーズリー・アーツ・フェイシア・・・・・・うん、気に入った、ありがとう」
この子がどんな気持ちでこの名前をつけたのかどんな思い入れがあるのかは分からない、だけど一生懸命俺の為に考えてくれたシーズリーという名前を好きにならない理由なんてどこにもなかった。
この世界での名前を貰い胸が躍っている自分がいることに気付く、顔を洗い身支度をすませようと思ったが着替える服もなければ用意する物もない。洗面所についている鏡を覗くと寝癖が一つ立っていることに気が付くがこれまでもそうだった、昼くらいになればいつの間にかなおっているだから今日もなおそうとはしない。
香ばしい匂いとフライパンの上で肉がはじける音が聞こえてきて誘われるようにリビングへ向かう。
「もうすぐできますから椅子に座って待っていてください」
俺は促されるまま椅子へ座り異世界へ来てから二度目の食事の到着を待った。ほどなくして両手に皿を持ったユーリスがテーブルの上に料理を並べる。乗っていたのは厚切りのパン、目玉焼きとソーセージ、ドレッシングがうっすらとかけられたサラダだった。日本でも食べられている一般的な朝食と言えるだろう、だけど毎日朝はゼリーですませていた俺にとっては新鮮で食欲をそそった。
「コーヒーは砂糖など入れますか?」
キッチンへ飲み物を注ぎに戻ったユーリスがカウンター越しに聞いてくる。
「いやそのままでいい」
俺の言葉に頷き持ってきてくれる、そのまま席につき手を合わせた。
始めに手を付けたのはバターが塗られたパン、かぶりついてちぎろうとするがフランスパンのような硬さがありなかなか噛みきれない。そんな俺の姿がおかしかったのか正面に座ってサラダを食べていたユーリスがクスクスと笑い出す。
「なんだよ・・・」
「すみません、なんだか思うように餌を食べられない小動物みたいでおかしくって」
「餌って・・・朝からこんな豪勢な食事を与えられるペットは恵まれすぎて早死にしそうだぞ」
「そうですね、すみませんでした小動物とか言ってしまっ―――――」
なんだ?ユーリスの言葉が途中で途切れた、いや口を動かしながら何かを言ってはいるだけどなんて言っているのか全く分からない。思わず顔をしかめてしまう、そんな俺の怪訝そうな表情に気が付いたのだろう。何かを確認するように口を開閉させた、それに対して俺も
「な ん て い っ て い る の か わ か ら な い」
わざと口を大きく開いてみせる。ユーリスに言葉の意味は伝わらないだろう、だけどどういう状況か恐らくこれで分かってくれる。
『――――――――――』
何度目になるんだろうな、元の世界には存在しなかった魔法というものをこの目で見るのは。昨日と同じようにユーリスは淡い光に包まれたちまちそれは霧散する。
「これで大丈夫ですよね」
「あ、ああ」
「どうやら昨日使った言語変換魔法の効力が切れてしまったようです」
「そうだったのか」
昨日使って今まで効果が持続していた、長く続くもんだなぁと思ったが魔法に関して俺は全くの無知で本来ならこのぐらいが普通だったりするのかもしれない。
「ですがやはりいつまでもこのままというわけにはいきませんね」
「このまま?」
「そうです、昨日から今までシズが話す人はごく少人数でした。だから魔法を使って意思疎通を図ることができた、でもきっと今日からはそうはいきません。人と共に生活する中で言語は必要不可欠です、関わる人すべてに魔法を使って話せるようにしてもらうというのは失礼にもあたりますしかも街に住んでいる人たちの大半が魔法を行使できない為今のシズでは会話さえもままなりません、ならば貴方がやるべき事は一つです」
「言葉を覚える・・・か」
やっぱりそうだよなこれから生きていくためにもコミュニケーションは避けられない俺がこっちの世界に来たんだから郷に入っては郷に従え、新しい言語を覚えるしかない。
「私も微力ながらお手伝いさせて頂きます」
「いいのか?」
「今の私は貴方の保護者も同然です、名前も私が付けましたし。ですから教育もする義務があるのです」
どうやら俺は完全に面倒を見られる子供の立場にあるらしい、圧倒的に年上なのに。
「でも副団長ってくらいだから普段忙しいんじゃないのか?」
「そこは心配ありません、いつ不測の事態が起こってもいいように私は日頃から仕事を前倒しして行っています。だからシズに言葉を教えるくらいの時間の余裕はあるのです」
流石というかなんというか頭がいいなこの子は、しかもそれをさも当たり前のように言う時々笑った時なんかは年相応なのにしっかりと副団長という責任も背負ってるんだなぁ。
「そういう事なら教えてくれ、頼む」
「はい、頼まれました」
ユーリスが先生の勉強か・・・こういう子って教え方もうまそうだけどスパルタっぽいよな、だが仕方ないか教えてもらう立場なんだから一生懸命やろう。
「ごちそうさまでした」
「はや!?」
俺がパン一枚も食べ終わってのにユーリスは皿を重ねて席を立つ、ついさっきまでサラダ食べてたのにいつの間に完食してたんだ!?
「シズはまだゆっくり食べていて大丈夫ですよ、私は身支度をすませてきます」
キッチンに皿を置き洗面所の方へ歩いて行った。ユーリスが準備をしている間も俺とパンとの戦いは続く、結局はナイフで切ってから食べきった。
「ごちそうさまでした」
思いもよらないパンの抵抗に苦戦したがサラダも目玉焼きもソーセージも美味しかった、俺が手を合わせる様子を制服に着替えいつでも家を出れる状態のユーリスが見守っていた。
「朝食、どうでした・・・?」
「美味しかった、やっぱり料理上手いなユーリスは」
本心からの言葉にユーリスは照れ隠しなのか俺の皿をそそくさと持って行ってしまう。
「そのくらい自分でやるのに」
「いえ、シズは歯を磨いてきて下さいもうすぐ出発の時間ですよ」
ユーリスが壁に掛けられた丸い円盤に目を向ける。あれは・・・時計のようだな、長針と短針それに数字の代わりに一本の棒が時間を示す場所へ描かれている。こっちの世界でも時間の概念は同じみたいだ。
歯を磨き終わってリビングへ戻るとちょうどユーリスが腰のベルトに剣を通したところだった。その背中はあまりに小さく華奢でだけど堂々とした威厳を感じさせる。
「来ましたかでは行きましょう」
玄関を開くと清々しい朝の空気、胸いっぱいに吸い込み背伸びをした。
「日の光が眩しいな」
「気持ちのいい快晴ですね」
「ああそうだな、行こうか」
異世界に来て二日目、まだまだ知らないことは多すぎるが少なくとも辛い事ばかりではないのかもしれない。
本当は二日に一話投稿したいけど難しいね。