魔族に嫁いだ末姫
百年、千年、それよりも長い間。魔族と人族は争い続けていた。
力の差でいえば、当然魔族の方が強かったが、人族は数が多かったため、なかなか決着がつかなかった。百年、千年、それよりも長い間。魔族と人族は争い続けていた。
しかし、とうとう魔族と人族の均衡が崩れた。人族の数が少なくなってきたのである。
そこで、人族の王は魔族の王に休戦を申し出た。もちろん、魔族が賛同するとは思っていなかったが、藁にもすがる思いであった。
そこで、思いがけないことに魔王は人王にある交渉を持ちかけた。
「貴様の末娘が15になったとき私に嫁ぐのならば、その申し出を受けよう。」
人王はほっとした。例え自分の娘を売ってでも、人王は民を守らなければならなかった。
末姫は現在5歳であるため、嫁ぐのは10年後となる。
「それでは、10年後。楽しみにしておるぞ。」
人王は感謝していたが、魔王は親切心から言ったわけではなかった。
魔族は人よりも何倍も長く生きる。魔王ともなれば何千年も寿命がある。
今代の魔王も、すでに千年を超えて生きてきた。そのため、退屈していたのである。
(人間の嫁を痛めつけたら、さぞ面白かろう。)
魔王の心には愛のかけらもなかった。
✴︎✴︎✴︎
人王は、国に帰ると民にこのことを話した。戦で疲弊していた民は歓喜した。
一方で、魔王の嫁となる末娘のことは複雑な思いだった。
ーまるで生贄のようだな…
ーしかし、魔王の嫁になるんだろう?あの、人間をさんざん殺してきた魔族の王の。
ーとなると、末姫様は人間の敵に嫁ぐのか。
時がたつにつれ、民は末姫に対して魔族と同様に憎しみを持ち出した。
そして、それは母である王妃や人王も同じであった。
そのため、末姫は冷遇されるようになった。
まるで罪人のように離れに隔離され、年老いた乳母を1人いただけで他は護衛すらいなかった。
しかし、乳母は変わらず末姫を愛した。
「私の可愛い姫様。」
乳母はそう言って、末姫を可愛がった。
✴︎✴︎✴︎
乳母に守られた末姫は、すくすくと育った。
そして、約束の日がきた。末姫の15歳の誕生日である。
その日、人族のお城に大勢の魔族があらわれた。
「末姫をお迎えにあがりました。」
漆黒の羽をもつ人の形をした魔族が言った。
丁寧な言葉とはうらはらに、その言葉に感情はこもっておらず、たんたんと仕事をこなしているだけのようであった。
しかし、後ろの魔族の中には忌々しげに人々を見ているものもいた。
人族が多く魔族に殺されたように、魔族もまた多くを人族に殺されたのだ。
末姫はそんな魔族一行をみたあと、人々の方を向いた。
「今までありがとうございました。」
そういって頭を下げた末姫は、最後に1つ微笑んで、魔族の持ってきたカゴの中へ入っていった。
それをみた乳母は泣き崩れたが、他の人々は戸惑っていた。
今まで魔族に嫁ぐ末姫を、魔族と同じように感じていた。
しかし、最後にみた微笑みはまるで女神のように慈愛に満ちていたのだった。
✴︎✴︎✴︎
魔族につれられ城についた末姫は、魔王の間に連れていかれた。そこで、初めて魔王をみた。
魔王は黒く長い髪を後ろで束ね、切れ長の赤い瞳を細めて末姫をみていた。
雰囲気は恐ろしかったが、その整った顔に末姫は見惚れていた。
「…ふん。そなたが人王の末姫か。」
魔王に問われ、末姫は慌てて答えた。
「はい。私は108代人王の末娘であります、名を…」
「名はよい。どうせ呼ぶこともないからな。」
末姫の挨拶をさえぎり、魔王は言った。
困惑している末姫を鼻で笑い、魔王は宰相に命じた。
「あれを飲ませろ。」
「かしこまりました。」
宰相が持ってきたのは、銀のグラスに注がれた、ドロドロとした赤い飲み物だった。
「それを飲めば、そなたは我と同じ寿命となる。我の妃達は皆誇り高き魔族であるため長い時を生きることができるが、そなたはちっぽけな人だからな。」
魔王の言葉を聞き、末姫はためらいがちに赤い飲み物に口をつけた。そして、いっきに全てを飲み干した。
その瞬間、今まで感じたこともないほどの鋭い激痛がはしった。
「…カハッ……あ、あぁぁあぁぁぁぁぁ!」
