少女の手料理
こちらへ走ってくる赤髪の女性と競歩のように頑として走らない金髪の少女。
あまりの勢いに驚いている俺たちの前で2人は止まる。
「随分遅かったじゃないか、せっかくユーリスがあんた達の為に飯を作ったってのに冷めちまうよ」
赤髪の女性、まだ本人から名前を聞いてはいないがベルベットさんの言っていたアリスさんだろう。
「作った?」
てっきりここの飯を俺たちにも分けて食わせてもらえるのかと思っていたのだが違ったのか?
この食堂はバイキング形式のようで壁に沿ってざっと見ただけでも野菜、パン、ミートボール、スープなど様々なものが大量に並べられている。一体どんだけの量あるんだ。パン、スープだけでも3種類、メインのおかずになるだろうものは肉、魚それぞれ5種類ずつくらいはあるか。そして料理が並ぶ列の最後尾には赤く小さい果実の乗ったケーキのようなデザートまで用意してある。こんなものが毎日食べれるだなんて天国か?
食堂を見回していた俺にアリスさんは言った。
「そうさ、元々これはユーリスからの償いって話だっただろ?ならもう出来上がってるものをあんた達に食
わせたって何にもならない。ベルベットの診察を受けてる間に夕飯を用意したのさ」
そういう事だったのか。個人的にはあのバイキングを思う存分回ってみたかった気もするが。
すると今まで俺とアリスさんの会話を見ていた金髪の少女、ユーリスが一歩前に歩み出て宝石のような碧眼の瞳で俺に言った。
「あの、私少しでも謝罪の気持ちが伝わればと一生懸命作りました。おいしくできた・・・と、思います。だからできれば食べていただきたいです」
ユーリスは自身の手をギュッと握る。
こんな正体不明の二人組の為にそこまでしてくれたのか。ならば断わる理由なんてどこにもない。少女のいたいけな気持ちを無下になんてできるものか。
「ありがとう、勿論頂くよ。実はもうお腹が空いて死にそうなくらいなんだ」
「そ、それは大変です!急ぎましょう、こちらの席です」
そう言って俺の袖を引っ張るユーリスは心なしか声色が明かるく思えた。
「あぁ、先に行っといてくんな。あたしはベルベットにあんた達の傷の具合を聞いてから行くから」
「先に食べてていいからね~」
腕を組むアリスさんとひらひらと手を振り見送ってくれるベルベットさんに頷き返して席のある場所まで移動する。その間食事をしている女性達になにやら囁かれていたり不思議そうな顔をされることはあったがここに来た当初の様にゴミを見るような目を向けられる事はなかった。ユーリスが手を引いてくれているからだろうか。あの時はまさしく連行って感じだったからなぁ・・・犯罪者と思われていたのだろう。
「ここです、お座りください」
ユーリスが連れてきてくれたのは長テーブルの端、俺たちが入ってきた扉からは一番遠い所だった。俺と後輩は隣に並んで座る。ユーリスは向かいの席に。
料理には冷めないようにだろう、銀のドーム型のクロッシュがかぶせられている。ユーリスが手をかけクロッシュを取る。
「私が作ったのは、シノック牛のシチューです」
「マジでウマそうっすね・・・」
「ああ・・・」
立ち上がる湯気と共に鼻腔をくすぐるのは濃厚なデミグラスとトマトの匂い。聞いたことのない牛の名前だったが肉は大きくカットされていてソースと絡まりあいテラテラと輝いている。
さっきから腹の音が止まらない、唾液がとめどなく溢れてくる。
「そ、それでは・・・どうぞ・・・」
頬を染めて恥ずかしそうに言うユーリスの声と共に俺たちは
「「いただきます!」」
手を合わせスプーンですくい口へ。
「どう・・・ですか・・・?」
期待と不安が入り混じった表情で顔色を窺う。
「あれ・・・これなんすかね・・・」
後輩が手で目を覆う。
「なんだろうな・・・優しさが身に染みて目から何かが・・・」
俺は目頭を押さえる。
ハッキリ言ってもの凄くうまかった。口に入れた途端蕩け始める肉、咀嚼すればするほど広がる野菜の旨味。
「はぁ・・・生きてて良かった」
「その通りっすね・・・」
しみじみと感じる生への喜びを思わず言葉にしてしまう。
いつの間にか皿の中身がなくなっていて、あれ、俺のシチューどこに行った?とキョロキョロしていると心配そうな顔をしているユーリスと目が合った。
「あの・・・味はどう、ですか?」
しまった。食べる事ばかりに夢中になっていて感想も何も言ってなかった。
