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星降る夜道

「ど、同棲!?」


この国を守る騎士団長とは思えないようなニヤリとした悪い顔。アンタ実は裏で国を操ってる悪い奴だったりしないか?しかも同棲って、何がどうしてそうなった。


「あいにくと寮の空きができる目途が立たなくてね、このままじゃ寝泊まりする所がないんだよ。あんたが

野宿のが好きだっていうもの好きなら話は変わってくるんだが」


野宿が好きな奴なんて生まれが森の野生児くらいだろ。

野宿はしたくない、だがいいのか?ユーリスの家に泊まらせてもらうってのはつまりこんな少女と一つ屋根の下で・・・いや早まるなユーリスはまだ年端もいかない少女、年齢は知らんが普通に考えて親と共に生活しているはず、ならこんなに動揺する必要もないのでは!?


同棲という話を勝手に出されているにも拘わらず平然としているユーリス。


「君はもちろん親御さんと一緒に住んでるんだろ?」


「いえ、一人暮らしですが」


「なんでぇ・・・」


この世界ではあれなのか?今日初めて会った男を別になんの躊躇いもなく家に泊める風習でもあるのか?そんな事はないと信じたい。


「あんたあれだろう?こんな子と一緒に暮らしていいのか気にしているんだろう?」


「まぁ、ユーリスにも迷惑かかってそうですし、世間体ってのもあるでしょう」

アリスさんは大きなため息を一つ。


「あのねぇ、ユーリスに許可とってなかったらあたしはこんな事言わないよ」

許可?それって泊まってもいいという承諾をユーリスが出したって事なのか・・・?


「本当なのか?」


「・・・はい、本当です」


マジか、だがしかしいいのか?もちろんこの子になにかしようとする気はない。がもう26の四捨五入すれば30にもなってしまういわばおじさんが十代であろう子の家に。


「なにを心配してるのか知らないが、あんたが血迷ってユーリスに襲い掛かったとしても万が一にも勝ち目はないから安心しな」


襲う気もないが、まぁそうだな。年齢がどうであれ力関係で言ってしまえば圧倒的に俺が劣る。なんたって魔法も何も使えないんだから。


あれ、そう考えると特に問題もないように感じてきた。家主は許可を出した、俺は真面目に居候として家の手伝いでもやればいい。俺がごねる必要もないんじゃないか?


「じゃあその、世話にならせてもらってもいいか?」


「はい、分かりました」


「よろしくお願いする」


テーブルの向かいのユーリスへ頭を下げた。


「よし、それじゃあ寝床に関しては決まりだ。だがまだまだ決めなきゃいけない事は山ほどある。でもまぁ明日に持ち越そう今から考えてちゃ日を跨いじまう」


「そうだね、二人も疲れてるだろうし」


ベルベットさんが俺たちに向かって笑いかけてくれる。

確かに体中が痛い、引きずられた時の打撲などはもう治してもらったが今日は歩き詰めで疲れた、早く横になりたい。


「だけど一つだけ今から考えていて欲しいことがある」


「なんでしょう?」


「二人の名前さ、記憶を取り戻すまで名無しってわけにはいかないだろう?」


そうだった、今の俺たちには名前がない事になっていた。取り戻す記憶なんてものはないが個人の名称がないと色々と不便だな。


「なるべくなら早めに決めてくれれば助かるが、少しくらいは待とう。明日改めて教えてくれ」


そう言ってアリスさんは席を立った。


「じゃああたしは仕事に戻るとするかね」


他の騎士団員がまだ飯食ってるのに仕事を切り上げて来てくれてたのか。

・・・俺たちの事でアリスさんにも手間をかけさせてるんだろうな。

扉に向かって歩いていく背中に俺と後輩は椅子から立ち上がって頭を下げた。


「ありがとうございました」


後ろ姿に手をヒラヒラと振りながら食堂を後にした。



その後、シチューを残さず平らげついでにパンも頂いた俺たちはひとまず解散する運びとなった。


「ユーリスと一緒に帰るならそっちの心配はしなくて良さそうだね、寮へは私が案内しようかな。その後アリスの様子を見に行くつもりだけど」


食堂を後にしながら俺はユーリスと共に、後輩はベルベットさんに案内されてそれぞれの場所へ向かう手はずになりそうだ。

食堂のあった建物を抜けて外へと出る。着ているものが薄手なせいもあるのか肌寒い。昼間は日のおかげか暖かかったのに、今ここは日本でいう春みたいな季節なのか?そもそも季節という概念があるんだろうか。一年中この気候という可能性もあるな。


