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楽しいお散歩

剣を向けられる、俺たちの世界ではほとんどの人間がそんな事経験しないだろう。もちろん俺もそっち側の人間だったさ、今この時までは。


思いがけないいきなりの出来事、金髪碧眼少女が俺に切っ先を向けている。そう頭が理解した時にはそいつはもう俺の手の中からすり抜け、重力の力を借り急降下を始めていた。

地面(デッドライン)まで30cm、俺の反射神経ではそこまで落ちてからしか気づけない。すくいあげる様に右手を伸ばす、手のひらでバウンドしあらぬ方向へ、左手で掴みかかる、こうなったらもう原型を留めていなくてもいいただ口に入れられる状態だったならそれで・・・。

だが無情にも掴んだのは空、俺の唯一の食料はぽて、っと砂利という名のふりかけを纏った。


「あああああぁああぁああ」


人目も憚ることなく砂利おにぎりの前に膝を折る。


「この世界では飯を食う事も許されないのか!そんな世界なら滅んじまえ!」


通りすがる親子が変なものを見る目で足早に通り過ぎて行く、しかもさっきまで俺に剣を突き付けていた少女までもが怪訝そうな目でこちらを見つめる。誰のせいだと思ってるお前のせいだからな!?


「先輩!大丈夫ですか!?」


後輩が駆け寄ってきて俺の肩に手をのせる。


「大丈夫じゃねえよ・・・俺の大切なものが汚されちまった・・・」


「なんて酷いことを・・・でも砂に塗れてとろろおにぎりに見えないこともないですね」


「ぶっ殺されたいのかてめぇ!砂利とろろにぎり口の中にねじ込むぞ!?」


「いや、本当にそれは勘弁です」


こいつ実は俺を気遣う気ないんじゃないのか?おにぎり半分分けてやった恩をもう忘れやがったのか?せめて少しでも食べれるところを・・・そう思って手を伸ばした時、どこからともなく飛んできた鳥がおにぎりをかっさらって行った。


「・・・・・・」

唖然。もう何も言えない、俺はただ遠くの空へ消える鳥の背中を見ている事しかできなかった。



「まぁ先輩、ドンマイっす」


こいつは俺の殺意を掻き立てる天才か。


すとん、と俺の隣に腰を下ろすもう一人の影。俺がおにぎりを落とした原因である金髪少女だった。先ほどの剣はもう鞘に納めており、その代わりに手には白い個体、俺には砂糖菓子の様に見えた。

それを憐みの目でこちらに差し出している。


いやでも原因は君だから!憐れむんじゃなくて申し訳なさそうな顔してほしいな!?


食べ物であろうそれを俺に取れと言わんばかりに近づけてくる。一応さっきのお詫びという事なのだろうか。

まぁだとしたら仕方ないな、実際この少女に責任はあって俺は腹を空かせている受け取らない理由はない。悪いことをしてしまったら謝る、当然のことだが人として大切なことだと思うよ俺は。謝られてはないけど。


少女の手に乗っている物を取る、だがその瞬間俺の手は尋常ならざる力で掴まれた。


「え?」


『――――――』


何を言ったのかは分からない。もとよりこの世界の言語は理解できないが、またそれとも違う別の言語を聞いた気がした。

手を握られた瞬間は潰されるのではないかとも思ったが、気が付くと少女の手は離されていてその代わりに手首に違和感を感じた。


「なんだ?これ」


俺の手首にはめられていたのは輪っか。だけどその材質は鉄などではなく、というか物理的なものでもなく、そうだな淡い光を放つ黄緑色の粒子が俺の手首の周りをグルグルと回っている。一体これは?

状況が飲み込めない俺は少女の顔を見やる。


・・・なんという事だろう。ついさっきまでの憐み顔はどこへやら、少女は俺に剣を突き付けた時と同じ、凛々しくも獲物を捕らえる狩人のような目つきへと戻っていた。向けられているのは敵意、そう感じとった俺はとっさに後輩へ警告をしようとするが、もう遅かった。俺の両手首と同じく後輩にも輪っかがかかっていた。


