Σ77
私は塔から落ちていく。そしてそのまま地面に激突した。けどそれはマントが守ってくれた。けど……こんな……私は……
「んぐッ……」
ドクンドクンと身体が脈打つ。戻っていた視界がまた再び赤に染まりだす。
(嫌だ!)
私はそれを拒否する様に頭を振るう。するとその時、ひやりと、肌に直接触れるかのような感触が伝わってきた。
(お姉さん、良いじゃない。落ちちゃおうよ)
(そうだ、そして喰らいつくそう)
(((もっと、もっと食べたい)))
倒したはずの鉄血種たちの姿が見える。声が聴こえる。奴らが甘い囁きで、私を犯そうとしてくる。私の中に……入って来ようとしてる。
「やめ……て……私は……人間だ!!」
なんとか絞り出した声は言葉に成ってた。人に近づいてる? やっぱりさっきはこいつらのせいであんな事に? こいつらを入れなければ、あんな事になることはない。
(お姉さんはもう知った筈だよ。血の美味しさを。肉の味を。私達を拒否なんて……出来ないよ)
するとマントが私の身体にきつくまきついて来る。こいつらやっぱりここに……けどラーゼの力で抑えてた筈。なのになんで……
(私達と一つになれば、今までとは比べ物にならない力が使えるんだよ。寿命だって人の一瞬なんて時間じゃない。ねえお姉さん)
そう言って少女は私の耳をカプッと口に含んでチロチロと舐めだした。ゾクゾクする感覚。それに他の奴らも私に甘えるかのようにいろんな所舐めてくる。少女はまだ許すよ。けど男共は不味い。私そんな耐性ないし! イケメンが揃って私を舐めてくるとか……溺れそうになるよ。しかも舐められてる部分が妙に心地よくて溶かされてく様な……
(そうだよ……気持ちよくなろ? そのままずぅぅぅぅっと)
淡くなってく少女達が自分と溶けてくみたいに見える……私達は一つになろうとしてる? 気持ち悪い……そう思う自分が居るのに……心地よさのせいで抗えない。私はどうなるのだろう。もしも一つになってもそれは私なのだろうか? また……噛み付いてそのまま食べたりするのかな? それは……やだな。
「亜子殿!! 君は何だ!? まだ人なのか? それとも……」
そういうのはグルダフさんだ。彼は私へ向かってその斧を構えてる。そして周りに居る兵士の人達は私を見て恐れてるように見える。
「聞こえてるのなら思い出せ! 君にはやるべき事があるだろう! 目的があっただろう! 大丈夫だ。君にはラーゼ様がついてる。心を強く持て! それに力は応えてくれる!!」
やるべき事……目的……
「そう……だよね」
私は別の『何か』に成ってしまうわけには行かない。何があっても私は小清水亜子で居ないといけないんだ。そうでないと、向こうに帰れないじゃん。そうでないと……家族に合わせる顔が無い。
(お姉さん? 大丈夫だよ。絶対にこっちのほうが――)
「ごめん。もう喋らなくていいから。死者は元の場所に帰ってて。私は小清水亜子。私は人だああああああああ!!」
譲れない物を思い出せば、辛い方にだって踏み出せる。その瞬間、ピアスが輝きを取り戻した。マントをラーゼの力が再び覆う。頭の中に響く、鉄血種たちの叫び。私の身体からはパラパラと何かが落ちてる。それが何かはわからない……けど、自身が人に戻った事はわかる。そして私はグルダフさんに、いやこの場の皆へ向けて言うよ。
「私は人です。皆さんの仲間です」