国教になった日
「お前のあの爆弾発言で俺がどれだけ焦ったと思っているんだ」
「いや~そんな事もありましたね~、僕のプランではあえて現実味のない真実を包み隠さず発表することでそんな訳ないじゃん、って騎士団の皆さんに思ってもらう策略だったんですけどね、アハハ」
「アハハじゃねぇよ、包み隠せよ」
「でも先輩結果的にあの自己紹介の時の異世界発言によって僕たちは記憶もない上にそんな現実逃避めいた事を考えないと生きれない、可哀そうな人認定を受けて、さらに同情されて団員の皆さんにも優しく接してもらったじゃないですか」
「まぁそれは否定できんが、あの女性だけの騎士団に雑用とはいえ俺達男が入る事への反感が不思議となかったのはお前がトチ狂ってくれたおかげかもな」
「トチ狂ったなんてひどいな~・・・でももうあの騎士団で初めましての挨拶をしてから6か月経ったんですね」
「6か月・・・もうそんなに経つのか、こっちの世界に来て」
「別に今さら元の世界に帰りたいとも思いませんし、というか帰ろうにも帰る手段すらありませんし」
「俺達がこの世界に来た時に使った扉も今ではただの雑貨屋の出入口だしな」
「何回も確かめに行きましたけど結局は変わらずでしたね、僕はそれでいいんですけど。だってこっちの世界には僕のご主・・・じゃなかった、愛する妻であり奥さんであり女王様・・・でもなかった。とにかく大切な人がいるんですから」
「お前は何かとんでもない事を言っているようだが俺は関わりたくないので聞かなかった事にする」
「・・・それはそれとして先輩、少し前まで僕らただの騎士団雑用係だったのに随分偉くなっちゃいましたよねぇ、何階級特進なんでしょ?」
「知らん、だが俺もお前に聞きたいことがあったんだ」
俺はこのバカの頭をぐわし、と掴む。なんか王冠っぽいのを乗っけているが知ったこっちゃない、きっと偽物だ。ふんだんにあしらわれた装飾といくらするかも分からない宝石も埋め込まれているがお構いなしだ、ぐりぐりと頭を揺らしてやる。
本来今のこいつにこんな事をしたら不敬罪とかで首を刎ねられそうだが、こと俺に限ってはその権利がある。無理やりこんな立場に召し上げられた人としての権利と今の俺の役職、例え相手が国王であっても大抵の事は許される権力、どちらも望んで手に入れたものではない。
「―――なんで俺を国教に選んだ!?」
広い広い廊下に俺の声はこだまする、国教任命式が終わって2時間ほど経ってはいるが依然この王城には貴族などが残り大広間で談笑を続けている。予定では夜会も開かれるらしく一度王城を出ているのはお色直しが必要な令嬢だけだ。
「シー!先輩声が大きい!いくらこの階段下廊下の人通りが少ないとはいえ完全に誰もいないとは限らないんすよ・・・!」
「それは・・・すまん」
一応周りを確認する。俺達が今いるのは一階の、使用人が寝泊まりする部屋がならぶ廊下の一角、二階へと続く階段の下。大人二人くらいがギリギリ入る明かりもないスペースで俺達はこそこそ話していた。
簡単に想像してもらうならばダーズリー家に住んでいた頃のハリーの部屋のあった場所だ。あそこほど狭くはないが。
なんたってこの国を象徴する城だ、スケールが違う。それに比例して階段だってでかくなる。
俺は頭をだして長く続く廊下の先や所々に置いてある観葉植物の影、赤い絨毯の敷かれた階段を見上げ、人がいないか確認する。
「・・・誰もいないみたいだな」
一通り辺りを見回し階段裏の壁に背を付け腰を下ろした。
「あ、そんなとこに座ったら服が汚れますよ」
「どうせ後から夜会の為に着替えるんだろ?今くらい自由にさせてくれ」
「それもそうですね、じゃあ僕も」
そう言って後輩も俺の隣に腰を下ろす。
光輝く王冠に紅のマント、軍服を思わせる青藍の式典服。高校の文化祭の演劇の衣装みたいだ、作りが安っぽいとかではなく、服を着ているんじゃなくて着られてる感が。
