下ネタ大魔神
ユーリスと家を出て昨晩通った道を再び歩く、月明かりだけに照らされていた夜とは打って変わって太陽の光が草花や木々に降り注ぎ昨日歩いた道こんなんだったけ?なんてことも思わせる。
身のこなし軽やかに歩くユーリスに何とか歩幅を合わせるがこれまでの運動不足と昨日の疲労の影響だろう騎士団に着くころには息が上がっていた。
「大丈夫ですか?」
「ハァ・・・ハァ・・・えっ・・・?何が?」
「とても疲れているように見えますが」
「いやいや・・・まさか、そんなわけないでしょ?たった20分くらいの道を歩いただけで疲れるとか流石の
俺でもそこまでもやしではないはずだぞ・・・?」
そう、ただこの頃運動してなかったからちょっと息が上がっているだけ決して歳のせいなどではない、今年26を迎えたがまだまだ若い20代、三十路になるまでは4年もある。おっさんと呼ばれるまでの猶予は残されているのだギリギリセーフ、まだ焦る時間じゃない。
「後でお水を貰ってきますね」
「・・・はい」
昨日と同じように騎士団の門の前で足を止める、違うところがあるとすれば俺が今自分の意志で地に足を付けて立っているということか。
「ユーリス・アクレシア・クミント」
手足が自由に動かせることの素晴らしさをしみじみと感じていた俺の耳にユーリスの凛とした声が響く、見ると門へ向かって背筋を伸ばし声高々に名乗りを上げていた。
「何をしてるんだ?」
「門を開くために内側の門番へ声をかけたのです、私達は名を名乗る事で団の一員であることを示しています」
その言葉の通り大きな音を立てて門が開き始める、が全て開ききることはなく人一人通れるほどのスペースで止まった。
「では行きましょうか、シズ」
「お、おう」
流石に二人通るだけで全部は開かないか、まぁ労力の無駄だしな。
ユーリスの後に続き門をくぐると再び轟音を立て門が閉まる。そして地面の砂を鳴らしながら二人の女の子がユーリスを囲むように駆け寄ってきた。
二人とも深みのある菫色の髪で、一人は腰まで届く長髪もう一人は元々同じ長さくらいなのだろうがツインテールにしている。瞳も髪の色と同じで、幼い顔立ちもユーリスよりも小さい背丈も瓜二つ、ってかこれ完全に双子だな。髪型を揃えたら俺には見分けがつかないかもしれん。
双子はユーリスに一礼すると目を輝かせて何やら話し始める。俺には双子の話す言葉は分からないためユーリスの相づちで会話を想像するしかないのだがどうやらただの世間話らしい。それにしてもこんなに小さな子もいるんだなこの騎士団は。ユーリスでさえまだ十代半ば程だと思うがこの双子は小学生くらいの年じゃないか?そんな小さな子たちまで騎士団に入れるのか。
意図せず双子を凝視してしまっていた俺の視線に気付いたユーリスが振り返る。
「どうかしたのですか?」
「いや、そんなに小さな子供も騎士団にいるのかと驚いてな」
それまでユーリスと話していた双子も俺の方へ目を向け物珍しそうな顔をする。
「この子達は正式な騎士団員というわけではないのです、魔法学校から派遣された仮入隊みたいなものですね」
「昨日言ってた学校か」
「はい、この子達も卒業後はこの騎士団に配属されます」
「卒業後に配属って事はユーリスはもう卒業した後ってことだよな?」
「そうなりますね」
「でもユーリス相当若いと思うんだが」
「・・・私の場合は飛び級で同学年の人達よりも早く卒業しましたから。歳は・・・17ですけど」
なるほど、飛び級制度がこの世界にもあるらしい。ユーリスは齢17にして騎士団の副団長も任せられるくらいだし、よっぽど優秀だったんだろうなぁ。
・・・あれ?心なしかユーリスの頬が膨らんでいるように見える。一体どうしたんだ・・・?
