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「ぐっ……」
ゼィロスは膝をついた。辺りは広範囲にわたって水浸し。今も膝をついたのは水溜りの上だった。
ヴェファーを支えに倒れずにいるのがやっと。ここまでの差があるか……。ゼィロスは呼吸を整えながら、前方の水溜りから顔を出すカッパを睨む。見返す一つ目が嘲るように細まる。
「無残よのぉ、ゼィロス。長き時を生きられぬお主は、全盛期が短い。身体は早々に衰え、若き日のように動かなくなる。して、わしは娘もおるが、未だ全盛の身。考えようによっては途上ともいえる。衰えはなく、伸びるばかりじゃ。その差が、如実に現れたのぉ」
「まだ終わっていないだろう」ゼィロスは立ち上がる。「長い年月を生きている割に、性急だな」
「ふんっ」
カッパは鼻で笑うと水の中に消えた。すぐにゼィロスの足下の水溜りが揺らいだ。ゼィロスは飛び退く。彼と交代するように、鋭く伸びた爪を構えたカッパが矢の如く飛び出す。
攻撃を外したカッパが行き着く先は、まるで天井のように中空に留まった水の板だ。そこに入り込むと、地面の別の水溜りから飛び出して、ゼィロスの背を狙う。
ゼィロスは振り返り、大剣の平で受け止める。カッパは爪を引っ込め、手の平でうまく衝突を殺す。そしてそのまま刀身の上を手の平だけで滑るように移動し、ゼィロスの懐に入り込んできた。
無防備なゼィロスにカッパが向けるのは嘴。わずかに空いたそこから、勢いよく水が噴き出された。
「ぅぐ……っ」
水はゼロスの肩に小さな穴をあけた。その痛みに彼が顔歪めていると、カッパは休むことなくゼィロスの腹に爪を差し向けた。
十本。
十本の刃で一挙に刺されたゼィロス。その腹を包むように刺さった刃から逃れようと、苦痛に耐えながらカッパに蹴りを繰り出す。易々と飛び退かれ躱される。だが爪は抜けた。
腹を押さえ、ゼィロスはまたも膝をついた。水溜りに血が混じる。
ゼィロスは姪の付き人となったヅォイァ老人に対し、強く尊敬の念を抱いていた。今もなおスウィ・フォリクァのために戦っている彼は、偉大な戦士だ、と。
それと同時にテングに申し訳が立たないなと思う。なにが任せてくれだ。
――すまない、テング。勝てそうにない。
ゼィロスは死を覚悟し、その黄緑色の瞳を隠した。
「諦めるか……いいだろう、苦しまぬよう一瞬で逝かせてやる」
カッパが近付いてくるのを感じる。ぴちゃり、ぴちゃりと、どうにも締まらない死の足音と共に。
足音が止まった。目を開けずとも、気配を感じずともカッパが目前に立っているのはわかる。
「動かないで」
唐突に、その声が前方から聴こえた。すぐそば、カッパの後方から、よく知る声だ
ゼィロスは目を開けた。エメラルドが、視界の端に揺らいだ。
気配も、音もなく。
完成された静かなるナパード。
あの頃のうるさかった少女が、今はこんなにも。ゼィロスはその成長を誇らしく思い、微笑んだ。
姪であり、三人目の弟子であるセラフィが、カッパの首筋にオーウィンをあてがっていた。