第2話 第1章 結晶花5
今日はフォーラとアリスを待たせることもなく、学院に着いた。学院につくころには雨はすっかり上がっていて、濡れた石畳から雨の匂いの名残がよぎるだけだった。相変わらずすぐに生徒に囲まれる主人を見送ったあと、ジャックとまことはミアを探していた。
「てっきり、朝すぐに会えると思ってたんですけど」
「ええ、いつもご挨拶にいらっしゃいますから、私もそう思っていたのですが」
集まってきた生徒の中にミアはいなかった。
「クラブの練習が長引いているのかもしれません」
「私が初めて会ったときも、クラブの後だったみたいですね」
「ミアさんは陸上競技のクラブのエースなんですよ」
「へえ! たしかに、すらっとして、脚、速そうでした」
初日に出会ったときのミアを思い出すと、去っていく姿は様になっていた。今日もがんばって練習しているだろうことは容易に想像がついた。
「少し待ってみましょうか」
走っているコースに校門も入っているらしいから、通りがからないかと待ってみたが、今日はミアは通りかからなかった。
いつもどおり集まってくる生徒たちと挨拶を交わしたあと、教室に入るとミアの姿はない。クラブの朝練が長引いているのかも、とは思ったが気がかりだった。
(今日は、いつも通りだといいがな)
しばらくしてミアが教室に入ってきた。制服だったから、今日はクラブは休みだったのだろうか?
「ミア、おはよう」
「おはよう、メロちゃん!」
呆気にとられるくらい元気な挨拶が返ってくる。心配など杞憂だったのか。
「メロちゃん、今日、放課後少し時間もらってもいいかな」
「構わないが……昨日、体調は大丈夫だったのか」
「昨日は心配かけちゃったよね、ありがとう。もう大丈夫だよ」
にこにこと笑っている様子におかしなところはない。
「では、また後で」
「うん、また後で」
席についてミアの方を見ると、目があった。いつも通りの元気な様子で手を振ってくるミアに、違和感はないが…
(何か、引っかかる)
違和感のなさ、に違和感を覚えると言ったらいいのか。しかし、大概今日は自分も朝からまことに抱きついたりとおかしな行動をしているから、自分の感覚も信用はできない。
(とにかく、ジャックたちが話を聞くだろうから、昼にはこのもやもやとした気持ちも、解消するだろう)
自分で聞こうかとも思ったが、すぐに教師が教室に入ってきて、立ち上がるタイミングを逃した。
今日も、なぜかミアはこちらを見ているらしい。昨日のような余所余所しさがないぶん、メルヴィルにとっては居心地が悪かった。いつも自分に好感を持って接してくれていたが、ここまで露骨だっただろうか?と。
昼休みの時間になり、まこととジャックは食堂に早めに入っていた。生徒たちが食事を終えたら、すぐにミアに話を聞きに行くつもりだ。食事をとりながら、生徒たちが入ってくるのを見ていると、メルヴィルが入ってきた。人気の少ない従者の席を一瞥し、小さく目配せをしてきた。
「今日も、ミアさん、様子がおかしかったんでしょうか」
「おそらくは、何か違うところはあったのでしょうね……」
ほどなくしてミアが友人たちと入ってきた。遠目で見るだけでは、むしろ昨日よりも元気そうに見えた。30分ほどして、食事を取り終えたらしい様子を見止めて二人は立ち上がった。
「ミアさん」
「あ、ジャックさん、それにマコトさんも」
「食事後すぐでごめんなさい」
「大丈夫です! ただ、ハーブ、教室に……」
「持ってきていただいたのですね! ありがとうございます。またメルヴィル様をお迎えに上がった際、お伺いしますね」
話しかけると、ミアはにっこり笑って応対してくれた。
「ところで、ミアさん。一つお伺いしたいのですが」
「はい、何でしょう」
「あのハーブ、ミアさんもお使いになりましたか」
少し考える素振りを見せたが、すぐに笑顔に戻った。
「はい、お茶にしていただきました」
「なるほど、お茶に」
「飲むとすっきりした気持ちになれるので、昨日もいただきました」
「たしかに、私もあのハーブを使った飴を食べたらすっきりしたの」
