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時は遡り。
キノセ・ワルキューはフェース・ドイク・ツァルカを追跡していた。未だに判明しない『夜霧』の本拠への道しるべにするべく。
ある拠点を出たフェースを追ったキノセは、踏み入れた世界に驚愕する。
空が白くて黒い、黒くて白い雲に覆われた、大小様々な立方体が乱立したり、積み重なったりした空間だった。そこに後ろで手を組んだフェースが不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「ようこそ」
「なんで……?」
キノセにはどうして自分の追跡が発覚したのかわからなかった。気配は消せていた。追跡に気付かれる要素がない。使っていたのは彼自身の耳だけだ。指揮者たる彼は音で、フェースを捉えていた。道具を用いていない以上、ばれるとしたら気配を感じ取られるくらいなものだ。
「つけられていることは聞いていたので。時期はいつでもよかった。ただ、これから行動を起こすそうなので、その前にこちらも片をつけておこうと」
「なにを言ってる?」
「こちらの話です。ここで舞台を降りるあなたは知っても意味がありません」
フェースは何もない宙から剣を取り出し、構えた。
キノセも懐から指揮棒を取り出す。
「ミュズアの指揮者ごときが抵抗しますか」
「……渡界人はつくづくイラつかせくれるなっ!」
キノセは指揮棒を振るう。一振りで火球の三連弾。フェースは難なく躱してきた。だが、そこに二拍目を放つ。斬り裂く風を短く跳ねるように、五発。
今度は躱すことなく剣で全てを掻き消すフェース。キノセに迫る。
「っく!」
キノセが指揮棒を振るうと、フェースの行く手を阻むように立方体が横から飛んでくる。続けて周りの立方体もキノセが棒を振る度にフェースに襲い掛かる。そうして行く手をなくし、いざ立方体たちが一斉にフェースに向かっていく。
が、立方体たちは一瞬にしてその場から姿を消した。かと思うと遠くに散らばって姿を現した。藍色の花を散らして。
「ナパード、か?」
「見たことのない指揮……」
指揮者と渡界人はそれぞれ、敵がしたことを訝る。
先に表情を余裕のものに変えたのはフェースだった。
「まあ、どちらにせよ」フェースはキノセの背後に花を散らした。そして剣を振り上げる。「今ような類の技術、空間の支配者である私には脅威になりえませんがね」
「俺だってな」キノセはフェースに合わせて振り返り、指揮棒で剣を受け止める。「ナパードは嫌ってほど見てんだよっ!」
闘気を纏わせた指揮棒は簡単には折れない。キノセは剣を受け止めたまま、指揮棒を小さく動かした。二人の足下にあった小さな立方体が、フェースに向かい弾かれる。
身体を退いてそれを躱したフェースに対して、キノセは指揮棒を指すように振った。鋭い水の刃が先から飛び出す。
剣で水を払い弾くフェース。「ふっ」
キノセは笑みを浮かべる。手首を素早く捻り、飛び散った水を指揮棒で指し示すと、すぐさま手首を返した。今度は散らばった水たちが立方体のようにフェースを狙った。
「小賢しい……」
水たちは姿を消した。
「っく……なんだよそのナパード」キノセは大きく後退してフェースから距離を取った。
「無機物を自在に操るギーヌァ・キュピュテの王の技術を真似たのでしょうが、支配が矮小なんですよ」
キノセの指揮棒を持つ手に無駄に力が入る。自分は敵の能力についてナパードだという推測までしか至っていないというのに、敵には自身の技術についての核心を触れられた。
音率指揮法。
それは確かにフェースの言う通り、『無機の王』たるピョウウォルの技術からキノセ当人が考案した新たな指揮法だった。世界に満ちた界音ではなく、物体そのもののが持つ固有の音に対して働きかけることでその物体を指揮する。
ただ指揮棒を振るっているように見えて、その実かなり高度な技術だった。物体の音は個々に違う。それを瞬時に判断して指揮している。ここ最近ようやく実戦に用いられるようになった、キノセの努力のたまものなのだ。
「私がお手本を見せてあげましょう。支配というものの」
静かに言って口角を上げたフェース。
キノセの意識はそれを最後に途絶えた。