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第1話 第3章 お嬢様の秘密3



「こちらが従者控え室でございます。どうぞ」

「ありがとうございます。……わあ」


 学院の中も、いたるところに絵画やモニュメントが置かれ、上質な大理石・絨毯で彩られていたのを目の当たりにしていたまことはなんとなく想像はしていたが、実際に見ると思わず感嘆の吐息が零れ落ちた。地味だが上品な光沢を放つ絨毯が敷かれた室内はシンプルなシャンデリアに照らされていて、テーブルが5つ、まるでパーティ会場のようにクロスをかけられて鎮座していた。端のほうには給湯施設と思しきピッチャーやコンロのようなもの、簡易な食器類が並べられたテーブルがあった。


「パーティ会場にしか見えないんですけど、ここって本当に控え室ですよね」

「マコト様はおもしろいことをおっしゃいますね、どこからどう見たって控え室でございます。廊下の札にも書いてありますし」

「いや、こっちの文字、読めないので」


 ジャックはやはり抜けているところがあるのだろうか?どこからどうも見ようがないことを説明しても、にっこりとしているだけで、とくに反応はなかった。


「それで、控え室にいる間は何をするんでしょうか」

「基本的には主人の呼び出しがあるまでは待機です」

「へ?」


 何かここでも職務があるだろうと、メモをとるような気持ちで聞いてみたのだが拍子抜けした。


「学院内では安全は保障されておりますし、あくまで主人も学校に通う一生徒でございます。従者が邸内のように手を出すことは無粋にございますよ」

「た、たしかに、そうですね……」


 椅子を丁寧にひき、促してくるジャックに、自然と腰をおろしてしまったまことは膝に手を重ねて姿勢を正した。周囲を見回してみても、そんなにたくさん人がいるわけではなく、静かな雰囲気だ。


「マコト様はまじめですね?初日なのにお仕事を探そうとなさるとは!」

「(私って、なんだと思われてるんだろう……)なんだかやること無い、と言われるとそれはそれで落ち着かないもので」

「そうですね、命令をされることは滅多にありませんが……ここはひとつ、マコト様とお勉強することと致しましょう」

「ええっと、何か書くもの、ってありますか」

「おお、私としたことが!やはりマコト様はまじめでいらっしゃる!」


 ポン、と手を打ったジャックは、ポケットからペンと小さなノートを取り出してまことに渡した。そのまままことの正面に回ると、指で宙をなぞった。すると突然、淡い水色の光がマーカーのように空中に描き出された。


「うわっ!え、宙に、光が、浮いて……?」

「ああ、こちらもマコト様は初めてご覧になるのですね」

「はい」


 そのままスルスルと光の線をつなげて、たくさんのいびつな四画・三角を描くと、今度は左手を軽く握ると、握ったところから右手ですいっと線を描くと、棒のように線が浮き立った。昔、学校で見た指揮棒にそっくりだ。


「では、まずこの国の説明から行いましょう。こちらは【アズリア大陸】……、そう、こちらの慎ましやかな島にございます。こちらの端、こちらがわが街【ローラント】でございます」


 左端の方の、いびつな四角形を指揮棒で指して、くるくると円を描きながら下の角に今度は黄色の光で印をつけた。


「この街、ローラントが属する国、【アズリア王国】は、大陸全体を領土とする国でございます。このほかにも、様々な国を擁する大陸が五つございます」


 四角・三角はそれぞれ大陸だったらしい。何かの動物のように見えたけど、違ったのね――

 

「【ローラント】は石造りの建築と、花の栽培に関しては世界最高峰の、美しい街でございます。小さな街ですが、国内外より多くのお客様がいらっしゃいます」

「たしかに、お城や教会、お家もきれいなのが多かったです」

「ありがとうございます!……そして、アズリアにはローラントの他にも十の街があり、それぞれ全てに【領主】がいます」


 元の世界の学校でだいぶ昔に習った世界史を思い出す。王国、領主……今となっては歴史の授業よりもゲームやマンガでよく聞くワードだ。


「その領主は、王から任命されて、街を治めてるんでしょうか」

「おや、マコト様の国にも領主がいらっしゃるのでしょうか」

「いえ、うちにいるのは知事とか議員でしたけど……」


 毎朝毎晩テレビに出てきては頭を下げていたおじさん達を思い浮かべる。たぶん、領主よりは偉くないんじゃないかな。こっちの領主も、元の世界にいた領主も実際に会ったことはないけど。