「あのハーブ、何というハーブなのでしょうか。ミアさんはご存知ですか」
聞かれて、ミアは申し訳なさそうな顔で首を横に振る。
「ごめんなさい、いただいたとき、母から聞いたと思うんですが、何か難しい言葉で…」
「どんな人からいただいたんですか」
聞かれて、ミアは口を開いたが言葉が出てこなかった。
「あれ、えっと…おかしいな、お名前、お母さんから聞いたはずなのに」
首をかしげて難しい顔をするミアだったが、少ししてうなだれてしまった。
「ごめんなさい、明日、確認してお伝えします…たしか、アン、なんとか、って言ってたと思うんてすけど」
(うん? なんか、聞いた響きだな…)
「いえ、ありがとうございます。それでは、また後ほど」
ミアと別れ、一度席に戻る。さっき聞いた言葉を、思い出そうと考えて黙っているまことを、ジャックが静かに見ている。
「…あ、」
「どうされました」
「さっきの言葉……、ジャックさん、結晶花の話をしてくれたとき、『アンシャン』って、言っていませんでしたか」
「古い言葉は、この国がまだ1つにまとまるずっと昔に、伝統的な魔法で生活を営んでいた人々の言葉です」
「何か、あのハーブと関係があるのでしょうか」
今度はジャックも一緒に考えるが、答えは出ない。
「邸に戻ったら、書斎に行ってみましょうか」
「実は、昨日の夜メルヴィル様と一緒に書斎で結晶花をのことを調べていたんですが、良い情報がなかったみたいで」
「ですが、古い言葉も併せて調べれば、何かわかるかもしれません」
話を終え、メルヴィルのほうを見ると、目を合わせた後すぐに立ち上がり、食堂の出口へ向かった。その様子を見て、少ししてからジャックとまことも後を追う。ジャックについていくと、人気のない中庭についた。どこをどう通ってきたのか、東屋が設置されきちんと整備はされているものの、喧騒から切り離されたそこは内緒話にはうってつけだった。
「それで、どうだった」
「ミアさんは確かにハーブは召し上がられたようです。ハーブの名前はわからないとのことでした」
「そうか……」
「しかし、手がかりもありました。あのハーブは、古い言葉を知る人と、関わりがあるかもしれません」
「そうか! 道理で」
メルヴィルが一人でハッとした顔をする。
「邸に戻ったら、二人共書斎に来い。ボクに心当たりがある」
「昨日読んだ本に何か?」
「いや、手がかりがなかったからおかしいと思ったんだが……古い言葉は、今はボク達が使っている言語と似ているが独特な表記と発音があるんだ。探し方を変えれば、見つかるはずだ」
我が意を得たり、と言わんばかりのメルヴィルだったが、ジャックが軽く手を上げて制した。
「そろそろ、昼食の時間は終わりです。戻りませんと」
「わかった。あと、今日は少し終礼の後にミアと話をしてくるから、少ししてから来てくれ」
「承知いたしました」
(え……大丈夫、かな)
ミアと会うと聞いて胸騒ぎがする。先程話した様子なら何の心配もなさそうだが、ふとメルヴィルの【香り】のことを思い出した。
「メルヴィル様、よかったらこれ……」
「うん? 飴玉? 君がもらったんじゃないのか」
「ジャックさんにもらったんですけど……ジャックさん、良いですか」
「マコト様に差し上げたものですから、自由にしていただいて構いませんよ」
「ありがとうございます。どうぞ、メルヴィル様」
「……もらっておく」
考えすぎかもしれないが、朝飴玉を食べてすぐにジャックが香りを気にしていた。もしかしたら、何か中和する効果のあるものが入っていたのかもしれない。ジャックも目の前で食べていたから、悪いものではないだろう。
そのままメルヴィルは教室に戻っていった。メルヴィルの姿が見えなくなってから、まことはジャックに話しかけた。
「ジャックさん、さっきの飴……というか、ジャックさんの作る飴の事なんですが」
「……はい」
「もしかして、何か薬草が入っていたりするんですか」
ジャックは少し考えた風な様子で口をつぐんだ。それから、小さな声でぼそりと呟いた。