「先輩、これはっ」


「俺にも分からんッ」


少女に抗議の声を上げようとしたがその前に少女は何かを引っ張るような仕草を見せる。


「うおっ」


「なんすかこれっ!」


少女は縄や紐などは持っていない、だが俺たちに付いた輪っかは少女が歩き出した方向に引っ張られる。


「いきなりなにすんだ!」


「この子すごい力なんですけど!」

俺たちは腹ばいのままズリズリと連れていかれる、どれだけその力に抗おうとしても少女が見えない縄を一引きすると、たちまち引き寄せられ俺たちにはなす術がない。きっとそこらを歩く人には言うことを聞かない犬の散歩の様に見えているんじゃなかろうか。



引きずられ続けて30分くらいは経っただろうか、俺たちはもうとっくに抵抗は諦めてどういう体勢で引きずられれば体にかかる痛みが和らぐかを探していた。


「せんぱーい、服が破れて擦り傷が痛いんですけどー」


「右半身が痛いなら左半身を下にしろよー」


「僕らのリュックあの場所に置いてきちゃいましたけど大丈夫ですかね~」


「別に盗られたところでろくなもんは入ってねぇよ」


「もう日が沈みますけどいつまで引きずられるんですこれ」


「さぁな、あ、ズボン脱げそう」


ベルトごとズボンが持って行かれそうになるがどうにか体勢を変え調節する。そんな間にも少女は進み、ふと足を止めた。気づけばそこは石橋の上、俺たちは何事かと少女を見るが、見るべきものはもっと先にあった。そびえ立つのは巨大な門、しかも少女の纏う服にあるものと同じ竜が描かれている。


少女が門へ何か声をかけた。すると、ゴゴゴゴと轟音を立てながら重厚な扉が開かれていく。この娘の目的地はここか。


少女はこちらを一度振り向くと再び歩き出し門の奥へと進む。俺たちも引っ張られるまま中へと連れ込まれた。

門の中に入ると先ほど少女が声をかけていたのであろう2人の門番が出てきて何か言葉を交わす。その門番は少女と同じ装いで10代後半くらいのこれまた少女たちだった。


話し終わったのだろうか少女は歩き出す、門番たちは敬礼をし俺たち、というか少女を見送った。


広大な敷地を散歩される中で俺は違和感を覚えた、門番といいさっきからすれ違う人といい女性としか会わない。しかも全員腰には剣を携えており、俺たちを連れまわす少女に深々と頭を下げている。その一方で俺たちはゴミを見るような目で睨まれるのだが。

・・・後輩がなぜか嬉々としている気がするが触れずにいよう。


やがて少女は一つの建物の前で足を止めた。そこは西洋風に石で作られているが一階建ての平屋のようなところだった。扉をノックすると中から声が聞こえて少女は扉を開き奥へと進んでいく。


建物の中は木造で長テーブルが2つ並んでおり4つの大きな窓から夕陽が差し込んでいた。その一番奥、長テーブルとは別にある両面2人ずつくらい座れそうな机に誰かが座っていた。ちょうど影になっていて見えにくい。だが少女が近づくにつれて次第にその姿が露になる。


燃えるような赤髪をポニーテールでまとめ、左目には黒い眼帯を付けた女性。歳は俺と同じくらいだろうか、椅子に座っているため背丈などは分からないが彼女の最たる特徴は


「先輩、あの人胸でっかいっすね」


わざわざ小声で言わんでいい。あともうちょっとオブラートに包め。

書類を書いている様子の彼女に少女は敬礼をして何かを言い始めた。ここがどういう場所なのか大方予想はついている、そしてこの敷地に入ってからの少女に対する周りの態度、そんな少女が敬意を表すこの女性はきっと。


少女は一通り報告を終えたようで、赤髪の女性から何か一言言われて俺たちの方へ向き直った。


『――――――」


少女が言葉を発した途端、俺たちの手首を拘束していた輪がパリンッ、っと音を立て消える。拘束の跡などは全く残っておらず、痛みもはなかった。あ、体は別だぞ?擦り傷はもちろん痛いし打撲もある。

久々の自由に手首を動かしながら立ち上がると赤髪の女性が座ったまま話しかけてくる。何を言っているか分からない俺たちは顔を見合わせることしかできない。


すると赤髪の女性は金髪の少女に何かを命じるような素振りを見せた。

もしかしてまた拘束とかされるのか?身構える俺たちに両手を向けて言葉を紡いだ。


『――――――――』


その直後少女の手に発生したのは翡翠色を帯びた風、思わず目を閉じる。


・・・・・・あれ?何も起こらない。そっと目をあけると少女自身も目を見開きキョトンとしていた。なにが起きた?さっきのは明らかに俺たちに向かって何かをしようとしていた。失敗した・・・のか・・・?