「ユーリス、どうかしたのか?」
俺の声掛けにそっぽを向いて
「いいえ、何でもありません。確かに私は17歳ですが子供に見られては困ります」
とだけ言ってスタスタと歩き始めてしまう。
「あっ、ちょっと待ってくれよ」
何故か機嫌の悪くなってしまったユーリスを追いかけようとするも、こちらをじーっと見つめ続けている双子の視線にたまらず一礼をして去る俺なのだった。
なんで子供に気を使ってるんだ俺は・・・。
ユーリスを追いかけやってきたのは食堂、昨夜手料理を振る舞ってもらった場所だ。そこではすでに騎士団員達が談笑をしながら朝食をとっていた。
しかし・・・見事に女性しかいないな、どこを見ても女、女、女。男なら誰しもが一度は夢見るハーレム空間。
だが、俺は知っている、あれは俺が高校に入りたての頃の話。
中学からの同級生、そうだな個人の尊厳を守る為に名前をB君としよう。B君は中学では野球部に入っていて、汗だくになりながら毎日ボールを追いかけていた。しかし年頃の男子、彼女の一人くらいは欲しいものだ。B君も彼女を作ろうと必死にアプローチしていたさ。まぁ結局その時点では彼女はできなかった、時は経ちB君は俺と同じ共学の高校へと進学した。高校での入学式B君は唐突に俺に言った。
『俺、吹奏楽部に入る!』
その言葉の意味を俺はすぐに理解した、要するにB君は彼女が欲しいがために女子が沢山いる吹奏楽部へと
入部すると言い出したのだ。
もちろん俺は止めた、そんな不純な動機で入ったところで長続きするわけがないと。だが思春期真っ盛り、なんなら色々盛ってたB君の耳には俺の静止など届くはずもなく彼は吹奏楽部の一員となった。
そして3か月後B君が放った言葉が
『女子ばっかりだと肩身が狭くて辛い・・・』
である。
数の暴力とはよく言ったもので女子が大多数を占める吹奏楽部でB君を含む少数の男子は散々な扱いを受けたそうだ。
ちなみに彼女はできなかったらしい。
この話で俺が何を言いたかったかというと女性だけしかいない騎士団に男が単身放り込まれたとしてもそう都合良くハーレムなんかにはならないという事だ。B君の二の舞にだってなるかもしれない。
「シズ、お水ですどうぞ」
バイキング形式の一角からユーリスが水を取ってきてくれた。
「わざわざすまないありがとう」
さっきと比べて機嫌は直ったようだがあえて触れないでおくか、蒸し返しても関係を悪くするだけだしな。
異世界にきてまだ2日目、頼れる人がいない以上味方を増やしておいて損はないはずだ。だからこそユーリスと険悪になるのは避けたい、罪悪感がきっかけとはいえ彼女だけは俺に良くしてくれてるからな。恐らくフィアナさんは俺達の事を信じちゃいないだろう、まぁそれが本来あるべき当然の反応なんだろうけど。つか正体不明の男2人がいきなり記憶喪失とか言っても普通信じないよな、俺だって信じんわ。
「おっはようございまーす!」
「ん?」
違う世界に来てもなお耳に馴染みのある声に俺は振り返る。昨晩ぶりに顔を合わせる後輩だったが昨晩よりかはいくらか元気になっているように感じた。睡眠をしっかりとって昨日の疲労を抜いてきたみたいだな。
「昨日ぶりっすね、ユーリスさんもおはようございます」
「はい、おはようございます」
お互いお辞儀をしあって挨拶を交わす、いいぞこういう小さなことから信頼関係は築かれていくんだ。
だが俺が感心したのもつかの間、後輩は気味の悪い笑みを浮かべて俺の方へ寄ってくる。
「先輩・・・」
「な、なんだよ」
「昨夜はお楽しみでしたね♡」
「うるせぇ殺すぞつーか死ね」
後輩の気色悪い笑い方からなんとなーく先が予想できたので食い気味で思いの丈をぶちまけてやった。
「いやだなぁ冗談じゃないですか~」
「お前の冗談は人によっては生理的嫌悪を抱きかねないから程々にしておけ」
「嫌悪なんてそんな大げさな~それで昨夜はどこまでいったんすか?」
「は?」
「いえ、だから〇〇〇とか×××とかっすよ。えっまさかあっちまでもうしちゃったんですか!?」
「そういう所だ、今すぐ地獄へ堕ちろ」
こいつは親しくなると時々こうして下ネタをぶっぱする、小学生か。大体あっちってどっちだお前の思考が斜め上過ぎて全くもってついていけん。
そこで俺はハッとする、近くにユーリスがいることを思いだしたからだ。下ネタオンパレードにまた機嫌を悪くしていたりは・・・