「チジ、ギイン、ですか。残念ですかこちらにはそういった者はいませんね」

「……(なんだかジャックさんが言うと、ゲームの役職に聞こえるなあ)」

「マコト様、何かおかしなことがありましたか」


 おじさん達が剣や杖を持ってやりあっている姿を想像してしまって思わずニヤつく。雑コラにも程がある……。いけない、ジャックさんが不審そうな目で見ている。


「い、いいえ、何でも!それで、領主というのは」

「……? 領主は、王から任命を受けるのではなくて、それぞれの街をほぼ独立して治めています。それぞれに独立した法と、国内共通で定めている法があり、街はお互いに協定を結んでいて、その中で、とくに豊かで力を持っていた街【スフィア】が首都としての機能を担うことで、その領主が王となり、共同体を治めています」

「ふーん……?」

 

 聞いたことのある言葉が違う意味で語られるこの話は、やっぱり御伽噺のように聞こえる。手元の紙にとりあえず小さな冠をかぶった人形を九体描きこんで、一体だけマントをつけたりっぱな人形にしておいた。


「そして、その十人の領主のうちの一人が、わが街ローラントの領主にして我が主人、メイナード・キャンベル卿でいらっしゃいます」

「わあ……やっぱり偉い方なんですね」

「はい、すばらしいお方でございます。そして、跡継ぎでいらっしゃるのがメルヴィル様です」


 自分はけっこうすごいところにお仕えすることになってしまったのだな……。女の子で跡継ぎになれるというのが、日本で育った身からすると不思議な気持ちだ。ヨーロッパでは女王もいるし、そんなものだろうか。


「メルヴィル様おひとりですか?跡継ぎということは」

「ご兄弟はいらっしゃいません」

「そっか――」


 そこまで話すと、描いていた光の線を空を掴んで消し去る。


「さて、少し長く話してしまいましたね。お茶をいれましょう」


 


「メロちゃん、がんばって!」

「……」


 メルヴィルは、テーブルの上の、うんともすんとも言わない水盆をじっと見つめる。横でミアが両手を顔の横で握って応援しているが、それすらもいまやわずらわしい。まったく気にいらないことに、他の生徒も続々と自分のテーブルに集まってくる。早くしろと言わんばかりのそわそわした様子に、苛立ちながら手をふる。八の字を描く白い指先を皆固唾をのんで見守るが、静寂が募る。


「……、皆ボクのことはいいから、席に戻らないか」

「メロ、コツとか教えてあげようか」

「よりにもよってお前にか。また今度でいい、ありがとう」

「メロちゃん、こう、少し上の丸が小さいからじゃないかなあ!?」

「ボクの軌跡は完璧だ。何度練習したと思ってる」

「あ、あうう」


 とうとう生徒全員がメルヴィルのテーブルに集まっている。それもそのはず、他のテーブルでは水盆の上で独りでに水が踊り、滾々と湧き出て噴水をなしている。課題が終わっていないのはメルヴィルだけになってしまったのだ。


「……メルヴィルさん、今日の放課後、一緒に練習しましょうか」

「……お願いします」


 時計をちらりと見て、教師がそっとメルヴィルの肩に手を置いた。居残りが確定した瞬間だった。



 そろそろ正午になろうというころ、講義を受けていたまことのお腹がくぅ、と鳴った。耳ざとくこの音を聞きつけたジャックが宙に線を描いていた指先を止めて笑う。


「……そろそろお腹がすきましたね。昼食といたしましょう」

「すみません……」


 実は掃除が終わった直後に簡単な朝食はいただいていたのだが、いかんせん時間が早かったため当然お腹も空く。


「食堂に向かいましょう。従者の席も用意されていますから」


 控え室を出て、来た方とは逆の方に歩き出す。まだ教室は授業中で、外でも賑やかな声が聞こえる。廊下に掲げられている札をちらちらと見るが、やっぱり何かの模様にしか見えない。この文字も、勉強すれば読めるようになるのだろうか?


「ジャックさん、ローラントには図書館とかはあるんでしょうか」

「図書館、ですか。教会にございますが、何かありましたか」

「さっきもそうなんですが、こっちの文字、ぜんぜんわからないんです。部屋の札も読めないんじゃ、困るなあ、と思いまして」

「そういうことでしたら、私が教えて差し上げますよ」

「あ、いえそんな!お忙しいでしょうし……」

「でも、一文字もわからないのでは勉強にならないのでは」

「そう、ですね……」


 つい英語やフランス語を勉強するノリで言ってしまったが、そもそもこっちの世界に日本語か、あるいはせめて英語がないと成立しない。まったく知らない言語を勉強するなんて、赤ん坊から数年かけなきゃできっこないのは明白だ。