末姫の叫びを周りの魔族はニヤニヤしながら聞いていた。
やがて、末姫はあまりの痛さに気絶した。
「ふん、つまらん。おい、そこの兵ども。こやつを部屋へ放り込んでおけ。」
「はっ。」
✴︎✴︎✴︎
末姫が目を覚ますと、まるで牢獄のような部屋にいた。
末姫の顔ほどに小さい窓が1つ、小さいベットが1つ、ほこりのかぶった小さい机が1つ。それだけしかない小さな部屋だった。
末姫は気絶する前のことを思い出した。
(確か、魔王様に会って、変な飲み物を飲んで……。魔王様、冷たいけれどとても綺麗な方だったわ。)
そこで、末姫はお腹が空いていることに気づいた。
末姫はここで何をしたらよいか、またどのような生活になるのかなど、何も知らなかった。
そこで、誰かに聞こうとしてドアを開けるが、誰もいなかった。
そのため、末姫は人を探して歩いた。
すると、武官らしき人がみえた。鍛え上げた大きな体に、大きな剣を背負っている彼は、端正な顔をしかめており、話しかけにくかった。
しかし、他に人もいないため末姫は勇気をだして話しかけた。
「すみません、少し伺いたいのですが…。私はどのようにしたら良いのでしょう?何かご存知の方にお話を伺いたいのですが…。」
すると、武官らしき人は末姫をジロリと睨んだ。
「貴様が人王の末姫か。…ふん、見るからに軟弱そうな奴め。俺は弱いやつが嫌いでな。貴様に言うことなどない。」
剣幕にたじろいだ末姫だが、ここで引くわけにもいかない。
「不愉快にさせてしまったのなら申し訳ありません。では、他の方はどちらにいらっしゃいますか?」
しかし、武官は末姫を睨んだだけで答えずに去って行った。
仕方なくまた彷徨っていると、メイドのような格好をした女性が3人いた。
「ねえ、聞いた?人王の末姫の話!」
「聞いた聞いた!そんなに綺麗でもないし、力も弱いらしいわね。本当、人間ってどうしようもないわね!」
「あーあ。末姫付きの私たちって運がないわよねー。他の御側室の方がよかったわ。ほら、アイリーン様とか!」
「アイリーン様!素晴らしい方よねぇ。美しいのに強靭な体、魅惑的な眼差し!憧れるわぁ。」
きゃっきゃっと話すメイドたちに、末姫は話しかけずらかったため、他を探すことにした。
しばらく歩くと、先ほどのメイドたちよりも年が上に見える女性がいた。
「すみません、少し伺いたいのですが…。」
「…ああ、人王の末姫様ですね。お目覚めになられましたか。私はメイド長でございます。何かございましたか?」
嫌そうな顔をしていたが、ようやく話が聞けそうな相手に末姫は喜んだ。
「はい。私はこちらに来たばかりで何もわかりません。私は何をしたら良いのでしょうか?」
「そうですね、特には何も。王のお渡りがあった時にお相手するだけですね。」
メイド長の気の無い返事に末姫は困惑した。
「では、ここでの生活はどのようにしたら良いのでしょう?」
メイド長は迷惑そうな顔を隠しもしなかった。
「食事は王がお呼びの時以外は朝・昼・晩にお部屋にお持ちします。他はご自由に。他には何か?」
「…いえ、ありがとうございます。」
お礼を言って微笑んだ末姫に、メイド長は少したじろいだが、無愛想に去っていった。
✴︎✴︎✴︎
とりあえず、もうすぐ晩になるので、ご飯が届くまで部屋で待っていることにした。
すると、扉が数回ノックされた。
「はい。」
末姫が返事をすると、先ほど話をしていたメイドたちが食事を持って入って来た。
「…お食事をお持ちしました。」
そして食事を並べて一礼をして去って行った。
食事は、末姫が人族の国で食べていたものよりもさらに質素なものだった。
末姫は全部食べた後、食べ終わった皿を下げてもらった。
「とても美味しかったです。ありがとうございます。」
そういって微笑む末姫に、メイドたちは少し顔をしかめて去っていった。
その後、末姫はこれからのことを考えていた。
(嫁いで来た、ということは、今日が初夜というものなのかしら…。でも、結婚式はしてないから、まだ結婚したことにはなってないのかしら?…とりあえず、魔王様がいらしてから聞いてみましょう!)
