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舞踏会へ①

女王の慈悲深さを狂信者の様に熱弁する後輩を無視して、俺は控え室のある3階への階段を上る。


しかし人間ってのはああも簡単に変えられてしまうものなんだな。


この世界に来たばかりの時の後輩とあの女王に出会ってからの後輩は別物だ。


日常での思考や態度は同じでもスイッチが一度入るとたちまち人が変わる、俺も初めて見た時はそりゃ驚いたさ、前のめりになってあのドS女の素晴らしさ、魅力を説いてくるんだから。


当時はまるで悪徳宗教の勧誘にでもあってるような気分だった、頭の中でもイジられたんじゃないかと訳を聞いてみたら教育を受けたんだと後輩は言った。


興奮気味にダラダラと鼻血を流しながらな。


俺も後輩もまだあの女の正体をよく知らない時だったからなぁ・・・後輩が気があるような素振りを見せてたから、気を使って酒場に二人を置いて先に帰ったのが運命の分かれ道だったのか。


翌日珍しく後輩が朝帰りしてきたと思ったらこのザマだ。


その日を境に後輩は毎晩出掛けるようになった、どこへ行っているのかおおよその予想はついていたが本人が幸せそうだったから放っておいた。


俺は階段を上りきり左へと曲がる。


コツコツと廊下に敷かれた絨毯の上を歩き部屋の前までやってきた。


扉の前には2人の騎士、見覚えのあるその顔はつい先日まで世話になっていたアグリスト騎士団所属の女騎士だ。


特に親しいわけでもなく、顔見知り程度だがにっこりと微笑んだ後、ブーツの底を鳴らし


「どうぞ」


道を開けてくれる。


「すみません、ありがとうございます」


へこへこと頭を下げ部屋へと入る姿は威厳も何もないが、これまで散々良くしてくれた彼女達に恩返しもできてない状態で立場が上になってしまったのだ、仕事とはいえ嫌な顔一つせず護衛任務を全うしてくれている2人や他の騎士団員達に申し訳ない気持ちを覚える。


「今度、給料が出た時に酒を奢るか。子供達の飯代は削れないから生活を切り詰めるしかないよなぁ・・・」


金と言えばユーリスにも居候してた時に工面してもらってたし、返さないと。本人は返す必要はないと言ってくれていたがまだ10代の少女にいい歳したお兄さんが養って貰っていたというのはなんとも情けない話だ。


「ユーリスには金を返すだけじゃなくて、お礼の品物とかをプレゼントするのはどうだろう。しかしあの年頃の子が喜ぶ物ってなんだろうな、ぬいぐるみ?」


だけど女性は光物を好むとも聞く、ならば宝石か?要らなくなったら売る事も出来て現実的だが俺の懐事情的には非現実的だな。


「呼びましたか?シズ」


「ああ、お前にお礼の品を・・・ってユーリス!?」


壁に直接描かれている絵画、沢山の装飾と、金の器に溢れんばかりに乗せられた果物の数々が用意してある一室、その部屋の隅で木の椅子にちょこんと座るユーリスがいた。


「びっくりしたぁ、心臓止まるかと思ったぞ」


冗談交じりにそう言ってみたが俺の思いに反してユーリスは申し訳なさそうな顔をする。


「すみません・・・シズを訪ねてこの部屋に来たのですが不在だったので待たせて貰っていたのです」


俺は座っているユーリスの少し前まで近づき、隣の壁に背中を預けた。


「いやいや、責めてるわけじゃないんだ。待っててくれてたならそんな隅っこに居ないで果物でも食べてたら良かったのに」


「いえ、ここはシズの為の部屋ですから」


一つくらいつまみ食いしてもバレないだろうに、真面目なのは相変わらずだなぁ。


「・・・ん?待たせてもらってたってことはこの部屋の扉の前にいる二人に通してもらったんだよな?」


「はい、ですが訪ねた用件を話す前に背中を押されて部屋の中に押し込まれてしまいました」


あの二人・・・知っててわざと言わなかったな畜生め。


俺がユーリスの家に居候していたことは騎士団の全員が知っている、今は騎士団の雑用を離れた事もあって別の家で生活をしているがユーリスの家で世話になっていた6か月程の間に騎士団の中で噂が流れることがあった。


その噂ってのは・・・俺とユーリスが恋仲になっているというとんでもなくベタな噂だったんだが、もちろんそんな事実は1ミクロンもなく、騎士団内でユーリスと話しているだけで生暖かい視線を向けられることも多々あった。正直勘弁してほしいものだ。


一応、一応否定しておくが、勘弁してほしかったのはそういう噂が流れることで仕事がやりにくくなるということであって、ユーリスと恋人なんかになるのはまっぴら御免被る、とかいう意味ではないからな?


日々陰でコソコソと話されてなんでも恋愛ごとに結びつけるのはどうかと思っていたのだがどう弁明しても分かってもらえる雰囲気ではなかったので早々に諦め、気にしない事にした。


人の噂も七十五日、そのうち収まるだろうと楽観していたのだが・・・ある日敷地内の草むしりをしている時近くを通りかかった騎士2人の会話を聞いてしまったのだ。


『今日のシズユリ会議何時からだっけ?』


『んーと確か20時じゃなかったかな?今日は結構な数集まるらしいよ』


『本当!?これは今日のシズとユーリスを遠巻きながらも暖かく見守る会は白熱しそうだねぇ』


俺が近くにいるとは知らずそんなことを話していた。


・・・・・・シズとユーリスを遠巻きながらも暖かく見守る会ってなんだ!?しかもなにシズユリってカップリング名まで決めちゃってんの!?それに加えて会議!?会議まで開かれてるって何事!?一体どんなこと話し合ってんの!?


