#55
「早く服を着てくれないだろうか?」
そんな事全然気にしない感じで近寄ってくるその少女に俺は顔を逸らすしか出来ない。が、彼女はこっちの顔を確認するかのように逸した方に回ってきてその場でしどろもどろしてしまう。というかどうして俺はこんなにこの少女に興奮……いや、意識してしまうのだろうか? 妹よりは大きいが、それでもまだ少女に変わりはない。
俺はどちらかと言うと年上の大人っぽい、出るとこ出てる女性が好みだと自負してる。正直、こんな少女にそんな感情を感じたことはない……その筈なのに、彼女には胸の鼓動が早まる。直視できない……その顔に注視しようにも眩しすぎるし、身体は今は何も纏ってない……平べったいからと言って、女性の肌を見るのはよくない事だろう。
一体何処をみれば……揺れる髪の一本一本さえも輝く天糸のようで思わず手が出そうになる。
「服ね。まあ、そこまでサービスする必要もないしね。けどアンタをこのまましておくのはどうかと? ちょっと説明しなさいよ」
そう言った彼女にこれ以上なんと言えと? と思ってると、どこからからもう一人の獣人が現れた。緑の皮膚をしたギョロッとした目をした獣人だ。やっぱりアンサンブルバルン様は自身が爬虫類系だから使う部下もその系統が多いのかもしれない。
「その者はお前が気に入ったからここに来たんだぞ」
「え? なにそれ?」
「お前がホテルの前で絡まれただろう。その時だ」
「うーん、私結構からまれるし……」
どうやらかなり深い所に俺との出会いは眠ってるらしい。だがそれもしょうがないのかもしれない。なにせ彼女は美しい。人種とバレなくても絡まれるだろう。
「印象的だっただろう……あのラジエルとかいう貴族に出会った時だ」
「ううん……あのクソの印象が強すぎてなかなか出てこない」
「軽薄そうな奴が貴様を殴った。その後ろにいた奴だ」
なんだかこの人、見たことの様に言うな。もしかして居たのか? それとも常に彼女の影として見守ってるんだろうか? だがそれもおかしな話じゃないだろうか? だって彼女は人種だ。今まさに戦争してる人種……それを守る? 監視なら納得できるが……だがそれをいうなら、自身と同じ所に住まわせてる事が不自然ではある。
確か人種は奴隷か生体兵器にされてる筈だ。彼女は見た目だけでなく、その待遇も特別だ。
「あ……ああ、黒猫マッチョ?」
「我が名はグルダフだが?」
黒猫マッチョとは一体……そんな事を思ってると、どこかからか出した毛布を部下の方が彼女に掛けてくれた。良かった……こっち的にな。
「思い出した! そっかそっか、あの時のね。自分から来るとはいい心構えしてるじゃない」
「いや……俺の話し聞いてたか?」
ちゃんとアンサンブルバルン様に呼ばれて――といったはずだが? 彼女はだけど俺の言葉など気にしない。ただ自分の言いたいことを言うだけのようだ。
「それで、私のペットにしていいの?」
「ペットというか部下だがな。アンサンブルバルン様もそのつもりだろう」
「じゃあ今日は首輪を買いに行こうかな? どんなのがいい?」
なにやら話が勝手に進んでる。しかも俺の思ってたのとは違う感じの話がだ。だから俺は思わず、身を乗り出す。
「まってくれ! 俺はアンサンブルバルン様に登用されたんではないのか?」
話の流れ的に、俺はこの少女の部下……ペットにされそうな感じなんだが?
「大丈夫だ。書類上ではアンサンブルバルン様の部下に成る。だが実際に貴様が仕えるのはこいつだ」
「こいつとは失敬ね。ラーゼよ。グルダフ? よろしくね」
そう言って手を差し出してくるラーゼと名乗った少女。だがこれを取ることが出来るだろうか? なにせ仕えるのがこの少女だ。国の重鎮の娘ならまだしも、彼女は人種……そんな者に誇り高い獣人である俺が仕える? これは差別とかではない。誇りの問題だ。アンサンブルバルン様にならこの生命捧げよう……だがこの少女にそれができようか。
「俺は――」
「ダーメ! 逃さないよ」
拒否しようとした瞬間、彼女が俺に抱きついてきた。柔らかな感触に、鼻孔を擽る甘い香り。眼と眼が有った瞬間から、それ以降の記憶が俺にはない。ただ気づくと、ホテルの一室に立ち尽くし、その首には黄金の首輪が嵌ってた。こうやって俺はあの少女『ラーゼ』様の下僕となった。