#89
(ほしいほしいほしい! あの輝く存在が!)
我も長く生きてきた。そして種の衰退を見守ってきた。その内にただの獣となるかも知れぬ種。幻獣種と恐れられ様とも、居なくなればそれはただの伝説でしかない。誇らしくても全てを忘れて獣になるのなら、それすらも意味はない。だがあれを……あの娘を得ればこの状況も変わる。我が目でさえ見透かせぬその力。
「ぬぐうう!?」
よそ見をしてると、横腹に衝撃が走った。あの蛇め……我の身体に傷をつけるとは獣人の癖にやりおる。獣人の英雄などと侮って負ったか。それに奴等はあの娘の力を授かっておる様に見える。おっと、あの娘を見ておるとついつい魅入ってしまう。人種なのに……おかしい娘よ。だが幾ら強化されてると言えど、我に傷を入れれのはあの蛇だけ。あとは有象無象の雑魚でしか無い。
あの蛇でさえ、今の状態でかすり傷を入れるので精一杯。恐れなどなにもない。恐れおののけ、我が力に。額に生えた一角が輝くと同時に周囲に降り注ぐ青白い落雷。それで何匹かは倒せた。殺せては無いようだが、それでももう動くことは出来ないだろう。だが流石に蛇はかわしたか。奴を倒せば、我を阻む者はいない。そうなればあの娘は我の者。
沢山の子を産んで貰おう。そして我がその写し身にまずは移し変わろう。この身体よりもきっと上質であろう。あの体を好きに出来ると思うと……いかんいかん、ヨダレが。
「アレは私の物ですよ。幻獣種と言えど、やる気はありません」
蛇がその鞭を我に向かって打ってくる。そこまで痛くはない。避けられないスピードなのは凄いが、その為に威力を犠牲にしてる? いや……当たった箇所に何やら陣が刻まれてる。蓄積型か。なら、そろそろ次の手で来る。その勘は当たったようで、蛇の鞭が黒い霧をまとい出す。英雄と呼ばれたその力を見せるか。
「さあ来い!」
我は逃げも隠れもしない。ユニコーンの誇りにかけて、叩き潰すだけ。蛇の鞭が大きくしなって後方に下がる。そして距離を稼いだ所で、今度は前に伸びてきた。我は障壁を展開。だがそれを物ともせずに鞭は迫る。身体を貫く異物の感覚。この肉体までも紙の様に貫くか。あっぱれだ。
「だが、この程度で勝ったと思うわぬ事だ」
「そうですね。そんな事は思ってませんよ。それにここからですし」
「ぬぐうああああああ!!」
身体を抜いた鞭から無数の棘が生えて我の肉体から体外へと突き出てきた。なんというえげつない攻撃。だがまだだった。先の攻撃で刻まれてた陣が光り輝く。そしてその棘を伝って、無数の爆発が我の中で起こった。
無数の血が降り注ぐ。我らの血はそれだけでどんな病も治す妙薬。それをこんなにも大判振る舞いしようとは……
「中々の物だ……」
時間が戻ったかのように、飛び散った血が戻り、傷が修復される。久々の痛みは我に生を感じさせてくれたぞ。その礼だ。我も力の片鱗を魅せてやろう。
トン――と我は一足で蛇の眼前にその角を突き立てる。
「ぐっ!?」
間一髪でかわしたか。だが僅かだがもっていけた。素晴らしい反応。流石は英雄と讃えられるだけはある。だが今度はそうは行かぬ。我は自身の写し身を無数に作る。
「これは実態だ。かわしきれるかな?」
次の瞬間、我を狙ってた奴等が穴空になり倒れ伏していく。我らとは違う汚らしい血が地面に溢れてる。血の海と言って良いかもしれない。所詮はこんなもの。真のユニコーンである我が本気を出せば、獣人など……
「ぐふっ……まだ、ですよ」
「敬意を評し様ではないか、獣人の英雄よ」
あれを食らってまだ立ってるとは。獣人の意地かなにかだろうか? 身体からは緑の液体をぼとぼと流して、身体のあちこちがなくなってるのに、魔法を使って無理矢理立ってる感じか。あの娘も心配そうにしてみてるぞ。だがもう終わりだ。その意地も我には無意味。例え上位下位という序列が間違った物だったとしても、獣人が我らに勝てるなどというのはあり得なかったと言うことだ。
「潔く逝け。あの娘は我らが有効に活用しよう」
「ふっ……はは……」
「何がおかしい?」
この期に及んで笑えるとは大した物だが、それは気分の良いものではない。そんな余裕あるはずもないのだ。笑えるとすればこちら側。
「これが……笑わずにいられましょう……か。貴方は……あの子の事を……何も理解してない」
「どういうことだ?」
「知る必要は……ありませんよ。なぜなら……貴方はここで死ぬのですから」
「戯言を!」
この状況で、何を。それともあの娘の助けでも期待してるのか? 確かにあの娘は未知数。だがだからこそ、あの娘の動きは常に警戒してる。何をしようとも一撃の元に我がやられる事はない。詰んでるのだ貴様達は。ユニコーンを相手にしたことが貴様達の敗因。そしてラジエルとかいう若造の勝因よ。アヤツと出会ってたのは完全に偶然だったが、アヤツの話に興味が出て来てみればこの通り。
我等を救う救世主が居るではないか。これぞ、我らが母である女神の導きであろう。だからあの娘は我等の物となる。それは絶対だ。再び我は一歩を踏む。しかも今度は全ての写し身が蛇を狙う。奴は跡形も残らぬであろう。
「終わりだ!!」
「そっちがですよ!」
写し身達が黒い靄からでた鞭に貫かれる。実態と言っても強度は確かにないからあれはしかたない。だがオリジナルである我はそんな鞭など意に返さぬ!
「ぬがぁ!?」
腹部から伝わる衝撃。するとそこには我に体当たりしてくる一人の獣人がいた。こいつはさっき倒した筈。血の海と化してた筈の所に視線を向けると、そこには何もない。幻影か!! だが小奴らの攻撃など! 押された先に更に待ち構えてる獣人共。奴等は練ったマナを一つに合わせ、一人の大斧持ちに収束させている。
「ゆくぞ! ユニコーン!!」
あれは不味いと結界を展開させる。明らかに獣人ではあり得ない力を感じる。だがそれでも全力を出した結界を壊す事は……
「さて、この時を待ってましたよ」
そういう声が間近で聞こえる。視線を向けるとそこには五体満足の蛇の姿がある。確かに他の奴等が幻影なら……こいつも!
「死になさい! 真のユニコーン!!」
「舐めるなあああああ!」
我は結界の中に雷槌を落す。だが奴は健在。そして気づく。我が角に奴の鞭が絡みついてるのを。
「きさまらああああああああああ――あっ」
角が砕かれた瞬間、我の魂は消え去った。