ドキドキしながら魔王を待っていた末姫だが、その日魔王は末姫のもとには来なかった。
✴︎✴︎✴︎
一晩中魔王を待っていた末姫は、眠いまなこをこすりながら朝食を食べた。
笑顔でメイドたちにお礼をいい、皿を下げてもらっていると、いきなり魔王が入って来た。
いきなりのことに慌てながら、末姫は丁寧に迎えた。夜には来なかったが、魔王が来てくれたことに末姫は喜んでいた。
何か飲み物を持って来てもらおうと末姫が声を上げる前に、魔王は手で制した。
「すぐに去るから別によい。そなたに話しておくことがあってな。」
「はい。何でしょうか?」
「そなたとの式は行わない。人族など取るに足らんからな。別によかろう。」
幸せな結婚式に夢をみていた末姫はショックをうけた。
しかし、続けて魔王が話したことにさらに衝撃をうけた。
「まさか、人族風情が我の寵愛を受けれるなどと思ってはおるまいな。そなたを呼んだのはただの暇つぶしだ。そこいらの犬猫と変わりない。」
そう言って魔王は末姫を足蹴にした。
「うっ…」
うずくまって痛みをこらえる末姫を鼻で笑い魔王は去っていった。
末姫は痛みをこらえながら立ち上がった。身体もこころも痛かった。
しかし、故郷でも冷遇される中1人末姫を愛してくれた乳母のことを思い出した。
(…きっと、人族との関わりがそれほどなかったから)
きっと分かり合える、末姫はそう信じる事にした。
✴︎✴︎✴︎
しかし、現実は末姫が思っていたほど簡単ではなかった。
魔王は時々末姫のもとを訪れては、末姫に罵倒した。
しかし、末姫は我慢強く笑っていた。
「こんばんは、魔王様。今日は庭に咲いていた花を飾ってみましたの。こちらの花は人領では見ないものばかりで、楽しいわ」
「…ふん、気持ちの悪いやつめ。なぜ笑っている」
眉をしかめていう魔王に、末姫は笑って言った。
「だって、仲良くなりたいもの。魔領にも綺麗な花や美しいもの、たくさんあって好きだわ。だから、きっと、私はあなたたちも好きになると思うの。」
魔王は眉をしかめたが、黙ったまま部屋から出ていった。
しばらくすると、メイドがご飯を持って入ってきた。
末姫が器をのぞくと、美味しそうなご飯の上にミミズが這っていた。
最近、末姫のご飯に異物を入れるという遊びがメイドの中で流行っているらしい。
末姫は、ミミズが苦手だった。青ざめる末姫にヒソヒソとメイドが笑った。
末姫は異物が入っていない器の料理をなんとか平らげ、メイドに笑いかけた。
「ごめんなさい、残してしまったわ。けれど、美味しかったわ。」
文句も嫌味も言わない末姫に、メイドは顔をしかめたが、そのまま何も言わずに出ていった。
✴︎
その後、末姫は庭に散歩に行くことにした。
実は、末姫は乳母から人領の花の種を受け取っており、それを育てることを楽しみとしていた。
末姫が花壇の近くに行くと、前に会った武官に会った。
「こんにちは。いいお天気ね。」
末姫がニコニコと声をかけると、武官は末姫を睨んだ。
「相変わらずひ弱そうだ。これだから人族は。笑うことしかできんのか。」
そういう武官に、末姫はどう返したらいいのかわからなかったため、困りながら花壇の方を向いた。
すると、末姫が大切に育てていた花壇が踏み荒らされていた。
「ふん。よく分からんことをする奴もいるもんだ。花なんぞ荒らして何になるやら。まあ、魔王城でそんな貧相なものを育てるのはやめて欲しかったから、ちょうどよい。」
武官はそう言って笑いながら去っていった。
末姫は、それでも涙を流さず、1人でせっせと花壇を直していった。
(乳母も言っていたもの。きっと、いつか分かり合えるわ。でも、乳母に会いたいわ…)
くじけそうになる度に、優しい乳母を思い出した。