だからといって俺たちは別に逃げようともしない、たとえ相手が女だったとしてもここには俺たちの世界にはないものが存在している。それ以前に剣を持っている時点でどちらが強者であるかなんてわかりきっている。

俺たちが事態を全く把握しないまま、また2人は話し始める。いや今度のは意見のぶつけ合いみたいだな、言い合いというほどでもないが予想外の事態に困惑しているみたいな?



話しが付いたのか金髪の少女がツカツカと近づいてくる、次は何をする気なのか。少女は俺の目の前で立ち止まりじっと見つめてくる。


なになになに次は何するの怖いんだけどつかめっちゃ近い、あっまつ毛なっがこの娘。


作りものの様に美しい顔に思わず見惚れそうになってしまう。


自意識をきちんと持て、いかに美人でもこの娘は俺たちを問答無用で拘束して強制お散歩を決行した張本人だぞ。引きずりまわされた体の痛みを忘れてはならない。


「うひゃッ」


ツゥ・・・っと首筋を冷たい何かが這う感覚に襲われて現実に引き戻される。見ると眼前の少女は黒い革手袋を外し俺の首元を撫でていた。


一体何をされているんだ俺は。その行為が30秒ほど続きおもむろに少女は手を放す。そして赤髪の女性へと振り返り頷きあう。彼女たちは無言で何を語り合ってるんだろう。

少女は元いた赤髪の女性の隣へ戻る。


―――それは唐突だった。


『―――――――――』


突如として少女は言葉を紡ぎ出し、それが終わるのと同時に彼女たちは淡い光に包まれた。


『この言葉が、分かりますか』


―――俺は幻聴だと思った、だけどその凛とした鈴蘭のような声は俺の耳に馴染んで染みていく。


『聞こえてるんなら返事くらいしてくんな』


俺には赤髪の女性がそう言ったように聞こえた。だがあり得るのか?この世界にきて誰一人として俺たちと話せた人間はいなかった。宿屋の受付だってそうだし、この二人だってさっきまでは意思の疎通もできなかった。これがあの光のせいだっていうんならやっぱりこの世界には魔法が―――。


「あ、ああ、分かる、言葉が聞こえる」


唖然としながらも俺は答えた。初めて、異世界で言葉を交わした。話す言葉が分かるというのはこんなに素晴らしい事だったのか。その感動は後輩も同じだったようで、パクパクと口を開閉し言葉を探している。


「突然で申し訳ありませんが、貴方達にはお聞きしたいことがいくつかあります」


俺たちの感動などは微塵も伝わっていないらしい、それどころか少女の目つきは今までで一番鋭く右手は剣に添えられていた。


「返答次第では一人を切り、もう一人を拷問にかけなくてはいけません、もちろん拷問は私ではなく専門の者が行いますが」


拷問!?なんで!?しかも一人は殺されるの!?


「おいおい、いきなり拷問の話をしても委縮させるだけだろう、すまないね、この子は真面目でバカ正直すぎるんだ」


少女を制して前に出たのは赤髪の女性、座っているときは分からなかったが豊満な胸、すらりとした肢体、10人いれば10人がそのスタイルの良さに賞賛の声を上げるだろう。


「あたしらは街のモンから白服着た不審者がうろついてるって通報を受けたんだよ、宿屋の受付からは言葉も喋れないようだと情報をもらった、率直に聞くがアンタら何者だい?どこの国から来た」


俺たちを脅しはしないが、痛い所をついてくる。何者?ただの研究員です。どこの国から来た?異世界です。なんて言って信じてくれるだろうか、まぁまず信じないよな俺が逆の立場でも信じない。どうしたものか・・・。


「あたしとしても本当はそこのユーリスが手荒なマネして連れてきちまった事を謝って、服も弁償させて傷を回復(ヒール)して家に帰してやりたいんだけどねぇ、街で罪を犯した訳でもないし、でもさっきそうもいかなくなっちまった」


頬杖をつきながらまるで愚痴をこぼすように言う。


ユーリス?金髪の子の名前か。この人の言う通りぶっちゃけ俺たちは何もしてない。何かを盗んでもいないし、拘束されるいわれはない。だがさっきか、なにかしたか俺たち。思い当たる事なんてないぞ。


