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第1話 第3章 お嬢様の秘密2

 飴玉を秘めた鞄を持つと、ジャックは颯爽と扉に手をかける。悪戯っぽい笑みに呆けていたまことは慌てて後ろをついていく。


「すみません、ボーッとして。ジャックさん、いつも飴を持ち歩いてるんですか」

「まさか。そんなことをしたらポケットの中でとろけてしまいます!実はですね――」


 飴色の廊下を通り過ぎ、向かったのは昨日通った開放感あふれるエントランス。朝の光を無駄に大きな(とまことは思う)窓からいっぱい受けて、ダイヤモンドのような輝きを放つシャンデリアがまこと達を迎えた。


「まだ少し時間がありますので、思い出話でもしましょうか」



 学院に上がったメルヴィルの登校は、それは騒々しいものだった。学院入学を大いに喜ぶ領主――メイナード・キャンベル卿は、まるで人生最大のパーティのようにその朝を計画した。もちろん優秀な使用人達が完璧な演出――たとえばすべて新品のレッド・カーペット、たとえばたくさんのガラス球で飾られたエントランス、たとえば街自慢のローラント・フィル音楽団の演奏――を用意していたのだが、肝心の主役は寝坊。しかも迎えにいったメイドも報告に戻ってこない。


「メロはどうしたんだ?こんなにめでたい日に遅刻とは!さては恥ずかしがっているな――よし、ジャック、仲のいいお前が様子を見に行ってやってくれ」

「わ、私ですか。そのような、畏れ多い……」

「お前はいつも、メロと遊んでやってくれてるだろう?お前が手を差し出せば、メロも気兼ねなくベッドから出てくるだろう」


 傍で、他の使用人の影に隠れるようにして行儀よく立っていたジャックに、キャンベル卿は声をかける。まだ一介の執事見習い(といってもほとんど書斎の掃除しかしていない)のジャックは、自分に白羽の矢がたつとは露ほども思っておらず、思わず周囲の使用人仲間を見回したが皆にこやかに視線を返すだけだった。


「ご主人様の、ご命令とあらば……」


 ぼそぼそと言うと、ゆっくりと礼をして眠り姫のもとに向かうしかなかった――。


 コン、コン、コン、コン

 軽やかにドアをノックしたが、やはりというかシーン、という静寂が返ってくる。


「メルヴィル様、失礼いたします――」


 ふ、と息をついてノブを握りなおし、薄くドアを開けてみる。ふわり、と花の香りが漏れ出る室内は、カーテンは開けられているようで、光が満ちていた。視線をカーテンからベッドに滑らせると、そこにはうずくまる人影があった。


「っ! メルヴィルさ、ま……あれ」


 うずくまっていたのはメイドのマリアで、ベッドの中はもぬけの殻。まだ温かみが残るベッドからは、眠り姫が先ほどまでそこにいたことを示している。ふか、と手を沈ませるシーツを一撫でして、周囲の気配に意識をめぐらすと、キュ、という音がした。


「メルヴィル様、おはようございます……」

「……ああ、おはよう、ジャックか……」


 そこまで寝起きの悪くないメルヴィルのはずが、今朝はどうしてか気だるい雰囲気を醸している。奥のドアから出てきたメルヴィルは、前髪からぽつり、と落ちていく雫を無表情に見つめながら、あくびを漏らした。


「ふぁ……マリアは具合が悪いようだから、休ませてやれ。今朝はなんだか邸が騒騒しいようだが、きっとボクを待っているんだろう。支度してくれ」

「かしこまりました、お待ちください」


 具合が悪い、らしいマリアに声をかけようと顔を覗き込むと、さきほど香った花の匂いがした。香水なんてつけるタイプではなかったように思ったが、女性について疎いジャックは少し頬を赤くしてその考えを打ち消した。


「マリア、マリア。大丈夫かい」

「……んぅ、ジャッ……ク……? なんで」

「君、熱でもあるんだろ。メルヴィル様がご心配なさっている。歩けるかい」

「熱……? わたしが……?」

「だって、顔が赤いよ」

「そう……ええ、大丈夫、歩けるわ」


 長いまつげを瞬かせてベッドにゆっくりと手をつくと、マリアは緩慢な動作で立ち上がり、メルヴィルにしずかに礼をすると部屋を出て行った。その様子をじっと見ていたメルヴィルとジャックだったが、ちら、とメルヴィルが視線をよこしたのを察して、急いで呼び鈴を鳴らした。


