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第2話 第1章 結晶花2

 ゆっくりとした昼食を終え、メルヴィルが従者の席にやってきた。すでに食べ終わっていたジャックとまことは食後の紅茶を嗜んでいた。同じように食後の時間をくつろいで過ごす生徒や従者達で食堂はささやかながら談笑する声が響いている。


「話だが――ミアにもらったというハーブ、なんと言う種類かわかるか」

「いえ、種類までは……城のシェフと一緒に味見した際、とくに問題はないように感じましたので」

「味覚のするどいお前が言うなら、たしかに毒ではないんだろうが……ミアも、そのハーブを食べたのか」


 二人と向かい合う形で座ったメルヴィルが、流麗な目つきを鋭くして話し出した。少しひそめたその声音から、自然とまことも前に乗り出して顔を寄せた。


「私は飴を差し上げたわけではありませんので、存じません。まだ家にはあるそうですが」

「そうか……マコト」

「は、はい」


 真剣に聞いてはいたものの、二人の話だと思っていたマコトは急に離しかけられてドキッとした。相変わらずその目つきは宝石のようだったが、とくにキラキラして見える。


「体調で変わったところはないか。例えば、眠りづらい、とかだるい、とか」

「いえ、そのようなことは、特に……ないと思いますけど」

「では逆に、調子が良いと感じることは」

「あっ……それは、あるかもしれません。朝起きてもスッキリした気分ですし、なんだかいろいろなものが眩しく見えます」

「なるほど……」


 細い指先をシャープな顎先に添えて視線を落とすメルヴィルが、やっぱりキラキラして見える。出会ったときもそうだったが、どうしようもなく惹きつけられる、不思議な魅力があると思う。威風堂々とした立ち居振る舞いや洗練された造形はもちろんだが、そんな言葉で説明できるものとは別の、何かがあるような気がしてならない。


「今日、ミアに剣で負けた。ああは言ったが、正直ミアは勝負に勝てるタイプではない」

「……今日の仕合は、何かが違うと?」

「勘だがな。妙に強気だったような気がするんだ……」

「ミアさんに違うところがあったとすれば」

「ハーブじゃないか、と思ってな」


 劇薬の結晶花ではないにしても、何か特殊なものが入っていたのだろうか。でも、さっきも答えたように自分に異常はないように思える。むしろ、昂揚感があるくらいで――。


「あ」

「何だマコト、何か気づいたか」

「えっとその……さっきも言ったとおり、調子はすこぶる良いんですが」

「ふむ」

「ずっと気分が良い、というのは確かに違和感があるんです。栄養ドリンクを飲んでるみたいな感じ、というか」

「栄養ドリンク?」


 そこに突っ込まれると厳しい。相手が飲んだことのないものをどう伝えるか……。


「私の居たところでは、薬ではないけど、体を元気にする成分が入ってる飲み物があったんです。それを飲むと、ちょっと疲れたりとか、嫌な気分でも体は元気になるんです。それで、一時的にたくさん働けるようになるんですけど」

「意思と関係なく、活性化する――たしかに、そんな様子だったような気もするな」


 前のめりになっていた体勢を戻したメルヴィルは腕を組んでチラ、と目だけで生徒の席の方を見た。その視線の先では、ミアが友人と談笑している姿があった。金髪のショートヘアを揺らして、楽しそうに話している様子が見て取れた。


「少し、気をつけてみたほうがいいかもしれないな。今のところ二人とも体調は悪くないみたいだが、何かあってからでは事だ」

「私も、ミアさんにハーブを頂くとき、少しお話してみるとしましょう」

「頼む」


 もう話は終わったのか、メルヴィルは音を立てずに立ち上がった。そして振り返ってまことのほうを見た。


「……」

「……」


 二つの宝石が無言で見つめてくる。何を言われるのか、と身構えたがメルヴィルは何も言ってこない。居心地悪く感じるのに、不思議な輝きを放つ瞳から目が離せない。


「……何かあればすぐ報告しろ、マコト」

「……わかりました」


 心配している言葉に聞こえなくもないが、鋭い目つきと硬い声音から、ただの心配とは思えなかった。かえって不安になるようなメルヴィルの様子は気になるが、それを聞けるほどまことは無遠慮ではなかった。今度こそ踵を帰して席に戻っていくメルヴィルを見送ってからもしばらく、その方向を見つめてしまった。