恐る恐るユーリスへ振り返ってみるが心配する必要は全くなかった、キョトンとしてる。良かったユーリスが純粋でこれからもできるだけそのままでいてくれ、この下ネタ大魔神みたいに汚い大人になってはいけないよ。
俺の心に一縷の父性が芽生えかけたその時食堂の入り口から入って来た二人に声をかけられた。
「おー、朝から全員揃ってるね」
「おはよ~昨日はしっかり眠れたかな?」
「フィアナさんベルベットさん、おはようございます。おかげさまでぐっすり眠れました」
「そりゃあ良かった今日から二人とも忙しくなるからね、休める時に休んどきな」
「忙しくってなんすか?」
俺も同様の疑問を浮かべたが後輩が先に声に出していた。
「昨日の夜私とアリスで話し合って決めたんだけど君たち二人にはこの騎士団で働いてもらう事にしたの」
「働くって言っても主な仕事は雑務だ、街の警備とかの仕事はこっちでしっかりやるから二人にはこの騎士団内であたしやベルベット、ユーリスの手伝いをしてもらう」
「二人共記憶がなくて身寄りもない以上街の仕事はやらせてもらえないだろうって判断でね、勝手に決めちゃってほんとにごめんね~。でもお給料もちゃんと出るからそこは安心してほしいかな」
なるほど、そう来たか。さっきも言ったようにこの二人は俺達の事を信じきってはいない。記憶喪失なんてとってつけたような言い訳なんだからそれは仕方ない。だがその怪しさに反して俺たちはマナというものを体に有してはおらず、魔法も使えない上に脅威になり得るほど体も鍛えていない、つまりは無力なくせに正体不明な男達だ。
だからこそ目の届く騎士団で働かせることで俺達が本当に記憶喪失なのかを見極めることが目的なのかもしれない。いわば監視だな。
けれど相手の意図が分かっていてもこの条件をのむしかないだろう。給料も出るって事なら少なくとも路頭に迷って死ぬことはない。この世界で生きるための糧が得られるのは大きい。
「勝手なんてとんでもない、右も左も分からない俺達に生活する場所だけではなく仕事も貰えるんですから。でも大丈夫でしょうか」
「大丈夫って何がだい?」
「いえ、だからその・・・」
俺が心配しているのはカーストが引き起こす悲劇、すなわち
「女性しかいない騎士団にいきなり男が混ざりこむんですよ?反感とかかいません?」
B君の悪夢である。いや、俺には下心はないけど。
俺の問いに、うーんと一瞬考えるフィアナさんだったがすぐに顔をあげ
「うちの騎士団のやつらは性格がさっぱりしてるのばかりだしそこら辺は大丈夫だと思うけどな」
「そういうもんですかね」
「でも何か間違えが起こったとしても絶対に騎士団員を襲うんじゃないよ、あんた達の方が殺されちまうだろうからね」
冗談めかして言ってはいるが圧倒的力量差で殺されるのは本当なんだろうなぁ、乾いた笑いしか出てこない。
「肝に銘じておきます・・・」
「ところであんたはユーリスと朝食を済ませてきたんだろう?」
「はい、食べてきましたけど」
「じゃああんたは?」
「僕ですか?僕はまだです」
「じゃああたしもベルベットもまだ食べてないことだし一緒に食べようじゃないか、その時に昨日言っといた名前を教えておくれ。どっちもあんたって呼び方じゃ分かりにくくって仕方ない」
そのまま料理が並べられたテーブルの方へ向かう俺達、だがユーリスは歩き出すことなくその場に俯いたままだった。
「どうした?」
「いえ、貴方の名前は私が決めてしまってよかったのかと・・・名前はとても大事な意味を持つものですし貴方が望むなら貴方自身で新しく考えても・・・」
「新しく考えるなんて無理だ」
「え・・・?」
まだあどけなさの残る顔が上がる。
「なんでユーリスがいきなり不安になってるのかは分からんが俺の名前はお前が夜なべして考えてくれたシズだ。それ以外に変えるつもりはない」
「そう・・・ですか」
俺の気のせいでなければユーリスの声が少し柔らかくなったように思う。
「ほらフィアナさん達があっちで待ってるぞ、行こう。俺の自慢の名前を一秒でも早く教えてやりたいからな」
「あっ、ちょっとっ」
17歳にしては小さな手を引いて俺達を待つ三人の方へと向かう。この時のユーリスは俺の勘違いなどではなく確かに、年相応の可愛らしい笑みを浮かべていた。
遅くなってすみません。
もう少ししたら時間が進みます。