末姫が嫁いだのは人族と魔族の友好のためである。乳母のためにも、末姫は魔族と仲良くなれるように頑張ろうと決心した。
✴︎✴︎✴︎
それかれ数十年、末姫と魔族の関係は良いものにはならなかった。
しかし、魔族の戸惑いは次第に大きくなっていった。
脆弱な人である末姫は、何を言っても、何をしても笑ってる。
その微笑みは優しく、本当に末姫が魔族と仲良くなりたいのだという気持ちが伝わってくる。
しかし、長年の魔族と人族との間の溝は、簡単にうまるものではなかった。
魔族は末姫に戸惑いながらも、人族は敵だと言い聞かせていた。
そして、それは魔王も同じであった。
(おかしい。人族なぞ、脆弱なくせにずる賢いだけの下等生物だ。なのに、なぜあの末姫に会うと心がかき乱されるのだ……。)
本当は魔王も他の魔族も末姫に笑いかけられるのが嬉しいのである。戦闘狂いの魔族たちは柔らかく微笑む優しい存在に惹かれていった。
しかし、そうとは認めたくなかったのである。
ある日、いつものように末姫が花壇に行くと、乳母からもらった花が無残に刈り取られていた。
これはもう、直せる範囲ではない。
何十年と会っていない乳母だが、末姫の心の支えはやはりかの優しい乳母だけであった。
しかし、そんな末姫に残酷な知らせが届いた。
✴︎✴︎✴︎
「そなたの乳母が、死んだそうだ。やはり人族は脆弱だな。あっけなく死んでゆく。ハッ、つまらんものよ。」
突然部屋に来た魔王が、そうつげた。
魔王も後ろに控えているメイドも、罵倒を困ったように微笑む末姫であるから、今回もそれで終わりと思っていた。
しかし、末姫にとってその知らせは、末姫の心を壊すのに十分なものであった。
青ざめて笑うこともない。
いつもと様子の違う末姫に、魔王もメイドも戸惑った。
「…おい?何をしている?」
魔王がそう問いかけたとたん、末姫は崩れ落ちた。
今まで我慢してきたものが、一気に溢れ出たように。
もう、末姫には何も残っていない。そのように感じられた。
それから、末姫が笑うことは無くなった。
✴︎✴︎✴︎
「……おい。今日も来てやった。」
魔王が末姫の部屋に入る。
しかし、以前のように末姫が温かく笑って出迎えることはなかった。
乳母の死を知って以来、末姫は笑うことも泣くことも無くなった。
感情が全く感じられず、散歩に行くこともなくなり、一日中椅子に座ってあの小さい窓から外を見上げるばかりでありであった。
魔族たちは戸惑った。
この数十年で、末姫が笑っていることがすっかり当たり前になった魔族たちは、胸に穴があいたような気持ちがした。
あの日から、魔王は毎日末姫のもとに通った。
またあの笑顔が見たい。
そう願う自分の気持ちに嘘をつくことができなかった。
それは、魔王だけではなく、魔族全員の気持ちであった。
✴︎✴︎✴︎
一日中椅子に座って小さな窓から外を覗いている末姫を見ていた魔王は、部屋を変えることを思いついた。
(もっと大きな部屋で、大きな窓がついていたら、末姫も喜ぶかもしれない。)
しかし、城で1番大きく、日当たりの良い部屋に移っても、末姫が笑うことはなかった。
末姫付きのメイドたちは、考えた。
(美味しいご飯をたくさん持って来たら、末姫は喜ぶかもしれない。)
しかし、料理長に頼んで、魔領でもっとも美味しく豪華な食事を持っていっても、末姫が笑うことはなかった。
武官は考えた。
(末姫が大切にしていた花壇を元どおりにしたら、末姫は喜ぶかもしれない。)
人領の花の種がなかなか手に入らなかった。そのため、末姫が綺麗だといった魔領の花を植えて、花壇を華やかにした。
しかし、どんなに綺麗な花壇をみても、末姫が笑うことはなかった。
✴︎✴︎✴︎
魔王は、夜には必ず末姫のもとに行って、抱きしめて寝るようになった。