「マコト様、あまり気になさらなくて大丈夫ですよ」

「そうでしょうか」

「メルヴィル様は好奇心旺盛なところがおありですから、気になったら追求してしまうんですよ」

「好奇心……」


 本当にそれだけだといいけど。自分は別に体調が悪いというわけでもないし、ミアのほうが心配な気がする。会って二日しか経ってないが、メルヴィルも言うように、剣で勝つようなタイプには見えないからだ。まして、よく彼女のことを知っているだろうメルヴィルが違和感があると言っていた。


「あの、ジャックさん」

「はい、何でしょうか」

「ミアさんに会うとき、私もご一緒しても?」

「構いませんよ」

「お願いします」


 

 どうも不思議だった。負け惜しみというわけではないが、剣を合わせたときのミアはいつもと違った。見くびるわけではない、実際彼女の全身バネのような動きは高く評価しているが、こと仕合とあっては優しすぎる。だから動きは付いて来ても、とどめとなるような一撃がこない。それが、今日は――


『メロちゃん、やっぱり、強い、ねっ』

『もっと、打ってこい!ハァッ』

 

 二人の打ち合いは、いつもより激しい。いつもメルヴィルの仕合は迫力があるが、それに食らい付く者がいないためすぐに決着が付いてしまう。だがこの仕合は、白熱していた。

 メルヴィルが脳天を狙って打ち下ろす棒を、ミアは腰を落として受け止めると、すぐに跳ね返して胴を打ちに行く。素早くステップを踏み回避したが、ぐんとミアが迫る。そしてまた正面に振り下ろす。

こんなにテンポの早い打ち合いをするのは、生徒相手では初めてだった。


『今日はっ、ずいぶん、やる気じゃないかっ』

『そう、かなっ! 何だか、今日、体が軽いの!』


 打ち込むスピードが上がる。ミアの瞳は爛々と輝いていた。さすがに息が上がってきたメルヴィルを、熱い視線が追いかける。足を狙う不意打ちに思わずバランスを崩したところを、ミアは見逃さなかった。その、棒を振り上げる表情に、ゾッとした。息が上がり、高揚したその顔は、メルヴィルにマリアを、昨日抱きすくめてきた教師をフラッシュバックさせた。ハッ、と息を呑んだその瞬間、棒は高い音を立ててメルヴィルの手から飛んでいった。間髪いれずに喉元数センチのところに棒が突きつけられた。棒を跳ね飛ばされた体勢そのまま無謀に手を放り出していたメルヴィルは、為す術なく両手を挙げた。


 ――ミアの表情は鮮烈に脳裏に焼きついている。いつもほにゃっとした笑顔しか見ていないメルヴィルからすると、その衝撃は大きかった。同い年の少女が出す雰囲気とは思えない、昂奮した様子。背をゾクリと振るわせるような心地に、メルヴィルは思わず腕をさする。


「やはり、何かがおかしい……」


 そんな様子を、友人と別れたミアは遠くから眺めていた。今は剣の授業のときからは少し落ち着いていて、あのときの気持ちはなんだったのだろう、と考えた。


 (なんだかとっても、メロちゃんに近付きたくて……いやいや、それはいつものことなんだけど、そうじゃなくて。少し目を見開いてるメロちゃんの顔、もっと見たくなって……。いけない子、なのかな私)


「もっと、私を見て……って、だめだめ!」


 (どうして、こんなの考えちゃうんだろ……。メロちゃん、息、上がってたな……。私が勝ったとき、ビックリした顔もしてた。だめ、ドキドキする。だめ、だめ。考えちゃ、だめ いいにおい、して、た)


 頭をぶんぶん振っても、メルヴィルの様子がこびりついて離れない。そんなことばっかり考えてしまう自分に嫌悪感が沸くのに、湧き上がる昂奮を抑えられない。


「落ち着かなきゃ……もらったハーブ、今日もお茶にしてみようかな……あれ、スッキリするし」


 午後の授業も、きっとメルヴィルから目が離せない。



 終礼が終わり、生徒達が帰っていった後、メルヴィルはミアのところへ赴いた。授業中、視線を何度も感じて集中できなかったのだ。それに、俯いたミアは元気が無いように見える。


 (昼の様子も気になるが、今は元気がなさそうだ。ボクを見ていたようだし、何か言いたいことがあるのか?)