「で、ではメルヴィル様! すぐにメイドが参りますので!」

「あぁ……」


 苛立たしげに首をふり、額に手を当てるメルヴィルを見て、ジャックは思考をめぐらせる。気分が悪そうだけど、医者を呼んだほうがいいのか、しかしさっき支度をしろ、と頼まれたし――。身じろぎとともに、カサ、と音をたてたポケットに、名案が思いうかぶ。


「メルヴィル様、こちらをどうぞ」

「うん? 何だこれは。飴玉か」

「最近趣味で作ったもので恐縮ですが……舐めるといくらか気分がさっぱりします」

「飴玉も作れるのか。多芸だな、ジャックは」

「もともと菓子職人の家でしたので……」

「ありがたく頂戴しよう」


 群青色のそれは、スッとする香りが漂い、部屋から花の香りを追い出すかのような錯覚を抱かせた。その場ですぐ包みを解き、口に放り込んだメルヴィルはもごもご、と口内で飴玉を転がすと、一言


「うまい」


 と呟いた。その後すぐに身支度が始まり、ジャックはエントランスに戻った。寝坊したにも関わらず丁寧に櫛でとかされたであろうきらきらの黒髪を揺らし、エントランスに現れたメルヴィルは爽快な顔つきだった。



 楽しそうに語られる出来事に、まことは思わず聞き入っていたが、ふ、と気がついた。


「ジャックさん、そのマリアさんは結局風邪だったんですか」

「そのようですよ。午前中休みをとり、午後には仕事に戻っていましたが」

「そう、ですか」

「ただ、そのあともしばらくは寝起きの悪いこともありまして、いつしか私がお迎えにあがる役目になっていってしまったのです」

「……メイドさんではなく」

「親しい、といいますと恐縮ですが、私に起こされるほうが気兼ねしないから、とおっしゃいまして」

 苦笑するジャックからは妹に手を焼かされる兄のような雰囲気がかもし出されている。年頃のお嬢様でも、上流の人は異性に寝起きを見られるのも構わないのか――と他人事のように思った。そうじゃなくて、ええっと、聞きたいことがあるような気がするけど――「マコト様、いらっしゃいましたよ」


「あっはい!」

「先に扉に向かい、扉をお開けします」

「はい」


 堂々とした足取りでホールを歩いてくるメルヴィルにあわせ、恭しくドアをお開けする。ぎこちないながらも姿勢正しく横に並んだまことを、メルヴィルが目に留め、ぱち、と目があう。


「マコト、今日はよろしく頼むぞ! 楽しい1日になりそうだ」

「か、かしこまりました! 精一杯務めさせていただきます!」


 まるで社長と向き合っている気分だ。自然と腹の底から声が出て、折り目正しくビシッと礼をする自分に内心苦笑する。新入社員のとき以来の気分だ。


「さあ、参りますよマコト様。馬車の扉を開けてください」

「はい!」


 颯爽と歩くメルヴィルに置いていかれないよう、ドアを丁寧に閉めてジャックと2人で足早に歩く。慣れないブーツに高揚感を覚えながらスカートをさばき、馬車に乗り込む。


「メルヴィル様、本日は終業後は呪文のレッスンがございます」

「そうだな……」


 まったく、仕方が無い、と言わんばかりのふてくされた顔で窓の外を見るメルヴィルは、年相応の少女の様子で、ちょっとかわいいな、と思う。しかしすぐにそんなこと思うの失礼でしょ、視線を逸らしたまことを、メルヴィルはまたむくれた顔で見た。


「マコト、よからぬことを考えている顔だな……」

「あ、いえ、そのようなことは……っ」

「マコト様、正直に申し上げればよいのですよ、勉強嫌いの子どものようだ、と」

「ほーぅ? マコト? そのように申すのか」


 思ってます、ええ思いましたとも!しかし年下とはいえ上司、主人、と思い口をつぐみ慌てるまことに、メルヴィルがずい、と顔を寄せる。


「まだ初日とはいえ、躾がなっていないようだな?マコト」

「(躾って……!)ま、まだ何も申しておりませんが!」

「まだ、と?何だ、申すことがあるのなら申せ」

「(あぁぁぁぁぁぁ 私の馬鹿!)ご、ございませんんん!」


 ていうか、近い!なんかいいにおいするし、まつげ長いし、お肌ツルツルでうらやましい!って、私また何を考えているんだ!変態っぽい!やめろ!


