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プロローグ

プロローグ


 岡野まことは、心配性なところがあった。明日の予定は分刻みで考えているし、朝の身支度だって時計を何度も見る。カバンのチェックは帰宅後と寝る前と起きたときと玄関前で。そんなまことを人は「しっかりしている」と評価してくれたが、まこと自身はとんでもないと思っていた。いつだって自信がなくて心配性。そんな自分に疲れてはいるがやっぱりやめられない。溜息をつきながら出社し、腕時計を見るといつもどおりの出社時刻一時間前。いつもどおりのスケジュールでこれたことにつかの間の安心感をもち、自分のデスクの定位置にカバンをかけ上着を脱いだ。いつもどおり朝のコーヒーを入れてこなくては。



 メロ・キャンベルは、奔放すぎるところがあった。思い立ったが吉日、朝は好きな本を読んでいるうちにメイドが何もかもやってくれる。カバンにはキャンディーと魔術書がいっぱい。そんなメロをクラスメイトは「気まぐれ」と評価していたが、メロ自信はとんでもないと思っていた。好きなことに真剣に取り組んでいるだけ。そんな自分が好きだし、誰かに迷惑をかけているわけじゃない。鼻歌を歌いながら馬車に乗り、悠々と登校する。スケジュールなんて知らないし、今日は何の本を読もうかと空想にふける。朝礼に間に合えば怒られたりはしないのだから、のんびりするに限る。そんなメロをクラスメイトたちは賑やかに迎える。


「おはよー! メロ! 今日は何味持ってきたのー?」

「おはよぉ、メロちゃん。今日も、すてきな髪かざりね」

「よっす! メロ! 今日昼休み何する?」


 わらわらと寄ってくる学友達に愛想よくあいさつをしながら颯爽と自分の席について一言。


「おはよう! 今日はメロン味を持ってきた! 昼休みはバスケをしよう」


 わぁっと歓声があがり、席のまわりに人だかりができた。が、すぐに教室は静まり返った。


「み・な・さ・ん? 朝礼5分前ですよ。席におつきなさい」


 そこには静かに佇む美女がいた。薄氷色の髪を揺らし、絶対零度の笑みで教室を見渡す、アンナ女史だ。教室はさっと静まり返り、椅子を引く音だけが響き渡った。


「おはようございます、皆さん。今日の朝礼当番はヤックさんね? 早く前へいらっしゃい」

「はいっ」


 ヤックと呼ばれたそばかす顔の少年はぎくしゃくとした足取りで、教壇前へと歩みだす。


「お、おはようございますっほ、本日の、講義は、召喚、調合、体育、議論、です。本日の書記はエマさん、清掃当番は第3班です。よろしくおねがいいします」

「「はーい」」

「それでは連絡に移ります、エマさんは記版についてください――」


 滞りなく進む朝礼だったが、メロはいつもどおり上の空で窓の外を眺めていた。雲の形をお菓子になぞらえて空想にふけっていると、お菓子にチョコチップがひとつ。目を凝らしてみると、それはどうやら動いている。それもすごいスピードで。いつにない違和感を覚えたが、どうにもできないメロはすぐに興味を失い、なんとなく思った。


 ああ、あっちはボクの家の方角じゃないか――

 予鈴が鳴り、気づくと学友に腕を引っ張られ、教室を出ていた。



 退社時刻になった。今日は急な案件もなく、スムーズに業務は完了した。日が伸びてきて、まだうっすらと夕の名残があるなか退社するのは気分がいい。今日は公園を通ってゆっくり帰るとしよう。途中で缶コーヒーでも買って。そう思い地下道にさしかかると、一人の老紳士と目が合った。どこかのホテルかパーティ会場で働いているのか、ごみごみとした街に不釣合いなくらいに燕尾服を着こなすその紳士になんとなく会釈をして通り過ぎようとしたのだが、水面に水滴をひとつ落とすように突如広がった声に呼び止められた。