「ミア、ちょっといいか」


 いつもみたいに、ポンと肩をたたくと、大げさにビクっとしてひゃっ、と高い声を上げたミアに、メルヴィルも驚いた。


「っ悪い、急に声をかけて。驚かせたな」

「あ――メロ、ちゃん。だいじょうぶ、私、ぼーっとしてて」


 振り向いた顔に夕日があたっている。力ない笑顔で答えるミアは、様子がおかしい。


「本当に大丈夫か?何かあったんじゃないのか」

「ど、どうして? 私、何にもないよ」


 いつもの癖で顔の前で手を振るが、その勢いも弱い。いつもならぷるぷるっと尻尾のように振っている手が、力なく爪先を曲げている。


「そんなこと――ん?」

 (今まで夕日があたっていると思っていたが、良く見ると、顔が赤くないか?それに、目も潤んでいるような――熱があるのか)


「ん」

「ひっ」

 (ふむ、そんなに熱くないな―?)


 不思議に思ったメルヴィルは自分の額にも手を当てるが、そんなに差は無いように思う。


「うん?熱ではないのか」

「あ、……っ」

(おでこ、あつい……)


 首を傾げながら手をどけると、いよいよミアは下を向いてしまった。


「おい、熱はないみたいだが、本当にどうしたんだ」

「わ、わたし……」


 メルヴィルに触れられた額から、火が出そうだった。脈打つ鼓動が、額からこめかみへ広がる。

目の前のメルヴィルと、昼間の、息を上げて目を見開いたメルヴィルの様子が重なる――


 ガタ、と椅子が音をたてた。次の瞬間、宝石は向かい合った。


「ミア――?」

「、わたし」


 薄く涙の幕がはった青色の瞳が、メルヴィルを見つめている。そっと顔に手を添えられる感覚がしたが、身動きはできなかった。


「……」

「……」


 無言で見つめあう。ミアは何かを言いたげに唇を震わせたが、漏れ出たのはか細い吐息だけだった。




「――ごめんなさいっ」

「あっ――?」


 一瞬だった。メルヴィルから手を離したミアは、机に置いていた鞄を引っつかむと、椅子も戻さずに走って教室を出た。追いかけようにも、さすがにミアの脚には追いつけない。


「……何なんだ、一体」


 やわらかい指先が触れていた自身の顎を撫でるが、そこにはいつもどおり固い感触があるだけだ。


(結局、何も聞けなかったな……ん)


 足音が近付いている。二人分だ。従者が迎えに来ているらしい。程なくして、ミアが開け放っていった扉から、見慣れた顔と、最近知った顔が現れた。


「メルヴィル様、お待たせいたしました」

「ああ」


 胸に手をあてて礼をするジャックの横を通り過ぎ、まことがメルヴィルの荷物を取りに行く。そのまま荷物を持った様子を見て、おや、と思う。


「君が持つのか」

「だめでした?」

「いや、そんなことはないが――いい、自分で持つ」

「うーん」


 まことは渡してもいいのか、とジャックを見るが、ジャックは何も言わなかった。


「じゃあ、はい。どうぞ、メルヴィル様」

「ああ、ありがとう」


 かすかに手が触れる、先ほど触れられたやわらかな手よりは、大きくて、しっとりと暖かい。

その感触に、ざわざわとした心が少し落ち着くような気持ちがした。


「君の手は、暖かいな」

「そうですか?そういうメルヴィル様の手、ちょっと冷たいですね」


 自分の手と、メルヴィルの手を見比べてまことがちょっと笑う。


「冷え性なんですか?そんなにお若いのに」

「冷え性が何のことかわからないが、君また失礼なこと考えているだろう」

「ええ!?そんな、言いがかりですよ」


 心外だといわんばかりに両手を握るまことの様子に、メルヴィルはくつくつと笑う。緊張していたのか、一度笑い始めると、なかなか止まらなかった。


「ねえ、ジャックさん。メルヴィル様って、笑い上戸ですか?」

「いえ、そんなことはないと思うのですが……マコト様がおもしろいのでは」

「え、ジャックさんまで」

「っはは!そうだ、マコト。きっと君にはボクを笑わせる才能がある!」

「……もういいです。またフォーラさんとアリスさん、待ってますよ…!」


 どうして10歳も年下の、会って間もない少女にこんなに笑われているのだろうか?釈然としない気持ちを抱えるまことだった。





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