「――っはは! マコトはおもしろいな! 変な顔をして!」


 快活に笑って姿勢を戻したメルヴィルを、ぽかんと見やる。からかわれたのだ、ようするに。なんというパワハラだろう。いや、セクハラか――、まて、相手は()()()だぞ、しっかりしろ私。

 赤い頬を覚ますようにつん、と窓の方をみるまことに、満足げにうなずくメルヴィルは、傍から見るといちゃついている姉妹のようだ。ただし、まことが妹、だが。くすくす笑う声をBGMに、引っ込みが付かなくなったまことはひたすら窓の外を見ていたが、昨日と同じように街の人々は慌しく働きながら馬車に頭を下げていた。子どもは手を振っている。中にはメルヴィルと同じ服装をした少年少女もいて、皆笑顔で手を振ってくる。少年少女たちが歩いている方を少し乗り出してみると、わぁ、っと思わず声が漏れた。城だ。薔薇が這う巨大なアーチから、オレンジの石畳と、遠くの方に、水がめを持つ女神、それを囲む白い大きな噴水が見える。森の中にぽつぽつと緑のとんがり帽子が見えるのは、校舎だろうか。広大な森を白い壁で囲んだようないでたちのその城が、【王立ローラント学院】国内でも有数の規模を誇る学院である。門の前にはオレンジのトレンチを着こみ、磨きぬかれた黄金の槍をもつ衛兵が構えている。御者の声があがり、馬車はゆっくりと門の前に停止した。城を見て呆けているまことに、ジャックは声をかけてきた。


「マコト様、到着でございます」

「あ、すみません、つい見とれて……」

「わが街自慢の学院だ。あとでゆっくり見るといい!」


 先にドアを開けて待つジャックにならい、まことも馬車を出て横に並ぶ。ゆっくりと降り立つメルヴィルは、生徒の視線を集めていた。


「それでは、いってらっしゃいませ、メルヴィル様」

「いってらっしゃいませ!」


 ゆったりとお辞儀するジャックの横で、やや直角ぎみにぎこちなく礼をする。顔を上げると、もはやそこにメルヴィルの姿はなく、生徒達に囲まれ始めていた。それをぼーっと見ていると、どん、と背中に軽い衝撃。「ふわっ」という子犬のような声がきこえ、振り返ってみるとそこには少女が一人。鼻を打ったのか顔を抑えている少女は、声をきいて想像したのより、背が高くスラリとしていた。


「あ、ご、ごめんなさい! 余所見してました!」

「あ、私は大丈夫だけど……鼻、大丈夫?」

「大丈夫です! お構いなく!」


 手を離した鼻は少し赤くなっていたが、彼女が言うように大丈夫なのだろう。手をどけた少女は、明るい金髪に、アイスグレーの瞳が印象的だった。水色のカチューシャですっきりとまとめた短髪に、動きやすそうなシャツと膝丈のズボンの組み合わせが快活な印象だ。


「おはようございます、ミアさん」

「あっおはようございます、ジャックさん!」


 どうやらジャックと少女・ミアは知り合いらしい。


「今朝も精が出ますね、さすがはエース、でございます」

「ぼやっとしていてはそのエースの座も危うくなりますから。試合も近いですし!」

「その意気でございます。まったく、メルヴィル様にも見習っていただきたいものです」

「め、メロちゃんは充分素敵だし、頭もいいし、私などを見習っては!」

「おや、ご謙遜ですか」


 顔の前でぷるぷる手を振る様が、子犬がしっぽを振っているみたいで微笑ましい。いかん、なんだかこちらに着てから思考がおばさんっぽくなってないか……まあでもおばさんか、24だもんな……メルヴィル様っていくつなんだろ?見たところ13、14歳くらいかな。