「あぁ、ごめん。おいしすぎて話す暇がなかった」
素直な感情を口にするとみるみるうちに赤くなるユーリス。
「あっ・・・ええと、よかったです。・・・おかわりどうしますか?」
「ぜひ頂きたい」
「僕もお願いしまーっス!」
「わかりました、ちょっと待っててくださいね」
いつしか皿を平らげていた後輩と俺の皿を厨房の方へ持って行く。
「あの子、ユーリスちゃん?でしたよね。最初はまともに僕らの話聞こうともしてくれなかったし正直印象悪いまであったんですけどなんだかんだでいい子っぽいですよね」
肩肘をついて厨房の方を眺める。
「そうだな、目的への道筋が不器用っていうか。でも本心から謝ってくれてたみたいだしこんなに美味い飯まで作ってくれて」
「おや、なんだいユーリスに惚れたのかい?」
聞き覚えのある声の方へ首を向けるとアリスさんとベルベットさんがこちらへ向かってきていた。
「流石に飯を作ってもらったくらいではそんな勘違いしませんよ」
「そうかい、まぁ仮にあんた達がユーリスに惚れちまったとしてもまだ今の段階ではやれないね」
お母さんみたいな事言うなこの人。
二人はユーリスの座っていた席を開けて俺たちの向かいに腰を下ろした。
「もう話はよかったんですか?」
「ああ、ベルベットからの報告は終わったよ」
「そんなに大したことでもなかったしね」
「それより」
とアリスさんは前置きして。
「あの肉はどうだった」
「肉ってあのシチューの肉ですか?」
「そうさ、さぞ美味かったろう?」
「まぁ、頬が落ちるかと思うくらいには。なぁ?」
「はい、僕らさっきも美味しいって話をしてたんです」
「そりゃ美味いに決まってるさ、ユーリスが丹精込めて作ったってのもあるけどあの肉はシノック牛だからねぇ」
「シ、シノック牛!?」
その言葉を聞いたベルベットさんがガタッと音を立てて立ち上がる。
「ど、どうしたんすか?」
俺と後輩は目を丸くしてわなわなと震えるベルベットさんを見つめた。
「シノック牛だよ!?君たちシノック牛知らないの!?王城で国王様にも出されてる最高級のお肉だよ!?選別して育ちのいい牛しか出荷しないからお目にかかれることなんてほとんどないのに!」
あの肉そんなにいいものだったのか!?俺たちの世界で言うところのA5ランクとかそういう肉だったって事なのか!?いやでも国王が食べるってもしかしたらA5とかそんなもんじゃなくそれ以上の俺たちが想像しえないようなランクなんて上限突破した肉だったのかもしれない。
自分たちが食べていたもののとんでもない情報を聞いて俺も後輩もあんぐり口を開けている事しかできなかった。
「あの肉は少し前に貴族の護衛をした時に礼として貰ったものでね、それをユーリスが譲ってくれと言ってきたんだ。しかも自費で支払うと。あたしは厨房にあるものを使えばいいと言ったんだが聞かなくてね、全く困ったもんだよ」
あの子が俺たちに振る舞うために自費で?そんな高級な肉だったら相当な値段するだろうに。もちろん最初にやりすぎたのはユーリスの方だったけどいくら何でも謝罪というにはオーバーすぎる、あとでちゃんとお礼を言っておこう。
「あっ二人とも戻って来ていたのですね」
両手に皿を持って戻ってきたユーリス、俺と後輩の前にそれぞれのシチューを置く。
「おかわりです、どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます!」
その光景をキラキラとした目で見つめていたベルベットさんは言った。
「そ、それがシノック牛?すっごく美味しそう・・・」
もはや涎をダラダラと垂らす勢いだ。
「ねぇユーリス小皿でいいから少しだけもらえない?」
「すみません、そんなに量は多く作ってなくて今のおかわりの分で全部だったのです」
「あ・・・そうだったのね、しょうがないねそれは・・・」
ベルベットさんがしょんぼりと落ち込んでしまう。
それほどまでに希少価値の高いものなんだ、この肉は。
「ベルベットさん、俺ので良ければ食べます?」
この人には怪我の治療もしてもらったし世話になった、ささやかな礼として喜んでもらえれば少しやるくらい全然かまわない。
「え・・・でも、いいの?」
「もちろん」
「じゃあ・・・一口だけ・・・」
シチューの皿を彼女の前までずらす。スプーンですくい光り輝く高級肉を口へ運んだ。
