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ヌォンテェを訓練場へと送り届けたピョウウォルが持ち場に戻る。しかし持ち場であった牢屋が粉々となっていたことに毛に覆われた目を大きく見開いた。ンベリカの姿がないことにも体中の毛をわさわささせて驚く。
そこへ瓦礫から出てくる男。
山高帽の男と毛むくじゃらの男の、それぞれ隠れた目があった。
時を同じくして『ゴォル・デュオン』では。
ゴォル・デュオン一の高さを誇る山の火口。噴煙噴火を背景に、ズィーとンベリカの戦いが続いていた。
形勢はンベリカの優位。
火山地帯に跳んできた直後から纏い出した熱気と炎を縦横無尽に操る彼に、ズィーはなかなか近づけないでいた。身体は煤に黒く汚れる。
遠距離より空気を飛ばす攻撃を仕掛けるが、相手の方が上手の使い手。攻撃はそよ風程度にしか、ンベリカの薄衣を揺らさない。
「……ぅぅ」
ズィーはそろそろ暑さの限界だった。それなのに、溶岩がそばを流れていようとンベリカは涼しい顔のままだった。
「ズィプ、知りたがっていただろう。外在力の真髄を」ンベリカはまるで陽炎のように、ズィーに向かって歩きながら口を動かす。「冥土の土産だ。最後に教えてやる」
ズィーは顎に滴る汗を拳で拭う。「……っは、気前がいいじゃねーかっ」
「さっきスウィ・フォリクァで見せたものは全て外在力の基本的な応用だ。敵体内にある空気を暴れさせることも、身体の周りにある空気を流動させ宙に浮くことも、纏う要領で遠くの空気を操ることもな。それ以外にも空気を分厚く固めることで恐らくは金剛裁断にすら耐え得る壁を造ることも、敵周辺の空気を薄くし大きく疲労させることもできる。空気を纏うために操ることの応用ならば、お前の戦闘の才覚でいくらでも新たな発見ができるかもしれないな」
「殺そうとしてるくせによく言うぜっ!」
ズィーは駆け出し、ンベリカに斬り掛かる。が、目には見えない壁に激突する形で阻まれた。
「これが今言った空気の壁だ」ンベリカはその場に立ち止まる。「今思えばお前の繊細さでは纏う以上のことは厳しいかもしれないな」
「決めつけんなっ!」
ズィーは空気の壁に向かって、外在力と竜の力に合わせて金剛裁断を繰り出す。それも連続で。
つまりはまさにンベリカの言った通り、金剛裁断すらも通さない頑丈さを空気の壁は持っていた。
「空気を薄くするのは見せなくてもいいか? それ以前に疲労しているからな」
ズィーはンベリカの背後に跳んだ。前方の壁がなんだと言わんばかりに叫びながらスヴァニを振り下ろす。
「……っくっそ!」
司祭は抜かりなく背後の空気までもを分厚い壁にしていた。
「空気はどこにでもある。そう、これこそが外在力の真髄だ、ズィプ。よく聞けよ? お前が一番知りたがってたことだろ?」
ズィーは聞く耳も持たず、空気の防壁の向こう側で火炎を纏う司祭に辿り着こうと剣を振り続ける。そんな彼にンベリカはやれやれと肩をすくめると、振り返り、その場で正拳突きの動きを見せた。当然動作で終わるわけがなく、ズィーは空気の塊に押し飛ばされた。
横目で火口を見下ろす突出した岩石に背を打つズィー。「っが……」
「師の話はちゃんと聞くべきだ」
「……ぅぅ」
ズィーの目が、紅玉に戻る。竜化が解けた。
「冥土の土産にと話しているんだから、なおさらな」