琥珀色の隻眼で瞳をじっと見つめられる。その視線は俺の心の中まで見透かされてしまいそうなものだった。


「思い当たる節なんてないって顔だね、本当に分からないのかそれともあたしの目を欺けるほどシラを切るのが上手いのか」


シラを切るも何も一体何を疑われているのかすら不明だ。表面上は素っ頓狂な風なのに本当はデキる奴みたいな設定にされても困る。


「だけど、まぁいいだろう一応説明しとくよ」


そりゃありがたい、俺たちは何も知らなさすぎる。この世界の事も、今こうして尋問されている理由も、情報が足りない。


「あんた達は今こうしてあたしの言葉を聞いてその意味を理解できている、だけどそれはユーリスが言語変換魔法を使ったからだ。さっき見ただろ?あの光の事さ。あんた達は元々この国の言葉を喋れなかった、それは宿屋にも確認したし街で話しかけてたっていう娘にも聞いてきた。だからここに連れてきて言語変換魔法で意思疎通を図る魂胆だったんだけど・・・あたし達の意に反して問題が起きた。一回目の魔法、ユーリスがあんた達に手をかざした時なぜか発動しなかったのさ、失敗したわけじゃない、弾かれた、とでも言うのかねぇ、だけど本来それはあり得ない。なぜなら言語変換魔法のような人間のマナに直接干渉する魔法は魔力的防御を施されている人間にしか防げないからだ。それが有害であれ無害であれ、ね。だからあたし達は困惑したのさ、一見なんの魔法防御もしていないあんた達に何故魔法が効かないのか。その理由はユーリスがあんたの首に触れることで明らかになった」


待て待て待て一気に喋るな情報量が多すぎて飲み込めん。言語変換?それが発動しなかった?マナ?魔力的防御?もっとわかりやすく、かつ、もしも自分が話しかけている人間が異世界から来た何も知らない男二人だったらという想定で頼む。


後輩に至っては脳の思考回路が完全にショート、口をポカーンと開けている。だが俺たちを置いてきぼりにして女性は話し続ける。


「あんた達の体内にはマナが存在しない。全くもってびっくりさ」


存在しない?マナっていうのは必ずないとダメなものなのか?


「さっきも言ったように魔法には直接人間のマナに干渉し作用する、そういうものも沢山ある。だけどあんたらの体内にはマナが存在しない、なら魔法が効かないのも納得できる。外部から内部へ干渉する為の()()がないんだからねぇ。結局はあたしとユーリスに言語変換魔法を使うことでこうして解決はしたんだけどここでまた疑問が生まれる」


その目にナイフのようなギラつきを宿らせ目を細める。


「マナを有しない人間なんてあたしは聞いたことがないんだよ」


その言葉に背筋が凍り付いた。マナが存在しない人間を知らない。だとしたらこの世界では人間の体内には必ずマナというものが存在している、それが常識であり常。なのにマナを有さない人間が一人ならまだしも二人、しかも行動まで共にしている。偶然では済ませられない。


「万が一、億が一、マナを宿さずに生まれてくることもあるかもしれない、だがそれでもこの国の事は全てあたしの耳まで届く。あたしが知らないはずがない。なのに・・・その万が一が同時に二人、行動まで共にしているなんて

―――もう一度聞く、あんたら一体何者だい?」


その低い声には威圧にも似た重い圧力と確実に真実を吐かせるという固い意志を感じさせた。


どうしよう、逃げ場がない言い訳できる余地がない。ここで『俺たちの事を知らなかったのなんて偶然ですよ偶然、HAHAHA』なんて言ったら後ろに控えているユーリスとか言う子にバッサリいかれそうだし、そこを深堀されて家族の事だとか学歴だとか聞かれても答えられない。後輩なんてもうこの状況と緊張で目を回してるし。どうすれば・・・なにかいい感じにはぐらかす事ができてマナとやらがない事に関しても知らぬ存ぜぬで通せる理由を・・・!


「どうした?何者なんだと聞いているんだ、説明できないのかい?」


もう一押しで吐かせられると感じたのか追い打ちをかけてくる。それに対して俺は


「じ、実は・・・」


「実は?」


「―――俺たち記憶喪失で何も覚えていないんだ!!」


全ての記憶を抹消することにした。

次回、責任はとってもらうぞ

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