言葉のキャッチボール3回分の短い会話の中にツッコミ所がありすぎて脳みそが追いつかない。


結局その後の草むしりもろくに進まなかった。


・・・・・・・ん?待てよ・・・よくよく思い返したら・・・


「あの時会話してた騎士2人って今俺を部屋に通してくれた2人じゃねえか!」


だからか!だから俺を訪ねてきたユーリスを用件も聞かずに中に入れてたのか!


扉を守る役目の人たちがそんなんでいいのか!?いやダメだろ!


「・・・?どうかしたのですか?シズ」


何も知らないユーリスはキョトンと小首を傾げる。幼い顔立ちや小柄な身長が相まってかわいらしい小動物みたいだ。


「あ、あぁ。突然大きな声を出してすまない。扉の前にいる2人とさっき軽い挨拶を交わしたんだがな思い出してみると騎士団の中でも顔を合わせた事のある人達だったんだ。どうせだったらもっと気の利いたことでも言えてたらなぁってな」


「そうだったのですね」


完全に嘘でもなければ本当の事でもないグレーゾーンで茶を濁す。


だってしょうがないじゃない!?この純粋無垢、清廉潔白という言葉そのものであるユーリスに


『俺達、傍から見たら付き合ってるらしいぞ』


なんてセリフ口が裂けても言えねえよ!


これは俺の想像に過ぎんがユーリスに赤ちゃんってどうやってできる?と質問したとしよう。

まぁ一般的には俺はこの質問をした時点でセクハラ確定、なんならアリスさん辺りに殴り飛ばされても不思議ではないが、ユーリスなら俺の問いに平気で


『コウノトリが運んできてくれるのではないんですか・・・?』


って言いそうだもの。むしろリアルな子供の作り方で返されたら俺が精神的に甚大なダメージを負って良ければ卒倒悪ければ最悪死ぬ。


どうやればこういう風に育つのか想像もつかないが、真っ白なんだこの子は。しかも仕事以外の事にはめっぽう疎い、というか鈍い。


結局俺が騎士団に在籍している間も今も、ずっと流れていた噂に気付かず仕舞いだった。


でもそれでよかったと思う。あらぬ噂がユーリスの耳に届いて気まずくなったり会話がぎこちなくなるのは嫌だからな。ちゃんと恩返しもできてないし。


恩返し・・・そういえば童話の鶴の恩返しは鶴がはたを織るんだよな。それに習って俺はユーリスに服をプレゼントするのはどうだろう。それなら俺の財布的にもなんとかなりそうだ。


ただ問題なのはどういう服にするかなんだよなぁ。俺もセンスがいいとは言えないし、つか元の世界では毎日シャツに白衣だし。はたまたこっちの世界でも騎士団から支給してもらった制服がほとんどだったしな。


うーん、誰かに相談してみるしかなさそうだな。ベルベットさんなんてどうだろう、制服も自分で改造してるくらいだ。オシャレとかに詳しそうじゃないか。


「あっ、そうでした」


ユーリスへの服をプレゼントする算段、作戦名『鶴の恩返し作戦』の思案を止めたのは何かを思い出したようなユーリスの言葉だった。


「どうした」


「私、シズに用があってここまで来たんでした」


「そういえばそうだったな、扉の2人の件ですっかり俺も忘れてた」


最初に聞いておけばよかったのに色々脱線したせいで随分遠回りしたように感じる。


「それでその用ってのは?」


「このあとの夜会の事です」


「・・・・夜会、ね」


国教の即位式は国を挙げて3日の間執り行われる。


一日目である今日は国王と王女、貴族たち立ち合いの下誓約と祝福の儀式が昼に、そして夜には再びこの王宮で祝いの舞踏会が催される。それが夜会だ。


昼は古びた分厚い本を持たされて長ったらしい誓いの言葉なるものを朗読させられたり親指の腹を切って血判を押させられたり。


しかも思いのほかナイフでザクッといっちゃってずっと痛いままだし。


はぁ、今でさえ疲れきってるってのに数時間後には舞踏会とか・・・


俺も踊らないといけないのかなぁ・・・練習とかしたこともないんだけどどうにかごまかせないかなぁ。そして何より・・・


「はああぁ・・・女王と会いたくねえなぁ・・・」


全てを見透かしたような、あの紅い目をした女王と顔を合わせたくないという俺の気持ちの強さの分だけため息も長くなる。


今から想像するだけで憂鬱だ。


けだるさをを纏ったような俺の雰囲気にユーリスはいつも通り無表情に、無機質な声で言った。


「女王陛下はシズと話していてとても楽しそうですが、シズはそのたびに疲れているように見えます」


「見えるってか実際に疲れてるからな、あとあの女王が楽しそうなのは俺の事をイジってるからだ」


「そうなのですか?ですが安心して下さい、今宵の舞踏会は私がシズの護衛として傍に控えています。何かあれば遠慮なく私を頼って下さい」


「そうかそうかユーリスが一緒なら大丈夫だな」


「大船に乗ったつもりでいてください」


腰に手を当てふふーん、と胸を張るユーリス。


無表情のままそのポーズだからミスマッチ感が半端じゃないけどな。

ない胸を張る動作が好き。

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