おむすびころころ
呆然とする俺たちを置いてそれでも時間は流れる。行きかう人々の波には切れ目がなく、立ち尽くす俺たちを避け、時には怪訝な目を向け通り過ぎていく。
だが今の俺たちにはそんなことは全く気にならない、気にしている余裕がない。なんだどうなっている。昔なにかの本で見たような色とりどりの建物が軒を連ねるこの街並みはなんだ。石畳の大きな道を一つ挟んで両側には屋台がどこまでも立ち並んでいる。俺たちは西洋にでも来てしまったのか。
いや、違う俺たちが来たのは異世界のはずだ。
俺は横にいるはずの後輩を見る。もちろん驚いていたプルプル震えながら。
「せ、先輩・・・あれ・・・」
どこかを指さしながら俺に促す。その先には
・・・・・・まじかよ。
後輩が示したのは道行く人。だがその頭には獣耳、俺たちの知っている人間ではない。あれは―――
「じゅ、じゅ、獣人だと・・・?」
正しく様々な物語に登場する獣人、そのものだった。だが周囲の人々はそれを気にする様子もない。俺たちの世界ではまずありえない光景。
「先輩、やっぱりここって・・・」
「ああ、なんてこった」
俺たちは本来、扉を出て草原に着くはずだった。それがどういう訳かこんな街中に扉は繋がっていた。完全に不慮の事態、予想外の展開だ。
「なぁ後輩よ、どう考えてもこれは事故だ。一体誰が扉の先にこんな世界が広がっていると予想しただろう。正しく神の思し召し、つーことでせっかくだからブラついて」
またとない機会逃すわけにはいくまいと後輩へ振り返る。
「先輩!大変です!僕らが通ってきた扉が開きません!」
「お前なに取っ手ガチャガチャしてんの!?」
「でも一大事です!」
「そのとおーり!」
扉が開かない、確かにそれは一大事だ。なんせ帰れないからな。だが俺たちは同時に大義名分を得た。帰れないから生きる為に街を散策しました。人間が生に執着して何が悪い、死にたくないから生きるのだ。
「ようし後輩よ帰れないなら仕方がない、ほんっとうに困った事だが苦渋の決断として我々の生命を維持
するために街を散策するとしよう!」
「めっちゃ生き生きしてますね」
当たり前だ、あのいけ好かないオールバックの人形として動くのではなく、俺たち自身の意思で行動できる。この未知に溢れた異世界を。
さて、散策をするのはいいがまずはどこへ行くべきか。それよりもどこに何があるか俺たちは何も知らないわけなんだが、そこらを歩いている人に聞いてみるか?だがなんて?
『なにをすればいいかどこへ行けばいいか分からないんですが教えてください』
そんな事を言ったとしても
『こっちだって知らねぇよ』
って返されるに決まってる。当たり前だ。こんな時元の世界だったらどうする?そう、俺たちはよく分らん海外に連れてこられて放り出された観光客。だったらまずは信用の置ける国家の治安維持組織、警察の下へ向かう。それだ、ここが一つの国である以上警察のような組織があるに違いない。
「よし、警察に行こう」
「えっ!?こっちの世界へきてまだ10分も経ってないのに先輩は一体何をやらかしたんですか?」
「出頭って意味じゃねぇよ」
「冗談ですよ、警察ですか・・・まぁそういう市民の安全を守る組織みたいなのはありそうですけど、ファンタジー的に言うと騎士団?」
なるほど騎士団か、さっき見た獣人の存在が確かな以上国家に属する騎士団みたいなものがいてもおかしくない。むしろこの異世界が俺たちの言うファンタジーなのだとしたらそっちの方が普通だ。なら魔法とかもアリか?・・・ん?よく考えるとこの世界って
「俺たちの言葉って通じるのか?」
「あっ」
顔を見合わせたまま硬直。
「でもそれは誰かと話してみれば分かることだし」
「そっそうっすね!」
ぶっちゃけ日本語が通じる可能性が見つからない。だって近くにある木の実や果実を売っているであろう屋台の商品説明の札とかなんて書いてあるか分からないし、大体元の世界でも世界共通語って英語じゃん、地球でも日本語なんてごく一部でしか通じないのにこんな異世界で通じるはずがない。
「とりあえず物は試しだ話しかけてみるか」
「はい、じゃあ僕はあっちで聞いてきます」
「おう」
道行く人の中からなるべく優しそうな人を探す。
・・・・・・あの人にしよう。
「すいません」
俺が話しかけたのは亜麻色の髪に膝下まである茶色のスカートと黄緑の上着を羽織ったいかにも町娘といった感じの少女だったが
―――ダメだった。騎士団のいる所はどこですか、警察の交番はありますか、などと聞いてみたが最終的には少女を困らせてしまった。どうしたもんかな、これ。
「ププッ、先輩振られてやんの」
いつの間にか戻ってきていた後輩がひょっこり顔を出す。
「うるせぇ、そんなに殴られたいなら素直に言え」
「それは勘弁です、すんません」