「あ、そろそろ行かなくちゃ!朝礼が始まっちゃいます」

「お引止めして申し訳ありません」

「あの、さっきはぶつかってしまってごめんなさい! 私、ミアっていいます。メロちゃん家の新しい使用人さんですか」

「へ、あ、ああ、私? 私はまことといいます。昨日からメルヴィル様のところでお世話になっています。よろしくね、ミアさん」

「はい、よろしくお願いします、マコトさん! ではまた!」


 そう言ってたたっと駆け出すと、まるで駿馬のようにスピードをあげて噴水のほうへ消えていった。足、速いな。学院といっていたし、部活動だろうか?スポーツはあんまりわからないけど、それでもきっと優秀な選手なんだろうな。ちゃんとあいさつもして、礼儀正しかったし。


「彼女はメルヴィル様のお友達でしょうか」

「ええ。クラスメイトで、一年生のときから同じクラスでございます」

「今は、二年生……でよいのでしょうか」

「そうですね、そういえばそのようなお話をできていませんでした。これから従者の控え室に参りますから、道すがらお話しましょうか」


 学院、ってすごいんだな。従者の控え室って言ってたぞ。従者付きがデフォなのか、ここの生徒……。

思わず口が引きつるまことを尻目に、ジャックは御者に一言声をかけると、馬車を見送り歩き出した。



 深紅の壁紙に囲まれた室内、分厚いカーテンをまとめた間の、小さな隙間から室内に一筋の光を差し入れている。暗い部屋からその光を見ても、何も動くものも、埃一つ無い静かな室内で、陶器のぶつかる音がかすかに響く。優美な様子で茶を飲む美女に、牛の頭、毛むくじゃらの体を無理やりスーツに押し込めたような姿の男が話しかけた。


「どうやら、アレはキャンベル邸に身を寄せたようですな」

「どうしてかな~おっかしいなあ、アタシの見立てじゃ、いまごろアレはうちの邸にいるはずだったんだけどな~」

「だから、いつもツメが甘いと言っているのです」

「うるさいな~」


 苛立たしげにカップの端をなぞる指先が、さりさりと耳障りな音をたてる。ぴく、と牛耳を動かして女を見咎める。


「お行儀が悪い」

「これは失礼、アタシとしたことが」


 悪びれなくカップから指先を離し、これまた行儀悪く大仰に足を組む。タイトなドレスのフリルからのぞくふくらはぎ、その先の爪先がゆらゆらと揺らされる。


「あぁ~ん、愛しのメロちゃん……待っててね、もうすぐ、助けてあげるからね……そして、アタシと……うふふっ」


 組んだ足をそのまま自分の身によせ、めくれあがるドレスの裾も気にせず自分の身を掻き抱いてもだえる姿に、牛頭は無い眉をひそめ、汚いものを見る目で女をみた。


「少々気色が悪うございますな」

「んふふ……いやん、そんな……メロちゃぁん……」


 しかし聞く耳をもたないどころかますます耽溺にふけっている女に、もはや黙ってティーセットを片付けて離れるしかない。トレーを持ち上げて退室しようとしたところ、振り返ったドアにトスン、と細い剣先がささった。耳の横から真っ直ぐ、鼻先1センチ。


「こぉんな風に、じっくり、ゆっくり、触れぬよう、離れぬように……」


 牛頭の後ろでするすると布の擦れる音がして、剣が引き抜かれる。女の手元に戻った剣が、一筋の光をうけてヌラリと光る。


「ああ、メロちゃん……愛しの騎士、賢しい魔女……そう、魔女よ」


 剣先を自分に向け、するするとドレスの表面を撫で、鎖骨、胸元、臍をなぞる。ぴたりとそこで止まった剣先が、少し角度を変え、ドレスに皺を作る。そして、そのまま


シャリシャリシャリシャリシャリ


 足元に刺さる剣先、あらわになった素足には傷ひとつついていない。そのまま柄に両手を添えて牛頭に話しかけた。


「あまり時間はないわ。覚醒してしまう前に、摘み取らないと」

「……そのドレス、今日卸したものですね?いい加減になさってください」


 はぁ、と溜息を漏らす牛頭は、剣の柄から女の手をはがし、剣を奪い取ると正面にスリットの入ってしまったドレスをサッと撫でた。


「まったく、お嬢様のわがままに付き合うのは、いつも私なんですから……」

「ありがとう、ドナト」


 再びティーセットを片手にとると、今度こそ牛頭は退室した。


「まずは、あの【ミア】って子かしら……頼んだわよ」


 無人の部屋に、甘い声が落ちた。




 

 


 


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