「さすがに、気づかれましたか……」
「ジャックさん、何て?」
「いえ、マコト様は鋭いですね」
「何かまずいことでもありましたか? 聞かないほうが……」
「そのようなことは。やましいことではありませんから。それに、一緒に作ると約束したのをお忘れですか」
ジャックに促されて、東屋の下にある石の椅子に座った。ジャックもすぐに向かいに座ったが、まことの方は見なかった。
「……何からお話すればよいのか。先にお答えしますと、薬草が入っていたわけではありません」
「でも、普通の飴でも、ないと?」
「そうですね。毒ではないのですが、中に入れるものは植物だけではありません」
(う……聞かないほうが、よかったかも? こんな魔法の世界で、植物以外って碌なものが思い浮かばないけど)
まことの脳裏を、大鍋をかき混ぜる魔女の姿がよぎる。ジャックがそんな様子で鍋をかき混ぜるのだろうか
「例えば、力のある宝石を砕いて入れることもあります。他には、動物の角を入れたこともありました」
「それで、あんな普通の味になるんですか……」
「そこは私の腕の見せ所です。入れるもので、当然得られる効果は変わります」
ジャックはやっとまことの方を見て笑った。
「例えば?」
「そうですね……今日差し上げたものは花と、少しだけ鉱石が入っています。体の機能を向上させる働きがあるんですよ」
「それだと、結晶花の効果とさして変わらないのでは?」
「いいえ、マコト様。魔力と、体は少し別の働きをしております」
そこでジャックは指をピッと立て、宙に絵を書いた。簡単な人型の中に、少し水を注ぐように線を引いた。
「魔力は、人以外にも、鳥や、花や、石、ほとんど全てのものに存在し、出たり入ったりして互いに循環しています。魔力を取り入れたり、吐き出したりする穴のようなものがあり、」
外側から人型に矢印を引いて、中へ通される。
「この穴が大きく開けば、魔力はたくさん入ってきます」
「あふれたり、しないんですか」
「そのモノの中がいっぱいになれば、自然と余った分は穴から出て行きます」
今度は中から外へ矢印が出て行った。
「体は、魔力の出し入れができる器です。魔力を使って、魔法を使ったり、外界とのやり取りをしています。結晶花はこの穴と器を一時的に広げて、入れられる量を多くする効果があるのです」
「ふむふむ」
「ですが、体のほうはもともと無かったスペースを開けさせられることになり、少し無理が出ます。
生命活動も、魔力の影響を受けますから活性化はしますが、長期間使用したり、一度にたくさんの量を摂取していまうと、パンクしてしまいます」
「うわ……」
「今日差し上げた飴に入っていたものは、体の調子を本来の状態に戻す働きがあります。伸びきった器を元に戻し、無理の無い状態に維持するのを助ける働きがあるものでした」
「あ……じゃあ体調が正常な人は取り入れても効果はないってことですね」
「そうなります」
「あれ、でも待ってください」
今までの話をきくと、効果があるのは魔力を入れる器がある人だけだ。自分に何かの効果はあったのだろうか。
「私は、魔法は使えませんし、結晶花も飴も意味はないのでは?」
「そうですね……普通は、魔法を使えるほどではなくても多少の器を持っています。マコト様も、全く効果がないとは考えづらいのですが」
「どっちにしても、メルヴィル様にあげても仕方なかったですね。メルヴィル様はハーブを摂取したわけではないのですし。多少でも、気分を落ち着ける効果とかあるのかと思ってたんですが……」
「でも、マコト様の気遣いはきっとわかっておいでですよ」
ジャックは空中の絵を消して立ち上がった。
「とりあえず、結晶花を食べてしまったと決まったわけではないですし、それを調べるためにミアさんにお話を聞いたのです」
「はい」
「邸に戻ったら、調べ物をしなければなりませんから……古い言葉のお勉強でもしましょうか」
今でも、文字の習得に苦戦しているのに、古語なんてわかるだろうか?と、不安を覚えずにはいられなかった。