「で?どうだった」
「ダメでした、試しに簡単な英語でも聞いてみたんですけど首を傾げるばかりで。どうしましょう」
「どうするってお前自分の足で探すしかないだろ、騎士団にしても警察にしても甲冑なり制服なりを着ているはずだ、それだけで身分の証明になるからな」
「なるほど、さすがにこれだけの人通りがあれば何人かくらいは巡回してそうですしね、でも仮に見つけられたとして僕らを保護とかしてくれます?言葉が通じないのも問題ですけどこの世界において僕らの身分を保証してくれる人とかいませんし・・・すっごい怪しまれません?」
「たまーに的を射た事言うよなお前」
「それ遠回しに普段僕の頭が空っぽだって言ってます?」
「・・・・・・いや?」
露骨に頬をむくれさせても俺からしたら可愛くもねぇよ。だが今こいつが言った事はまさにその通りで騎士団やらに助けを求めたとしても理解されないどころか、俺たちが何者なのか取り調べ、尋問が始まりかねない。でも一番でかいのは言語の壁だよなぁ。
今現在、まだ日は高く俺たちの感覚では昼なのだがこの世界の時間の流れや日の沈む速さなどを知らない以上なるべく早急に寝床くらいは確保しておいた方がいいだろう。だがどこかに泊まるとしてもなぁ、この世界の通貨が一銭たりともないんだよなぁ。
「とりあえず頼れるものがない以上は騎士団の善良なる心と誇り高い騎士道に期待するしかないな。それを探しながら今日の寝床も見つけよう」
「そうっすね」
「最悪野宿だけどな」
「そうっすね・・・」
4、5時間くらいは歩き回っただろうかもうだいぶ日も傾いて街は真っ赤な夕日に染まる。歩き疲れた俺たちは道の端にしゃがみこんで道行く親子、老人、カップルをぼうっと眺めていた。
この数時間の散策で得た情報は宿屋の場所、この世界に存在する種族について、この街についてだった。ただ情報とはいっても俺たちが見て一方的に考察したに過ぎない、信憑性はそれほど高くはない。
まず宿屋は4ヵ所見つけた、看板にベッドの絵が描かれていたおかげで俺たちにも分かった。それぞれの宿屋に入り身振り手振りで泊めてほしいという事は何とか伝わったようだが、決まって金貨や銀貨を見せられた。あれは
『金は持っているのか』
という事だったのだろう。俺たちが首を振ると案の定追い出された。
次にこの世界の種族について、この世界に来てすぐに獣人を目撃した。周りの人間たちが驚いたりする様子もないことからこちらの世界では日常的な光景であると予想される。獣人がいるのであればその他の種族も存在していると考えるのが自然である、というのが俺と後輩の見解であり実際街を歩き回っているときに、エルフと思われる金髪の耳の長い男女を見かけた。俺たちが今まで見たのは人間、獣人、エルフの3種族だけだが、これら以外の種族がいる可能性も十分にあり得るだろう。
最後にこの街についてだが、これに関しては誰かが教えてくれるわけでもなく考察のしようもない。今俺たちが座り込んでるのは、外で遊んでいた子供たちが夕飯のために走って家に帰るような石造りの住宅地。今晩、あの子たちは何を食べるんだろうなぁ。
そしてこの街の中心部、顔を上げればここからでもはっきりと見える、夕日に照らされ赤く染まったあの大きな城ではどんな料理が出されているんだろうなぁ。
「お腹、空きましたね」
「全くだ、せっかく異世界に来たというのに食べられるものはおにぎりしか持ってない」
今も2人して腹の虫が大合唱中だ。
「せっかくならこの世界独自の料理とか食べてみたかったですよね」
「みたかった、とか言うなまだ食えるかもしれないだろう」
人間というのは実に不便なもので腹が減ったり睡眠不足になると割とすぐに思考や肉体に支障がでる。あれだけ楽しみにしていた異世界に来て一日も経たずにこのザマだ。
「・・・おにぎり半分食べる?」
「・・・いただきます」
リュックの中で形が変わってしまった昆布のおにぎりを半分に分け後輩に渡す。いただきます、と言っておにぎりにかぶりついた後輩は心なしか幸せそうに見えた。やっぱり食は人を幸せにするんだなぁ、まぁ明日食うものないけど。人間は一週間食べなくても生きれるらしいしその間にどうにかなるだろ。
んじゃ、いっただっきまーす。
俺はおにぎりを頬張る・・・はずだった。眼前に鋭い切っ先が突き付けられていなければ。
その剣を俺に向けるのは金髪で、竜の刺繍が施された白い制服とスカート、黒いタイツを履いた、凛々しい目元の碧眼少女だった。
少女は剣を突き付けたまま俺たちへ何かを言っている。それには威圧が含まれている事が声色から読み取れるが。
―――そんなことはどうでもいい。
なぁ、人が驚いたとき反射的に何をするか分かるか?
―――手に持っているものを落とすんだよ。
次回、そうだ記憶喪失になろう