夜空を見上げると数多の星が瞬き、俺たちを照らすのはまん丸な月と数えきれないほどの星、そして敷地内に掲げられた松明の炎だけだった。

ここには電灯の明かりは一つもないんだな。


「・・・」


思わず感傷的な気分になってしまう。自分から望んでこの世界に来たはずなのに。一種のホームシックみたいなものなのだろうか、ネットしたい。


すると唐突に後輩が俺の手を引いて女性陣二人から離れる。


「なんだよ、どうした」


「先輩・・・」


俯いたまま黙り込む。

なんだ?こいつもホームシックか?まぁ精神が不安定になるのも無理はない、今日だけでも色んなことがあったしな。じき慣れるさ。

励ましの言葉をかけようとした時、突然顔を上げる。


「先輩!いくらかわいい女の子と同棲できるからって絶対に襲ったりしちゃダメですよ!物理的にも社会的にも抹殺されちゃいますから!僕は先輩の事を思って言ってるんですからね!いいですか!?絶対ですよ!」


なんなんだこいつは。


「フラグみたいに言ってんじゃねぇよ、大体同棲じゃなくて居候だ」


全く、心配して損した。この能天気年中ハッピー野郎がホームシックになったりするわけないか、むしろこっちの世界を満喫してそうな勢いだ。


「あの」


隅でコソコソ話している俺たちを不思議そうに見ている二人。


「どうかしたのですか?」


「いやすまない。なんでもない、ほらいくぞ」


チョップを一発頭にかまして痛がる後輩を尻目にユーリス達のもとへ戻る。


「何を話していたのです?」


小首を傾げるユーリスだが流石に、君を襲うなと再三言われていただけ、とも言えないな。そもそもそんな事しない。


「言うまでもない、しょうもない話だよ」


一応濁しておくが俺の言葉を聞いていたベルベットさんが割り込んできた。


「ダメだよユーリス、そんな事聞いたら。空気を読まなくちゃ」


「空気を?」


「そう、男の人が二人でコソコソ話をしてるんだから互いの熱い気持ちを伝えあってるに決まってるでしょ?」


いきなりとんでもない事言い始めてないか!?


「ね?そうよね?」


俺に同意を求めるな。


「断じて違います」


こういう人ってどこの世界にもいるもんなんだなぁ。人の趣味に口を出す気はないが。


「?一体何の話をしているのです?」


ユーリスはやっぱりこういう話には疎いようだな。まるで分ってなさそうだ。


「なんでもないのユーリス、貴女まで腐の沼に浸かる事はないのよ」


腐の沼って言っちゃったよ。

ベルベットさんも純真無垢なユーリスを引きずり込む気はないようでそれ以上は何も言わなかった。

こんな子を沼に落としたら罪に問われそうだしな普通に。


「ここで話しててもなんだしそろそろ解散しましょうか」


「そうですね、ではベルベットまた明日」


「うん、貴方もまた明日ね」


「はい、今日はお世話になりました。お前も変な事するなよ」


「いやだなぁ、しませんよそんな事」


ユーリスと俺、ベルベットさんと後輩に分かれて逆の方へ歩き出す。


俺たちとは反対方向に歩いているという事は敷地内に寮はあるんだろうか。それらしい建物は見なかった気がするが単純に見逃してたかこの周辺に建ってるんだろう。


ユーリスと共に歩き出して夕方頃くぐった門を再び通り外に出る。石橋を渡り街の方へ続く道ではなく緩やかな坂道を上り始める。元々あの騎士団の本拠地のある場所でさえも街から少し高い位置にあるのにこれからさらに上るって山の上にでも建ってるのか?あんまり長くは歩きたくないなぁ。


