真面目で堅物、融通は効かない
一縷の望みをかけて発したその言葉は建物中に響き渡る。記憶喪失、そういう事にすることで追及を逃れられるかはわからない。だがこうするしかなかった。
「ふざけているのですか、言いましたよね、場合によっては切ると」
ユーリスという少女が剣を抜きながらこちらへ近づいてくる。
ふざけてるわけあるか、こっちだって必死なんだ。
「ふざけてるわけじゃない、俺たちだって困惑してるんだ。気が付いたら2人で道端に立っていたんだから」
俺の首元に当たるギリギリで剣を止めたユーリスは眼光鋭く俺を見据えていた。
「そんな言葉を私が信じるとでも?」
「信じてくれなきゃ困る」
「証拠はあるのですか、貴方達の記憶がないという」
記憶がない証拠ってどうやって提示するんだろうな。
「あったらとっくに出してる、だけどそうだな・・・今の俺たちは自分たちの名前どころかここがどこなのかもわからない、あんた達が俺たちに何者かを聞いたように俺たちにもあんたらの事教えてほしいもんだ」
少女は一瞬目をそらすがすぐにまた俺を真っ直ぐに見つめる。
「記憶がないにしては・・・落ち着き払っているように見えますが」
「連行される前にパニックになるのは済ませたからな」
「ですが・・・!」
この子の言いたいことは分かる、恐らく騎士団であろうこの組織においてこんな得体のしれない二人組を放っておけない気持ちも俺が言った事は今この状況においては都合がよすぎるという事も。だけどきっとこの子は嘘だと決めつける事はできない、それは確証がないから、俺たちは罪を犯した訳でもない、ただ不審者として通報されただけ、赤髪の女性は言っていた『ユーリスは真面目過ぎる』と俺たちへの有無を言わさぬ連行も命令を受けて彼女なりに真摯にこなした結果であるならば人を守る立場にある彼女たちは『もしかしたら』という極小の可能性を捨てられない。
というかむしろ騎士の誇り的なものを捨てられては困る。俺たちが死ぬ。
人の善心を利用するようで気が引けるが・・・
「ユーリス剣を引きな」
俺たちの会話を傍観していた赤髪の女性は椅子から立ち上がりながらそう言った。
「記憶喪失ね・・・じゃあなんだい、あんた達が街をうろついてたのも記憶を無くしてどうすればいいか分からなかったって事かい?」
「ああそうだ、だけど話しかけても言葉が通じなくて路頭に迷ってた所をあの子に捕まった」
俺は今しがた剣を納めた少女に視線を向ける。
「なるほどねぇ」
顎に手を当て何かを考え始めた。
「なぁ気になってたんだけど」
「ん?なんだい」
「俺たちの事を何者だと思ってる?」
「今それを聞くのかい?あんたらがいるこの場所やあたし達の正体とかではなく?」
「その腰に携えてる物とか街の人間から通報を受ける立場にある場所だって事は想像できた」
「へぇ・・・案外頭がいいんだねぇ、記憶がない人間ってのは普通あんな風に呆けてるもんじゃないのかい?」
女性が視線で示したのは状況が把握できずにボーっと座り込んでいる後輩。
まぁ普通は貝の中に閉じこもるヤドカリの様になってもおかしくない、記憶がないと言いながらまともに会話している俺の方がおかしいだろうが多少は踏み込んででも身の潔白を示さなければ。
「精神的に弱いんじゃないか?名前も知らん男だが、それで?」
「あんた達が何者かなんてあたしに聞いてどうすんのさ、こっちが教えてもらいたいくらいなのに」
「でも予想くらいはしてたんだろ?頭良さそうじゃないかあんた」
俺が何者かなんて俺が一番よく知ってる、今はただの異世界人だ。だけどなぜ今日初めてあった人間にこんな事を聞くのか、それは違和感を覚えたからだ。俺たちをここまで引っ張ってきた少女、何故あんな手荒なマネをしてまで俺たちを連れてきたのか。真面目で堅物な性格だったら上司の命令には必ず従うはず、その少女が武力でも圧倒的に有利なはずなのに魔法までも行使した、たかが街をぶらついていた不審者にそこまで?
ならばそれ相応の命令を受けていたはず。
『なんとしても無力化しここへ連れてこい』
あくまで推測に過ぎないんだが俺にはただ怪しいというだけで力を注ぎすぎなのではないかと疑問を持っていた。
「はぁ・・・あたしの予想なんて途中から大外れだったさ」
やれやれ、と頭を振って女性は語り出した。
「本当はね、一番最初はあんたらの事他国の間者なんじゃないかって思ってたのさ、近頃そういう輩が増えてるもんでねぇ。だけどあんたらは間者にしちゃああんまりにも雑すぎる」
「雑?」
「そうさ、間者ってもんは秘密裏に敵国の内情を探るもんさ、それがただの街の人間に怪しまれる所か言葉さえ話せない。ユーリスには最大限の警戒を持って接触するように言ったけど、あたしも働きすぎかねぇよくよく考えれば分かったことがきちんと判断出来てなかったみたいだ」
はっはっは、と豪快に笑う女性、いやなに笑ってんだ。
「最大限の警戒って問答無用で剣突き付けて、人の食い物ダメにして街中を引きずり回す事なのか?」
流石に笑って流せることではない、不審者がいたからって無抵抗の俺たちをそこまで手ひどく扱っていいわけがあるまい。大体不審者って、しょうがいないだろこの世界のこと何にも知らないんだから多少おかしな行動取っててもそれは情報を集めるためであってだな。それとも何か服装か?白衣、白衣を脱いどけばよかったのか?