「では、そうですね。これから昼食をとるとき、少しずつ勉強していくことといたしましょう」

「すみません、ご迷惑おかけします」

「ですが、そうですね――案外、メルヴィル様も付き合ってくださるかもしれませんよ」

「えっ?」

「メルヴィル様は、大変な本の虫でいらっしゃいますから、文字を教えるのもやぶさかではない……のではないでしょうか。本日、お帰りになったときお願いしてみてはいかがでしょう」

「あ、いえ、使用人がそんな、厚かましいこと……」

「きっと、メルヴィル様もお喜びになるでしょう」


 にこにこと言い放つジャックを見ていると、そんなものだろうか、と思えてくるが、果たして自分にそんな勇気があるだろうか……。

 

「ああ、ご覧ください。噂をすれば、でございます」

「あ、メルヴィル様――」


 外に生徒の一団があり、そこでは運動のようなものをしているのが伺える。長い棒のようなものを構えているところを見ると、剣道のようなものだろうか。メルヴィルが中心にいて、複数の生徒がそれを囲んでいる。自分の知っている剣道とは違うらしい。


「いやあ、メルヴィル様の剣の腕前は、いつも見ていて惚れ惚れとさせられます」

「はあ……」


 そう言うジャックを見ていても、まことの目にはただ可憐な少女が有象無象(同年代の少年少女だが)に囲まれているようにしか見えない。突然集団は動き出した。礼儀もなにもあったものではない。まさにいっせいに取り囲み、少女を打ちのめさんと襲い掛かる。後ろから髪を高く結い上げた少女がまっすぐ肩目掛けて棒を振り下ろす……思わず目をつぶろうとしたが、メルヴィルの動きはそれよりも早かった。

 一見もせずに棒を後ろ手に払う。返す刃でそのまま前方で振りかぶる少年を胴を横殴りに打ち付けると、横からおそいかかる少女には体をひねり柄をお見舞いする。倒れた少女の後ろで頭上高く棒を振り上げた体格のいい少年を、びゅんとしゃがみこみ脛に一発。倒れる巨体を、えりぐりを掴んで前方に投げ飛ばし、3人ほど吹き飛ばしたところでピーッと笛の音が。あたりには座り込んで棒を地面に投げ出す少年少女たち。


「お見事でございます!メルヴィル様!」


 窓を見下ろしガッツポーズをとるジャックを尻目に、まことは息を忘れて見入っていた。腕や腹をさすりながら生徒達に次々と声をかけられるメルヴィルは、その声に気づいたのか突然こちらを見上げた。


「ジャック、マコト!見ていたかー!」


 瞳をきらきらさせて自信満々な様子で手を振るメルヴィルに、ジャックは笑顔で手を振り返したが、まことはただその瞳を見つめているしかない。


「マコト様、どうなさいました」

「へ、あ、すごかったですね!?何してるか全然わかりませんでした……!」


 声をかけられてようやく気づいたまことは、顔の前で手を振り、ごまかした。


「お、お腹空いてたんですよね!行きましょう! メルヴィル様!お疲れ様でしたっ」


 早口でまくし立てると、行き先もわからないのにジャックより先に歩き出す様子を、メルヴィルは見つめる。


「マコト様?お待ちください~~!そのまま行かれますとその先はホールでございますぅうう」


 遠ざかるジャックの声をしばらく目で追いかけたが、やがて顔を戻して呟いた。


「……マコトは、あまり剣は好きではないのか?」


 大立ち回りをやってのけた細腕を眺めて一言。


「はあ、午後は居残りか……」


 いろいろと話しかけてくるクラスメイトに相槌を打ちつつ、もう今から夕方が憂鬱な気持ちになる。そんな様子のメルヴィルを見ていたのか、ミアが明るい声で話しかける。


「メロちゃん!やっぱり強いね!私まだ、一本もとれたことないよ~」

「ミアは、踏み込みは早いが打ち込みのタイミングとあってないな。素振りすれば上達するんじゃないか」

「そ、そうだね~。私、足ばっかり動いて手のほう忘れちゃうの。……よかったら、また教えてほしいな」

「そうだな……今日は居残りがあるから教えられないが、時間があるときにいつでも教えるぞ」

「約束だよ!」


 ミアが無邪気に笑う。さて、こうして約束はするもののミアと剣の特訓ができたためしはない。ミアは部活が忙しくてなかなか時間は取れないのだ。


「じゃあ私、今日お昼に部のミーティングがあるから、お先に!」

「ああ、また後でな」


 さっきマコトが「お腹が空いた」と言っていたな。食堂に向かってみるか――。


 心なしか急いだ様子で、メルヴィルは更衣室へと足を向けた。




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