だがそれは俺も同じだな、全身ほぼ白で統一された燕尾服しかも羽織る上着の裾、燕尾と言われる所以である燕の尾の部分が異常に長い。式では二人の女性が俺の後に続き床につかないように持っていてくれていた。結婚式で花嫁のウエディングドレスの長いベールを持つ子供たちみたいにな。もっとも休憩中の今は部屋に置いてきているんだけど。
「それで?さっきの話の続きだがなんで俺を選んだ?」
「あ~ほら、この世界に来る前から先輩にはそれはもう数えきれないくらいお世話になってきたわけじゃないですか?それに加えて今回の僕の我儘にも付き合ってくれて、思ったんすよ僕。自分だけ幸せになってもいいのかなって、先輩に何か恩返しをしなきゃいけないんじゃないかって・・・」
「お前・・・」
「先輩は僕にとって神様みたいな存在ですから!」
我儘ってのはこいつが惚れた相手を落とす為に手を貸してくれって俺に頼みこんで来た時のことだ。俺も一目惚れした後輩でさえもその女の正体がまさかこの国の王女だとは知らず、あの手この手でアプローチを続けた訳だが結果的に上手くいき逆玉に大成功。幸か不幸かさらにそこで国王が急死し、繰り上げ順的に娘である王女が王権を手にした。となるとまぁごく自然にその夫である後輩が新国王の座に就くことになるな。
なんという出来すぎた構図、何者かの思惑を感じずにはいられませんな。どうせあのキレ者王女が絡んでるのは確かだろうがいくら何でも実の親を手にかけたりはしないだろう。
「・・・で、ほんとのところは?」
「国的に神という存在を作った方が色々楽らしいっす、政治的利用もできるみたいで。適当な人材はいないかって聞かれたんで適当に先輩を推しときました」
「それ聞いてきたの絶対王女だろ!?ふざけんなよお前の心無い建前に危うく流される所だった!あと言わせてもらうが王女が聞いたのは適切って意味の適当だからな多分、お前が言ったのはいい加減って意味の適当だ!」
やりたくもないこんな立場に祀り上げられた理由が適当って・・・
憤慨を隠しきれない俺は唾が飛ぶ勢いで後輩に詰め寄る、いや本当にやりたくないんだ。今日の朝だって部屋にバリケードを作って立てこもっていたのに城の兵士が突撃してきて祭りの神輿を担ぐかのようにわっしょいわっしょい俺を王城まで連行していった。こんな横暴断じて許されることではない!
大きな声を出したせいか体温が急激に上がるのを感じた、同時に頭に血が昇っていることも。
だが後輩は特に動じることもなくあっけらかんとした顔で言った。
「ちなみになんですけど、給料めっちゃいいらしいっすよ」
「えまじで?」
その言葉は俺に冷水として降り注ぐ。
人間金には勝てん、そう言っていたのはうちの祖父だったろうか。正しくそうだ、しかも俺はいくらあっても足りないくらいに金を必要としている。何に使うかはいずれ分かるとして―――
「おい、詳しく、具体的に、いや、具体額を」
「はいはい、流石に僕らがいなくなってお付の人たちも慌ててる頃でしょうし手短にっすよ」
―――――――――
「金貨4枚・・・4枚かぁ・・・」
手短に話すくらいならいっそ移動しながら話そうということになり俺と後輩はそれぞれの自室へ向かうため階段を上っていた。
「やっぱり破格っすよね、この国の国民の平均月収の約4倍なんですから」
「ああ、魅力的な額だ。毎月これだけの額が俺の手元に入るならこれまでの倍以上のパンが配れる」
後輩は俯く、それは階段の段差を気にしたものではないのだと声色で判断できた。
「先輩にお金が必要なのを知っていてこんな話をするなんて、なんだか弱みに付け込んでるみたいっすよね。すいません」
いつになく真剣にそう言う後輩、気持ち悪いなお前はそんなキャラじゃないだろう。楽観的でふてぶてしくて、何かにつけて俺にちょっかいをだしてくる面倒くさい系後輩だったはずだ。厄介事を押し付けられるのも今回が初めてじゃないぞ。