・・・確かに街中では浮いてたかもなぁ。
「・・・ユーリス」
「はい」
赤髪の女性に呼ばれるとすぐさま返事を返し向き直る。
「この人達は無抵抗だったのかい?」
「はい、抵抗する隙も与えませんでした」
金髪の少女は無表情に、さも当然のことのように言う。
「街中を引きずり回したのかい?」
「引きずり回した、という表現は適切ではありません。『空気の輪』で手首を拘束したのち連行途中も立ち上がらないので私が先行してここまで導いたというのが正しい表現です」
一体あの行動のどこを美化したらそういう言い方になるのだろう。というか前を進む相手に引っ張られているのにどう頑張ったら立ち上がれるんだ。
「この二人の服がボロボロなのはそのせいかい・・・食べ物っていうのは?」
「私が剣を突き付けて無力化する際にあの人が手から勝手に落としました」
「いや、勝手にじゃねーよ!驚いて落としたんだ!」
あまりにもでデタラメな事を言うのもだからつい言い返してしまった。
「はぁ・・・そういう事かい・・・」
女性は眉間にしわを寄せながら頭を抱える。
「本当にすまない事をしたね、この子も悪気があったわけじゃないんだ。正義感は誰よりも強くて志は高いだけど・・・融通が利かない上にさっきの事割と本気で言ってるのがねぇ・・・」
あっこの人も苦労してそう。
「ユーリスの行動に関しては監督不行き届きのあたしのせいでもある、それを踏まえた上で言わせてもらうがね、やっぱりあんた達は謎なのさマナを有していない、それだけでも十分だってのに記憶喪失なんてね。あたしも正直お手上げさね」
肩をすくめて言う女性は俺たちを交互に見やる。
「だから今回は保留、あたし達の不手際もあったしね」
ふぅ・・・どうにか危機は脱したか?少なくとももう拷問とかはなさそうだが・・・これからどうしたもんかね。腹減ったなぁ。
「とりあえず、ほらユーリス謝りな」
「何故でしょう?私は職務を果たしたはずですが」
小首を傾げ疑問を投げる。
「加減ってものがあるだろう、相手の力量が測れないあんたでもなし、やりすぎだよ」
「そうですか・・・やりすぎ、ですか・・・」
俺はまるで叱られる子供と親を見てるみたいだなと思った。しゅんとすっかりしおらしくなってしまった少女が俺たちへ向き直る。
「すみませんでした、私は目の前の為すべきことに頭がいっぱいで貴方たちの事を考えていませんでした」
深々と頭を下げる。
俺はいつの間にか意識を取り戻していた後輩と顔を見合わせ。
「まぁ確かにひどい目にはあったけど、君が周りが見えなくなるほどに一生懸命やってるって知ったら何も言えないよ、お腹空いたけど」
「一時は死ぬかとも思いましたけど、拷問も免れて結果オーライっすかね、擦り傷が痛いっすけど」
少女は少し困った顔になる。どうやら俺たちの皮肉を真に受けてしまったようだ。
「真面目だなぁ」
「真面目っすねぇ」
「うちの子をあまりいじめないでおくれよ、これでもこの騎士団の副団長なんだから」
少女の頭に手をポンッと置いたその姿はやっぱりどこか親子のような関係性を感じさせた。
「それはそれとしてきちんと償いは必要だ、ユーリスのおかげで食いっぱぐれちまったあんた」
「ん?俺か」
「そうさ、あんたにはユーリスが特に迷惑かけたみたいだからねぇ。特別にうちのかわいいかわいい副団長がなんでも言う事を聞いてくれる権利をやろう」
「なんでも!?」
「なんでもさ」
マジで!?そんな事言っていいの!?下種な人間だったら何されるか分かったもんじゃねぇぞ。いやいやいい年した俺は別にそんな事命令したりしないけど。あくまでそういう人間がいるかもしれないってだけで。
「だが本人の許可も取らずにそういう事は・・・」
「ユーリスダメかい?」
「いいえ、私も償いは必要だと思います」
そこまで真面目にならんでも・・・そんなに償いたい衝動に駆られてるのか?
「ユーリスもこう言ってるよ?」
これはどうしたものか、もしここで俺が下種に堕ちればこの世界での俺の立場は終わる。せっかく記憶喪失と偽りここまでこぎつけたのにそれでは全てが水の泡だ。元より俺にはいたいけな少女をいたぶる趣味もない。だが、しかし
「ゲッヘッヘ、そこまで言うなら責任は取ってもらうぞ」
人間には三大欲求というものがある。食欲、睡眠欲、性欲だ。またとないこの機会逃すわけにはいかない。
息を吸い込み頭を下げながら言った。
「食べるものを下さい」
次回『あんた、その子と同棲しな』