「マコト様」

「っ」


 どきっとして振り向くと、厳しい目をした紳士が真っ直ぐこちらを向いている。


「ひ、ひとちがいじゃ」

「いいえ、マコト様。私が間違えるはずもございません。急なお願いではございますが、お迎えに参りました」


 なんのことを言っているのかさっぱりわからないが、紳士の声に嫌な感じはしなかった。しかし場所が場所だ。人気の無い薄暗い場所にいては、カバンを持つ手に汗が滲む。このまま逃げてしまおうか。ローヒールがじゃりっと音をたてるのに、紳士が一歩静かに近づいた。


「このご時勢です。ご警戒なさるのは懸命なご判断でございます。しかしどこへお連れしようというわけではございません、少しこのじじいの話を聞いてはくださいませんか。どうか」


 それだけゆっくりと言い切ると、恭しい態度で頭を下げた紳士に、まことの心は揺れる。普段ならけっこうです、とだけ言って立ち去るのに、なぜだか蓋をされたようにその言葉が出てこない。案の定、


「……少しだけ、なら。とりあえず、ベンチにでも行きませんか」

「ありがとうございます。お心遣い、感謝いたします」


 踵をかえす紳士に、スマートホンの画面を緊急通報画面に変えながら、ついていった。その地下道から上がるとすぐに広い公園が広がり、紳士は手近なベンチに近づくと、なれた動作でハンカチを取り出し、ベンチに敷いてまことを促した。いまだ胡乱げな顔をするまことに気遣ってか、紳士は少し離れて立ったまま話し出した。


「……マコト様は、今はお仕事は何を」

「文房具の商社の、事務を……」

「ほう、それは、ご立派でございます」


 何の話を始めるかと思えば、たわいも無い話。仕事に疲れていないか、とか、そんなところから何か勧誘でもされるのかと思ったが、まるで祖父が孫の近況をきくような流れで世間話をしていた。だんだんと打ち解けてきた頃合に、紳士は言いづらそうに沈黙した。


「マコト様は、こちらでも大変励んでいらっしゃる。私などが口を出す必要もないこととは承知しておりますが、どうしてもお願い申し上げたいことがあるのです」

「……」


 勧誘か、と身構えたまことに、紳士は静かに告げる。


「……マコト様は、本日18時14分をもって、その人生に幕を下ろされるのでございます」

「……はっ!? いえ、そういうの、信じません、ので」


「信じるも信じないも、それが事実なのでございます。そして、それは私の主人に責任のあることなのでございます」


 紳士はたたずまいを正してまことに深く深く頭を下げた。まことは変な話が始まった、この人頭おかしいんじゃないかと思いカバンをとって立ち上がろうとするが、紳士が今までに無い厳しい口調でまことを呼び止めた。


「マコト様! どうか私どもに貴女様をお助けさせてくださいませ!」

「い、言ってることよくわかんないし、もう、帰るんで――」


 振り向いた、その先。キラと輝く何か。心臓が動きを止めた。目の前に、まさに落ちて来んとするそれは、今まで気づかなかったのがウソのように存在感を放っていた。異形の、岩のような、しかし明らかな敵意をもつそれは。


「あっ……、ば、なに、あれ……!」

「ご決断を! マコト様!」

「っやだ、…たすけて!」


――承知


 響く声とともに、紳士は目にも留まらぬ速さでまことを横抱きにし、何事かを呟いた。あたり一面が青い光に包まれ、何もない、真っ白な景色が広がり、次の瞬間には。



「よく、来てくれた。客人よ。歓迎するぞ――」


 床には真っ赤な絨毯の広がり、天空へも続きそうな天井と、きらめくシャンデリア。見知らぬ豪邸に、老紳士に横抱きにされていた。あまりのことに、意識が途切れる寸前きいたのは、子どもの高い声。


「ようこそ、キャンベル家へ!」




 




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