「まぁ実際その通りなんだがな。・・・だが裏を返せば、お前達は面倒事に付き合ってくれる奇特な人間を探していて俺は沢山の金が欲しい。winwinな関係じゃないかこれ?」
後輩は俺の顔を見上げる、その表情は目を見開き驚いたような顔だった。しかしすぐに右手で口を覆いクスクスと笑いだす。
「そんな言い方してると守銭奴だと思われるかもですよ」
「大体今はそんなもんだ」
俺は大げさに肩をすくめてみせる。
「そうっすね、でも貧しい子供たちの為に守銭奴やってるんなら誰も文句言えませんよ」
俺を真っ直ぐ見据えた後輩の瞳には何か決意を秘めているように思えた。
階段を上がりきって2階へと到着した。俺の自室、というか今日の為に用意された部屋は3階にあるが後輩の目的地はここ2階だ。
後輩はマントを翻し俺の正面へ向き直る。
「では先輩、僕はこれから一度自室に行った後貴族の相手をしに会場へ戻ります」
佇まいと言葉遣いを正し後輩は頭上の冠を手に取り胸にあてた後軽くお辞儀をする。こんな優雅な動作、誰に教えこまれたのか。
あの女王様なんだろうけどな。その場合教えこまれたというよりも叩き込まれた、調教という言葉のが適切かもな。
「貴族の相手、だなんて普通聞かない言葉だと思わないか?まるでどこかの国の王様みたいだ」
「それを言うなら先輩だって」
「俺がどうした」
「そんな異常に真っ白な服が似合うだなんて、神様くらいじゃないと着こなせませんってそんなの」
こいつ滅茶苦茶言いやがる。
「うるせぇよさっさと行っちまえ」
「ちなみにその服作ってもらう時ダサいデザイン考えたの僕だったりして」
「お前なぁ!」
「天罰が落ちるー!」
逃げるようにして駆け足で自室の方へ向かう後輩、しかし部屋には入らず足を止めた。
「先輩・・・」
静かな廊下と階段に響き渡る後輩の声、辺りに人の姿はない。日常的な王城内であれば執事やらメイドやらがそこらを歩き回りせかせかと働いているんだろうが今日に限っては式典に労力を集中させているのだろう。事実俺と後輩が出歩いても誰とも会う事はなかった。
それはそれで問題かもしれないが王の部屋には御側付きがいるだろうし、何より気疲れしたという理由で勝手にエスケープした俺達が一番悪いのだ。
「なんだ」
俺の声が空気を振動させ消えていく。
「あの子供達の事お願いします、スラム街の皆さんの事も」
ああ、分かってるさ。そのために金が必要なんだ。
「僕も改めて政策を早めることはできないかお願いしてみます」
「頼む、けどあまり無理はするなよ。せっかく結婚できたってのに嫌われたんじゃ今までの努力がおじゃんだ」
当たり前だが後輩に政治の知識はない、ましてや国政などという大それた事一研究員でしかなかった俺達にはかけ離れた話だ。
国王なのに政治に携わらないのはおかしなことだと思うだろう?俺も思う。だが文句はいつまでも頑なに正体を明かさなかった後輩の嫁に言ってやってくれ。
予め知っていたならばまだ勉強の余地もあったろうに。
『私は平民とは交わる事の許されない高貴な身分、ですが・・・私に気に入られれば下僕として飼ってあげなくもなくってよ』
あの加虐心が人の形を成して生きていると形容して差し支えない女王は、性格はともかく国を回す手腕は確かと言われている。
と、ここで後輩の息が上がっている事に気付いた。
ハァハァと犬の様に肩を上下させ頬も紅潮している。
「お、おい大丈夫か」
俺の問いに後輩はゆっくりと答えた。
「・・・嫌われるなんてあり得ません。だってあの方は!僕を叱って嬲ってお仕置きしてくださるんですから!誠心誠意お願いすれば思いは伝わります!なんたって僕のご主人様なんですからぁ!!!」
――――ほんっと周りに人がいなくて良かったよ。
式典の様子が一話の冒頭です。
 