「あの」


「ん?」


街灯もない月明かりだけに照らされた夜道でユーリスが話しかける。


「改めて、今日は本当にすみませんでした。記憶をなくして不安だったと思います、知らなかったとはいえ私あんなこと」


律儀で真面目、だからこそ引きずってしまうんだろうか。あんなに美味しい料理を作ってくれて居候まで許してくれる。それだけでチャラ以上になってると俺は思うのに。


「もう気にしなくていい、あんなに美味しいご飯をご馳走になってしかも寝床まで貸してくれる。君が謝る事なんてもうないよ」


「ですが・・・!」


「あのシチュー、本当に美味しかった。アリスさんから聞いたんだけどシチューに使ってたあの牛肉、相当な高級品なんだって?しかも君が自分で買い取ったって」


ユーリスの歩くスピードが徐々に遅くなる。


「あれは・・・ただの罪滅ぼしみたいなものなのです。私の家を貸し出すことも自分の中の罪悪感を少しでも減らしたい、それだけなのです」


トボトボと歩きながら心の中を少しずつ吐露していく。


「本来であれば私は罪に問われなければいけないのです。何をしたわけでもない無抵抗の人に怪我を負わせたのですから裁かれて当然なのです」


裁かれてって責任感が強いにもほどがあるだろ。


「どうも君は勘違いしていないか?」


「勘違い?」


この子のした事自体は間違っていない、少なくとも俺はそう思う。

街に不審者がいれば対処し万が一に起こり得る犯罪を未然に防ぐ、それが騎士団の存在意義でありこの子の役目。


「確かにやり方は手荒だったかもしれない、だけどそれは今後気を付ければいいだけの話だ。それに君は俺たちが恨みを持ってると思ってないか?」


「恨み・・・でもあんなことをされて嫌な気持ちにならない人なんていないのです」


「まぁ、痛かったのは本当だ。だけど俺と、一緒にいたあいつは君を恨んだり憎んだりはしてない。むしろ感謝してる」


「感謝・・・?どうして・・・?」


ユーリスの声が僅かに震えている。


「元々俺たちは騎士を探していたんだもしかしたら保護してくれるんじゃないかって。記憶を無くして何をすればいいのか何処へ向かえばいいのかも分からなかった。どれだけ探し回ってもそれらしい人は見つからない。半ば諦めて野宿でもしようかと話していた時、君が現れた。きっとあの時連れて行ってくれなかったら俺たちはろくな飯も食えずに地面で寝こけてた。だから」


目の前に佇む少女の瞳は潤みを帯びている。普段は生真面目で何事も真摯にこなす、そんな性格だと聞いた。だけど料理をご馳走してくれた時の上手くできたかどうか不安そうな顔、感想を伝えた時の照れくさそうな顔、無表情が基本だと思っていたがそんなことはなく、ただの年相応の女の子。そんな子に罪の意識なんか持ってほしくない。


最初の出会いは最悪だったけどこの子の違う側面を目の当たりにした俺はそう思ってしまっていた。


「ありがとう、俺たちを助けてくれて」


ユーリスを慰める為のこじつけに近い感謝の言葉、しかし偽りではない。この子に罪悪感を抱えていて欲しくない事は。


「助けた・・・?私は、貴方達を・・・?」


ユーリスは俺を見上げる。その碧眼の瞳から涙が一滴頬を伝っていった。


「ああ、君が、ユーリスがいなかったら俺たちは飢えて死んでたかもしれない」


「そんなにお腹を空かせていたのですか・・・?」


「ほんっっっとうに腹減ってた、だからあの料理の美味しさが忘れられない。ユーリスさえ良ければまた何か食べさせてくれ」


「ですが・・・私は作ったものを人に食べさせたのは今日が初めてだったのです、美味しいと思ってもらえるかは分かりません・・・それでもですか・・・?」


今日が初めて・・・じゃあこれまでずっと自炊して一人で食べてたってことなのか?


「シチューの具材の良し悪しは置いて、あれだけ美味しかったんだ他の料理だって絶対に美味しいと俺は睨

んでいるんだがな」


月の明かりに照らされたユーリスの頬に赤みが差しているように見える。


「・・・がん、ばります。頑張って美味しいって言ってもらえるように作ります」


「楽しみにしてる。だが洗い物とかは任せてくれ、俺は居候させてもらう身なんだから客扱いされると申し訳なくなっちまう」


「・・・分かりました、今日からよろしくお願いしますね」


「こちらこそ」


道端で互いに頭を下げあう。ふと傍から見れば自分たちがおかしなことをしているように見えると気づいてクスクスと笑いながら再び歩き出した。

次回『一人暮らしなのでベッドは一つしかないのです』

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