はじめて抱きしめた時、あまりの小ささに、あまりの細さに、あまりの柔らかさに、魔王はひどく驚いた。
(…人族がか弱いことは知っていたが、これほどとは…。我らからの扱いで、このか弱い末姫がどれほど恐ろしかったことか……)
魔王は末姫をいたぶったことをひどく後悔をした。しかし、どんなに後悔しても末姫が笑うことはない。
魔王は、真綿をつつむように、大切に、大切に末姫を抱きしめながら、明日はもしかしたら笑い会えるかもしれないと期待を胸に眠る日々であった。
しかし、魔族たちがどんなに頑張っても、末姫が感情を表すことはなかった。
✴︎✴︎✴︎
それからさらに数十年。
末姫が魔王のもとに嫁いでからおよそ100年がたった。
その間、末姫は変わらず感情なく座って外を見ているだけだった。
そんなある日、窓の外から歌が聞こえて来た。
可愛い私の姫様や
泣かないでおくれ
笑っておくれ
いついつまでも、貴方を想っている
それは、遠い昔乳母が末姫に歌ってくれたものだった。
数十年、光を灯さなかった末姫の瞳が、大きく開いた。
そして、歌が聞こえる方へフラフラと歩いて行った。
いきなり出て行った末姫に、周りの魔族たちは慌てて後をついていった。
その知らせを聞いた魔王も、急いで末姫のもとに行った。
魔族たちが末姫のところにたどり着くと、そこにはハーブを弾きながら歌っている旅の詩人と、その前で静かに涙を流す末姫の姿があった。
魔族たちは、久しぶりにみた末姫の感情に驚いたが、末姫を泣かせた詩人に怒り捉えようとした。
しかし、末姫がそれを遮った。そして、詩人に聞いた。
「その歌を、どこで知りましたか?」
「私の曾祖母さんが歌っていた歌だそうです。その昔、人族の姫様にお支えしていた曾祖母さんが、最後の時まで歌っていた歌だそうです。」
末姫は、詩人が乳母の子孫であるとさとった。
乳母を思い出し、涙を流しながらもう一度歌ってくれないかと頼む末姫に、詩人は戸惑いながら歌った。
周りの魔族たちも戸惑っていたが、詩人が歌い終わった時にみせた末姫の笑顔に、目を見張った。
魔王は、末姫に近づいて言った。
「…そなたがその詩人を気に入ったのなら、城で雇おう」
しかし、末姫は首を振って断った。
「詩人さんの旅を止めるわけにはいきません。しかし、もし…。もしよろしければ、曾祖母様の話を聞かせてください。歌も、歌ってほしいです。」
詩人は快く引き受けた。
✴︎✴︎✴︎
それから、詩人が旅立った後も末姫は笑うようになった。
魔族たちは大いに喜んだ。
そして、もう二度と間違えないことを心に誓った。
そんなある日、魔王は末姫を伴って2人で城の外にある草原に向かった。
そこには、末姫の故郷に咲いてあった色とりどりの花が咲いていた。
「…これは、魔王様が植えてくださったのですか?」
驚いて聞く末姫に、魔王は顔をそらした。
しかし、その耳が赤くなっているのに気づく。
しばらく2人とも黙って座ったまま花を見ていた。すると、魔王がふいに話し出した。
「…我は愛しいや悲しいなどと感じたことがなかった。しかし、そなたが笑わなくなってから、胸に穴が空いたような気持ちがした。」
末姫は、魔王を見て言った。
「…私たちは、分かり合えるでしょうか?私は、あなたたちを愛してもよいのでしょうか?」
「…分かり合えるのだと思う。それに…そなたは分からぬが…
……おそらく、我はそなたを愛しているのだと思う。」
末姫は一瞬目を見開き、そして魔王によりかかった。
✴︎✴︎✴︎
人族と魔族は長い間、ずっと争っていた。
しかし、ある婚姻から魔族が人族を襲うことはなくなった。
そして、人族の間にも、魔族に嫁いでいった姫の話が伝わっていった。
末姫は、後の世で人族と魔族の間に平和をもたらしたとして、
微笑みの姫
と呼ばれるようになった。