「ン~~~~~~~ッ!」
両頬をおさえてニコニコとした笑顔で美味しさを表現する。それを見ているユーリスもはにかんでいるようだった。
満足してくれたみたいで良かった。
やがて戻ってきたシチューを俺も一口。うん、やっぱり美味しい。
「あー、飯の途中で悪いが記憶のない二人には色々と説明しなくちゃならん。あたし達の事はともかくこの国の事さえも分からないんだろう?」
アリスさんの言葉には多少の張り詰めた空気みたいなものが含まれてるように感じた、きっと真面目な話だ。
「全く何にも覚えてない」
「僕もです」
下手に口をはさんでボロがでないとも限らない、話を続けてくれる限りは聞いていよう。
「分かった、じゃあ説明を始めよう。この国の名称はアグリスト王国、現国王であらせられるトリステント・アーサース・アグリスト殿下が一代で建国なされた我々人類の為の国家だ。国としての歴史は深くはない、がこれから先幾百幾千と続いていくだろう強国である。そして我々はこの国に住まう民と王を守る騎士団。王直々の命によりアグリストの守護を任ぜられた者、アグリスト騎士団である・・・ってやっぱ疲れるもんだねぇこの話し方」
頭をガシガシ掻きながら国の事、騎士団の事を話していた時の威厳ある雰囲気からこれまでの話しやすくいい意味で着崩れた雰囲気へと戻る。
「自己紹介が遅れてすまないね、あたしはこのアグリスト騎士団団長、アリス・リアルト・フィアナだ。フィアナと呼んでおくれ」
フィアナ?ああ、ベルベットさんが言ってたなアリスっていう名前を呼ばれるのが嫌なんだった。
「はい、未だ自分の名前は分かりませんがよろしくお願いしますフィアナさん」
「よろしくお願いします」
俺と後輩は座ったままだが頭を下げた。
「ユーリスも自己紹介しときな、きちんとしたのはまだだったろう?」
「はい、そうですね」
ユーリスが背筋を伸ばす。
「私の名前はユーリス・アクレシア・クミントと申します。アグリスト王国騎士団副団長を務めさせて頂いています」
ぺこりと頭を下げる。
「ベルベットは・・・もうしたんだっけか?」
「うん、自己紹介は診察の時に済ませてあるよ」
「そうか、なら今から話すのはこれからの事だな」
アリスさんは自身の両指を絡ませ顎をのせた。そういうポーズ昔なんかのアニメの司令官がやってた気がするな。
「これからの事?」
これから、というのは具体的にどれくらい先の事を言っているのだろう。明日?一週間後?それとも一年後?
「そうさ、あんた達が決めないといけないのはズバリ今日の寝床さ!」
今日の夜すなわち今、寝る時間と考えれば数時間後の事だった。
「いやえっと、都合のいい事かもしれないですけど俺はそちらで確保してくれているものと・・・」
自分で言っていてもまぁ勝手なことだと思うがここ以外では言葉も通じない以上騎士団の方で都合をつけていてくれると思っていたのだが。
「あたしも最初はそう思ったんだけどねぇ、この騎士団は主に寮制なんだけど空きが一人用の一部屋しかなくてね、もう一人の寝場所がないのさ」
マジかよ・・・じゃあ一人は野宿の可能性も?そんなの疲れなんてとれやしないぞ。
「医務室のベットとか借りれませんかね?」
たまーにいい事を言う後輩。だがその提案にアリスさんは首を横に振る。
「医務室は基本ベルベットがいないと使用禁止なんだ。すまないね、さすがにベルベットも自室で休ませたい」
「そうですか・・・」
その通りだな・・・ベルベットさんも一日働いてたんだもんな俺たちの我儘で休息を奪ってはいけない。
「という事であたしは代案を考えた」
「代案?」
「そうさ、まずはこのくじを引きな」
アリスさんの手に握られていたのはどこから取り出したのか二本の細い棒。それをこちらへ差し出してくる。
「一本には赤い印、もう一本は無印さ」
なんだ王様ゲームでも始めるのか。
「印が当たるとどうなるんです・・・?」
恐る恐る聞いてみる。
「それは当たってからのお楽しみさね、さぁ引きな」
後輩と顔を見合わせ、俺は左の棒を後輩は右の棒を勢い良く引いた。
棒の先端を見ると印が付いていたのは・・・俺だった。
するとニヤリと笑ったアリスさんは俺に顔をグイっと近づけユーリスを指さしながら言った。
「あんた、この子と同棲しな」
次回『絶対に襲ったりしちゃダメですよ!物理的にも社会的にも抹殺されちゃいますから!』